三人の人外
ゴブリンメイジが自分の持つ杖を誇らしげに振るう。
すると炎で出来た矢が出現し、エイトへと目掛けて勢いよく発射された。
しかし、エイトはその炎の矢を土流壁と名付けた魔法により防ぐ。エイト自身の考案した魔法だ。
その突然出現した土壁に驚いて冷静さを失ったゴブリンメイジの背後から、エイトが錬成していたゴーレムカヴァリエが鋭い突きを放ち仕止めた。
(これで今日のゴブリンは合計40体になるぞ。………どれだけ居るんだ? ゴブリンの集落には、オークの集落よりも遥かに多くの数が存在してるのかも……厄介だな)
ゴブリンはオークよりも弱いが数はオーク以上に多い。その為、エイトは眉間に深い皺を作って嫌そうに内心で愚痴を呟く。
昨日魔法の鍛練に1日を費やしたエイトは、今日はブリッツの街を脅かす存在の片割れを討伐しに来ていた。
だがオークの集落を襲撃した時とは違い、不自然な程にゴブリンが森の中を縦横無尽に彷徨いている為、なかなか集落を集中して探すことが出来ずにいた。
(何でこんなにゴブリンが? 食料調達の為か? それとも集落……巣の安全を確保する為に偵察を?)
ゴブリンとは魔物の中でも最弱の部類に入る。それ故にゴブリンは群れを作り行動するのだ。だからこそ、今までゴブリンという種族は絶滅することがなかったと言っても過言ではない。
だが、森の中を彷徨いているゴブリンの数はあまりにも多すぎる。集団で行動するのがゴブリンの習性とは言っても不自然な程だ。
エイトもそのことに気が付いているのだろう。
ゴブリンを解体しつつも、不自然な動きを見せるゴブリン達が何を考えて行動しているのかを推理する。
(ゴブリンが20体以上集まるのは上位種が現れた時だけだと本に書いてあった。とすれば、上位種が存在するのは明らかだ。………現にゴブリンメイジを倒したしな。きっとそれ以上の上位種も居るんだろう。だが俺が倒したゴブリン達の動きは統率された感じが無かった。………何かに怯えているように見えたな…………考え過ぎか?)
内心で疑問を浮かべつつも、解体する手は止めず進めていき手早く済ませる。
そして、解体が終わると休むこともなくゴブリンの集落を探す為に、ゴーレムカヴァリエを伴って先へと進む。
そんな風に森の中を進んでいると、やがてエイトが倒したゴブリンの数の合計が80を超え、自身のレベルが一つ上がった頃。一休みする前にもう一度戦闘をこなし、倒したゴブリンの解体を済ませた途端に周囲の木々の影からエイトへと声が掛けられた。
「へぇ、こんな子供だとはな。こいつがオークキングを倒した奴に間違いないだろう。だが、一人の魔法使いだけでオークキングを倒したというのは意外だったな」
どこか楽しげな抑揚の声が、ゴブリンの解体を終わらせたばかりのエイトの体を強張らせる。
その声に驚きながらも、薄暗い森の中へと仮面の下から鋭い視線を向けるのだが。エイトには声の主の居場所を特定出来ない。
薄暗い森の中という状況のせいもあるのだろう。だがそれだけではなく、声は聞こえども生物特有の存在感といったものが一切感じられないのが一番の理由だろう。
自分の周囲360度へと視線を向けて声の主を特定しようとしているエイトへと、馬鹿にしたような物ではなく、やはり楽しげな印象を受ける抑揚の声が、クスクスとした笑い声を上げながら再度謎の声の主が口を開く。
「はっはっはっ、そんなに身構えなくてもいい。別にお前をどうこうしようってつもりはねぇよ。今からお前の前に姿を見せるが……魔法をブチ込むのはやめてくれよ」
今から姿を見せると宣言する声を聞き、エイトはより一層の警戒をする。
しかし、そんなエイトとは正反対に、面白い奴を見付けたとばかりに楽しそうに満面の笑みを浮かべた屈強な男が一人、木々の影から姿を現した。
「俺の名はボスコ。冒険者で、静寂の剣のリーダーだ。……で、後ろの二人は……」
姿を見せた男が唐突に自己紹介を始め、言葉を区切りながら人指し指をエイトの後ろへと向ける。
しかしエイトは、自身の後方へと視線を向けずに、ボスコと名乗る男から一切目を逸らさない。何かの思惑があって、自分の目を逸らさせたいのでは? そんな疑問が浮かんだからだ。それに、エイトには自分の後方から人の気配が一切しなかった事も理由の一つに上げられるだろう。
だがそんなエイトへと、後方から声が掛けられた。
「うふふふ、そんなに警戒しなくても大丈夫よ」
「だが、その警戒は素晴らしい。突然現れた者の動作に作用されず、相手から目を離さないのは好判断だと言える」
エイトには油断は一つも無かった。
だが、声のした方向へと振り向けば、自身の僅か2mという距離まで二人の女性を近づけさせていた。
焦り、恐怖、驚愕、といった表情を仮面の下に浮かべながら、エイトは即座に二人の女性から距離をとる。
そんなエイトの様子を気にせず、女性達はボスコと同じように自己紹介を始める。
「ワタシの名前はエイダよ。よろしくね」
「私の名はアルダ。見て分かるだろうが、双子の姉妹だ」
アルダと名乗る女性が言う通り、二人の女性の顔は瓜二つで、背格好も大差ない。
一つだけ違いを上げるなら、エイダが金髪であり、アルダが銀髪である事だけだ。その違いが無ければ判別するのは非常に難しいだろう。
「俺達の自己紹介は済んだな。で、お前は何者だ? まぁ、仮面を被ってるんだから秘密にしときたいんだろうけどな……一つだけ教えろ。……お前は冒険者か?」
未だ警戒を解かず……いや、より一層に増した警戒をしつつ、エイトは無言で頷く。折角仮面を被り自身の情報を隠しているのに、声を出せば声という情報から素性がバレる場合もあるだろうと判断した為に、無言を貫く。
そんなエイトの頷くという返答を確認したボスコは、姿を見せた当初よりも楽しそうに笑う。
「はっはっはっ! そうか、冒険者か! 面白い奴が出てきたな!」
何時でもボスコ達にゴーレムカヴァリエを飛び掛からせられるようにしつつ、尚且つ自身もアイアンランスなりコパーランスなりを放てるように警戒をしているエイトとは違い、ボスコは実に楽しそうに笑い続ける。勿論、エイダとアルダも同様だ。
そんな両極端な様子の両者が互いに視線を向けあっているなか、思い出したようにボスコがエイトへと疑問を投げ掛ける。
「あっ! そう言えば、お前の目的はゴブリンの集落だろう!?」
ボスコの突然の問に、エイトは冒険者か? と尋ねられた時と同様に、無言で頷くことで答える。
「やっぱりな! いやぁ、ワリィな。ゴブリンの集落は俺達が既に潰した後だ。本当なら下位のランクの冒険者に任せるべきなんだが……最近のブリッツの新人冒険者には骨のある奴がいなくてな。誰もやらねぇから俺達がデバったんだが……お前の邪魔しちまったみてぇだな」
「そうね。この子の活躍のチャンスを奪っちゃったわね」
言葉とは裏腹に、ボスコ達の表情からは申し訳なさそうな雰囲気は感じられない。寧ろ、こうやってゴブリン討伐に出て来て良かったと考えているのが手に取るように分かる。
そんなボスコ達に困惑しながら、どう対処したものかと内心で考えるエイトに向けて、ボスコがマイペースな口調で告げる。
「面白い奴も見付けられたし……おい! エイダ、アルダ! さっさとギルドに報告しに行くぞ!」
「そうね。ワタシはお風呂に入りたいし」
「同感だな。それに、王都で手に入れたライスワインを飲みたい」
未だに警戒体制のエイトとは違い、ボスコ達三人は緩い口調で話し合う。
そして、ボスコの意見に反対する者は居らず、エイトをそのままに森の外に向けて歩き出して行った。
(…………何だったんだ!? 特にこれといって俺に用件があった訳じゃないみたいだし。森の中で偶然ゴーレムを操る俺を見て話し掛けて来ただけ? て言うか、何で面と向かって話していても存在感が感じられなかったんだ?)
エイトは知らないが、静寂の剣と呼ばれる高ランク冒険者というデズモンド以外の始めての人外を目にして、内心で幾つも疑問を浮かべつつ、冷静さを取り戻すのに暫くの時間を要したエイトだった。
一方、道化師の仮面を被った者……つまり、エイトと別れて森の外へと出たボスコ達は、森の中で出会えた人物について楽しそうに話し合う。
「ボスコはどう思う? ワタシは中々の逸材だと思うわよ」
「そうだな。ゴーレム魔法ってのは詳しく知らねぇが……土属性の魔法は最弱の部類に入る魔法だろ? それを使ってるのは減点だな。……まぁ、他の属性を切り札に持ってるだろうが……」
エイダに問われたボスコは、顎に手をやりながら自身の考えを呟く。
そんなボスコの言葉に、エイトが錬成していたゴーレムカヴァリエを脳裏に浮かべつつアルダが言葉を被せる。
「仮面を被り自身の素性を隠す………そこまでしている者が切り札を持っていない筈がない、用心深いだろうからな。……だが、あのゴーレムは美しかった。私はあそこまで精巧な鎧を見たことがない。少なくとも、この国の鍛冶師では作れないだろう。……いや、それは隣国でも同じだろうな……いったい何処であのような鎧を制作する技術を学んだのだろうか……駄目だな、いくら考えても答えは出ないだろう。ならば、やはりさっきの時に尋ねるべきだったか? クソっ! ボスコ、エイダ。済まないが先に帰ってくれ。私は先程の人物に尋ねたいことが出来た!」
アルダという人物は、普段は物静かで思慮深く近寄りがたい雰囲気を持つ女性だ。だが、そんな彼女は、鎧兜の事となると冷静さを失う。
先程エイトと話していた時は、同じブリッツ支部を拠点に活動する冒険者ならば再び会うだろうと、そんな考えがあった為冷静になれていた。だが、もしエイトがブリッツ支部を拠点にしていなかったら、と疑問に思えばいてもたってもいられなくなったらしい。
そんなアルダをエイダが押さえつつ、ボスコと共に必死に静止する。
「ちょっと! さっきと同じ所に居るとは限らないでしょ! て言うか、十中八九移動してるわよ!!」
「はぁぁ、まったく………どうせ直ぐにまた会う事になるだろう。同じブリッツを活動拠点にしてるんだからな」
必死に押さえるエイダとは逆に、ボスコは呆れたような表情を浮かべて自身の考えを述べる。
だが、まだ冷静さを失ったままのアルダは、そのボスコの言葉に噛みつく。
「馬鹿者! もし違ったら二度と出会えぬかも知れんのだぞ!!」
歯を剥き出しにして反論するアルダに、ボスコは再度呆れつつ冷静な口調で指摘する。
「今までに道化師の仮面を被った冒険者なんて聞いた事があったか? 少なくとも俺は聞いた事がねぇな、だとすれば、だ。十中八九、新人冒険者だろう……まぁ、新人でオークキングを討伐する奴なんて聞いた事がねぇが。……ともかく、新人冒険者があっちこっちと移動はしねぇだろ。俺達冒険者が移動する時は、護衛依頼か遠くに生息する魔物の討伐くらいだ。だが、新人冒険者には何れも請けられない依頼ばかり。そうなると………」
ある程度までボスコが淡々と説明すると、幾分か冷静になったアルダがブツブツとボスコの言葉に続けるようにして呟く。
「低ランクの依頼なら、この近辺の低レベルの魔物討伐……あるいは、ブリッツの街の中で処理出来る依頼か……」
ブツブツと呟くアルダを見て、エイダとボスコが深い溜め息を吐く。
この鎧兜の事で冷静さを失う事さえ無ければ見た目の美しさもあり、完璧な女性だと言えるだろう。
ともあれ、漸く冷静さを取り戻したと見えるアルダに、ボスコが声を掛け先へと進み出す。
しかし、アルダが突然立ち止まり…………
「いや、まてよ………先程の魔術師が、あの森で死んでしまう可能性も………駄目だ! 魔物どもめ! ヤらせはせんぞぉぉおお!!!」
突然叫びながら森へと走り戻って行くアルダに、ボスコとエイダは呆然と視線を向ける。
「あの子のあれさえ無ければ……良い男も出来るのに……」
「……面倒くせぇ……先に帰ってようぜ」
心の底から呟かれた、呆れた物言いだけが辺り一面に響き渡った。
因みに、エイトは既に森を出て、ボスコ達に遭遇しないように注意しながら遠回りをしてブリッツへと帰還した為、アルダには遭遇しなかった。
次話は、一週間以内には上げたいと思います。




