第一章
一日の終わりを告げるように、夕日はゆっくりと街の向こうへ沈んでいく。
高校生が一人で帰路を歩いていた。
色素の薄い髪が西日に照らされ、緋色に揺れる。
ふと、足を止める。目の前に、漆黒が落ちている。
怪訝な顔をしながら、狭野はその落ちている物に近寄っていく。
近づくにつれて、それが一羽の烏だとわかる。
烏は傷を負っているのか、浅く呼吸を繰り返しながら、じっと少年を見つめていた。
「……怪我、したのか」
手当てになりそうなものはないかと鞄の中を探る。
しかし、役に立ちそうなものは見当たらない。
「……仕方ない」
少年はポケットからハンカチを取り出すと、それ越しに烏の身体をそっと抱え、車道から少し離れた段差の上へ移した。
「ちょっと待ってろ」
烏に人間の言葉が通じないとわかっていながらも、声を掛けて周囲に他の烏がいないか確認する。
誰もいない。今、ここにいるのは少年と烏だけ。親鳥の姿も見当たらなかった。
ポケットからスマホを取り出し、どこかに電話をする。
「——もしもし、環境課ですか?」
野鳥を担当している役所の部署へ電話をかけた。
「はい、はい、烏が一羽です。場所は……」
今いる場所を伝え、「失礼いたします」と言って電話を切った。
「……とりあえず、連絡したから大丈夫だぞ」
弱っている烏に対して、狭野は言い聞かせるように言葉をかける。
役所の人が来るまで待っていてほしいと言われ、狭野は近くのガードパイプに腰を下ろした。
少し離れた場所から烏の様子を見守る。こんな近くで烏を見るのは初めてだった。
普段、街中で見かける姿からは想像できないほど、その羽は綺麗だ。
そして、烏はただ静かにこちらを見ていた。不思議と、その目が優しく見えた。
「お前、なんか似てる……」
そう呟いて、狭野は自分でも不思議に思った。
綺麗な黒い羽と、その奥にある目。そこに友人の姿が重なって見えた。
彼は数日前、交通事故に遭って亡くなった。その翌日、教室で訃報を聞いたときは、悲しみよりも驚きの方が大きかった。
母親に連れられて葬式に参列した帰り道、隣を歩く気配を感じながら、ようやく彼がもういないのだと実感した。
「…………」
あの日の帰り道、車の中で母親に隠れて静かに泣いたのを思い出した。緊張が緩んだのもあってか、しばらくの間は涙が止まらなかった。
友人のことを考えていると、近くで車のエンジン音が止まった。綺麗な恰好をした女性が、こちらに向かって歩いてくる。
「すみません、狭野さんでしょうか? こちら環境課の者です」
その人は丁寧に名乗った後、「こちらですね」と、弱っている烏の近くに寄っていく。持ってきていた毛布を広げて丁寧に包んでいく。
「……その烏はどうなるんですか」
烏の行方が気になって、役所の人に尋ねた。
「怪我の様子を見るに、ひとまずは動物病院で応急処置をした後、そのまま野生へ返すことになると思います」
「そうですか……ありがとうございます」
「あとはこの子の自然治癒力で回復することを願うばかりですね」
不安そうにしている狭野を少しでも安心させるように、役所の人は落ち着いた声で言った。
「では、これで以上になります。ご連絡ありがとうございました」
役所の人は一礼すると、烏を抱えて車に乗り込み、エンジンをかける。
狭野は烏が引き取られていくのを見送りながら、すでに夕日の沈んだ方へ向かって歩き出す。
その時、不意に風が吹いた。緋色に染まった髪が揺れた。なぜだか、あいつのことを思い出した。
「……唐須?」
狭野は足を止め、烏が連れて行かれた方を振り返る。そして、もう一度その名前を口にした。




