この地面の上で、永遠に(最終話)
一年後。
成田空港の滑走路が見える丘に、小さな、けれど活気にあふれた『山本・鈴川金属工芸』の工房があった。
マリは、結局、華やかな空の世界へは戻らなかった。
彼女が選んだのは、地上で哲郎の「言葉」を翻訳し、彼の技術を世界に届けるマネージャーとしての道だった。制服を脱ぎ、作業着に身を包んだ彼女の顔には、かつての「作り物の微笑」ではなく、芯から溢れ出すような輝きがあった。
「マリさん、次のフライトパーツの検品、終わりました!」
「ありがとう、哲郎さん。でも、左の角の研磨、あと一ミリ甘いわよ」
「ひえっ、厳しいなあ……」
二人のやり取りに、若い弟子たちが笑い声を上げる。
哲郎の右手は、完全には元に戻っていない。けれど、その不自由さが、かえって彼にしか出せない「味」を生んでいた。
夕暮れ時、二人は工房の裏手で、離陸していく巨大な旅客機を見上げていた。
銀色の翼が夕陽を浴びて、オレンジ色に輝いている。
「綺麗ね……」
「ええ。でも、あの翼を支えているのは、地面の上で汗を流している連中の意地ですから」
哲郎は、マリの肩をそっと抱き寄せた。
「哲郎さん。私、あなたと出会って、三流になる勇気をもらった気がするわ」
「三流? 何を言ってるんですか。僕にとってのマリさんは、最初から今まで、ずっと世界一の一流ですよ」
哲郎は相変わらず、そう言っただけで鼻を真っ赤にして泣き始めた。
マリは笑って、自分のハンカチで彼の顔を拭いてやる。
「泣かないでよ、社長。……ほら、明日は早いんだから。帰って、温かい豚汁を作りましょう」
「はい! マリさん!」
二人は手をつなぎ、一歩ずつ、踏みしめるように地面を歩いていく。
空を飛ぶことよりも、遠くへ行くことよりも。
泥にまみれ、火に焼かれ、それでも隣にいる人の手を離さないこと。
鉄のように熱く、鋼のように固く結ばれた二人の物語は、今日もこの地上のどこかで、小さな火花を散らしながら続いている。
(完)




