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『泥だらけのダイヤモンド』  作者: 智利


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二流の逆襲


 その会議室は、かつてマリが「地上」で最も忌み嫌っていた、冷徹な数字と論理が支配する場所だった。

 最新旅客機の内装コンペ。マリと哲郎が四畳半のアパートで、左手と二人三脚で作り上げた試作品が、今、テーブルの上に置かれている。

 「……笑わせないでほしいな。こんな町工場の残骸のようなものが、我が社の空飛ぶスイートルームに採用されるとでも?」

 鼻で笑ったのは、高村だった。彼は今、航空会社の再建コンサルタントとして絶大な権力を握っている。

 「鈴川さん、君も落ちたものだ。こんな片手の不自由な男と心中するつもりか? 一流の素材を揃えた大手メーカーの製品とは、雲泥の差だよ」

 高村は、有名デザイナーが手掛けた、煌びやかだがどこか冷たいパーツを指差した。

 隣で哲郎が、不自由な右手を隠すように強く握りしめるのが分かった。彼の肩が、怒りではなく、自分という存在がマリの足を引っ張っているという申し訳なさで震えている。

 マリは、静かに一歩前へ出た。

 「高村さん。一流の素材を揃えれば、一流のものができると思っているのなら、あなたは最初から『空』を理解していません」

 マリは、自分たちが作った、鈍い光を放つ金属パーツを手に取った。

 「空の上は、過酷です。高度三万フィートでは、気圧も温度も、人の心さえも不安定になる。そこで乗客が求めているのは、目を刺すような豪華さではありません。……自分を支えてくれる、絶対に裏切らない温もりです」

 マリは、哲郎の方を向き、真っ直ぐに彼の瞳を見た。

 「このパーツには、不純物を叩き出し、熱を加え、限界まで粘り強く鍛え上げた『意志』が宿っています。職人が、人生をかけて『誰かの土台』になろうと決めた意志が。……これは、ただの金属ではありません。地面の上で泥を舐め、それでも前を向いた者だけが作れる、本物の鋼です」

 哲郎が、顔を上げた。

 彼の瞳に、かつての「職人の火」が再び灯る。

 

 「……高村さん。僕は三流です」

 哲郎の声は、小さく、しかし低く響いた。

 「でもね、三流は、自分が弱いことを知っている。だからこそ、誰よりも『壊れないもの』を作りたいと願うんです。一流のあんたには、壊れる怖さなんて分からないだろうけど、僕らはそれを知っている。……だからこそ、この鉄は、あんたの持っているどの部品よりも、強い」

 哲郎は、左手一本でそのパーツをテーブルに叩きつけた。

 ガラン、と重厚な音が会議室を支配する。その音には、彼らが失ってきたもの、流してきた涙、そして二人の夜の静寂がすべて詰まっていた。

 審査員たちの顔色が変わった。

 高村が言葉を失う中、メイン機長の一人がそのパーツを手に取り、その「手触り」を確かめる。

 

 「……いい仕事だ。指先に、作った男の体温が伝わってくるようだ」

 マリと哲郎は、互いの手を見つめ合った。

 マリの白く細かった指は、今や哲郎を支えるために硬く、逞しくなっていた。

 二流と二流が合わさって、世界でたった一つの「一流」を超えた何かが、今、確かに証明された瞬間だった。

 高村の嘲笑を背に、二人は会議室を後にした。

 「……哲郎さん、勝ったわね」

 

 「いや、マリさん。……ここからが、本番ですよ」

 

 哲郎は、いつものように鼻を真っ赤にして泣きながら、それでも前よりもずっと力強い足取りで歩き始めた。

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