始まり
その女性は、黒髪のボブヘアで、女の子も母親とそっくりのおかっぱ頭。夏らしく、母娘でお揃いの柄のハワイの伝統衣装を着ていた。二人に合わせ、父親もアロハシャツを着ている。
子どもの手には綿菓子、母親は笑い、父親は女の子を抱っこして……。
夫婦の薬指には結婚指輪。
どう見ても盆踊りを楽しむ幸せそうな親子三人にしか見えない。
(嘘でしょう……? 西園寺さん、独身だって、言っていたのに)
◇
二つの駅が最寄りとなる、大通り沿いの古民家を改装したカフェ。そこは在宅ワークしている私が煮詰まった時に逃げ込む場所だった。
私、白石あずさ28歳は、フリーランスのライター。
雑誌やWEBメディアで、恋愛から映画紹介まで、幅広く執筆している。
取材ものでは書くに悩むことは少ないが、恋愛コラムは別! 何せ私、28歳のアラサーですが、恋愛経験が豊富……というわけでもない。
ただ、髪は明るめの茶髪、そして目鼻立ちがはっきりしている。身長も女子にしては高めで、その分、胸も大きいことから――「恋愛経験豊富そうですよね、白石さん! ぜひ恋愛コラム、やってみませんか?」と編集部から提案されてしまい……。
フリーランス、バリバリの売れっ子というわけでもないのだ。仕事を選ぶなんてできる立場ではない。ありがたく「ぜひやらせてください!」と応じたものの。恋愛について詳しいわけではないので、いざ執筆を始めると……。
見事に煮詰まる。
そんな時の気分転換で逃げ込むのが、この古民家カフェだった。そして偶然そこで出会ったのが西園寺さん。
艶のある黒髪に、スクエア型のメガネで、すっきりとした顔立ち。私の好きな作家のハードカバーの新作を物静かに読んでいる姿は、読書男子でとても素敵だった。しかも一人で、薬指に結婚指輪はつけていない。普段つけていて外したような跡もなかったのだ。
そんな西園寺さんの隣の席へ、たまたま案内された。そこで私がうっかりメニューを落とすと……。拾ってくれたのをきっかけに、西園寺さんと話すことになった。
(普段から浮気を意識するような男性にはいくつか特徴がある。サイズが合わなくてキツイからと、家族サービスの時以外は指輪を外す……これ、昔、コラムで自分で書いたのに!)
その時の私は西園寺さんの素敵な姿に完全に釘付け。浮気常習犯の特徴を見落としてしまう。それどころかまた会えたらいいなと思い、特に煮詰まっていないのにカフェに足を運んだ。すると日曜の午後、西園寺さんは必ずカフェに来るとわかった。
そして梅雨の時期。偶然、一緒のタイミングでカフェを出たら、雨が降ってきた。
私はカフェから三分のマンションに住んでいたので、西園寺さんに傘を貸すことを申し出る。
「そんな、いいんですか?」
「はい。本当に近いんで」
私が一人で傘を取りに行き、また戻るのは非効率。西園寺さんも一緒にマンションまで来たが、雨脚は急に強くなっていた。
たかが三分、されど三分。
二人ともびしょ濡れで、西園寺さんを部屋に通すことになり、そして……。
その時、彼は「白石さんのこと、ちゃんと好きだから。恋人として付き合おう。大切にするよ」と言っていたのだ。ただ西園寺さんの仕事が忙しく、会えるのは日曜日の午後だけ。稀に平日に食事をすることがあっただけだったけど……。
(まさか既婚者だったなんて……!)
◇
「……と言うわけで、未婚だと思った相手は既婚者で、子どもまでいたの!」
「それは……最悪だね。きっとさ、日曜のその時間は、パパの自由時間だったんじゃないの? そこで浮気しているなんて、最低だね」
「西園寺さん、普通にいい人で、人を騙すようには見えなかったのに」
大学時代からの友人・萩原律子。学生時代から通ういつものイタリアンで律子と落ち合い、私は手痛い失恋について報告していた。
「それで本人を問い詰めたの?」
昭和の懐かしい黒髪のワンレンの律子が、肩にかかる髪を払いながら尋ねる。
「ううん。変にこじれたくないから、他に好きな人ができたって伝えた」
「そうしたら?」
「あっさり『あっ、そうなんだ』って、すごくサバサバしていた。その時『この人、私のことは体だけの関係ぐらいにしか思っていないんだわ』と気づけた。もしかすると、私以外にもそーゆうことだけのための女性が何人かいるのかもしれない。私と切れても、痛くも痒くもないのかな、って」
これを聞いた律子は赤ワインをゴクリと飲み「それで良かったんじゃない?」と言う。
「だって『妻とは別れられないけど、白石さんのことが本気で好きなんだ』なんて言われたら、沼るよ。うちらアラサーなんだし、そんな沼案件で人生無駄にする時間はないよ。……まあ、あずさはフリーランスなんだし、仕事をコントロールしやすい。しかもパソコンとネット環境があれば、どこでも仕事ができる。現に在宅ワークが基本だけど、外でも仕事するよね?」
「そうだね」
「体だけの関係って思っていたかもしれない。西園寺さんは。だけどあずさは性格的に引きずりそう。だって自分の予想とは違う別れ方だったわけでしょう? あっさりし過ぎて拍子抜け。なんなら別れた実感もない。こうなったらあずさ自身で区切りをつけた方がいいと思うな」
そこで濃厚チーズの窯焼きミックスピザが登場し、律子はそれを取り分けてくれながら告げる。
「旅にでも出なよ、あずさ」
◇
帰宅後、私はほろ酔いでネットサーフィン。
そしてある一枚の写真に目が釘付けになる。
燃えるようなオレンジ色に世界が染まっている――そんな夕焼けの写真だった。
海沿いで、目の前は海のはず。それなのに砂漠の地平線を見ているような、不思議な光景。海と空の境目が溶け合って、世界がひとつの色に包まれている。こんな夕陽が本当に存在するのだろうかと、息を呑んだ。
(すごい。これ、どこ?)
調べると、愛媛県の中島の長師海岸で撮影された夕陽であると判明する。
(こんな夕陽が見られるのは秋。今は8月半ば。仕事の調整をして、旅をするなら9月に入ってから)
なんだかんだでフリーランスで仕事をしていると、休みがあるようでなかったりする。休みだけど何か連絡が来れば対応してしまう──そんな生活を大学を卒業してからこの歳までずっと続けていた。
(……思い切って一カ月、旅に出ようかな。そうしたらこの夕陽を見られるかもしれない)
と言うことで私は律子にこの写真を共有し、瀬戸内海を旅してみるつもりだと伝えると……。
なんと律子から折り返しの電話が来て、驚くことになる。
「律子が電話してくるなんて驚き!」
「普段はメッセージアプリのビデオ通話だもんね。でも今回はすぐにあずさに伝えなきゃって、思わず興奮して電話したの! 運命かもよ、あずさ!」
「?」
「あずさが送ってくれた写真、愛媛の中島だよね?」
「そう。中島にある長師海岸ね」
「その海岸に近いかはわからないけど、知り合いが中島にいる」
これには「えっ!」と驚く!
「元は東京の立川の方に住んでいたの、夫婦二人で。旦那さんが陶芸家で、奥さんは画家。でね、日本の地中海って言われる瀬戸内を二人で旅行した。半年かけて、兵庫・岡山・広島・山口・香川・愛媛・福岡って。それですっかりせとうちを気に入って、移住したいとなり、中島へ越したのよ!」
「そうなの!」
「しかも空き家だった古民家をただも同然で手に入れて、なんと5LDK! 夫婦二人と犬一匹だから、部屋は余っている。一カ月ぐらい余裕で置いてくれると思う」
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