聖域の転校生と、禁じられた恋のメロディ
【前回の答え】
1. 全員左利き
観測されているシロクマは全て左利きだそうです。ちなみに地肌は太陽の熱を効率的に吸収するために黒いそうです。
1. スクールバスは鉄のカーテン
この国において、学校という場所は一種の「アジール(避難所)」として機能している。
葉安木総理が定めた「教育環境保護法」により、校地内においてはAIロボットによる強制バトルの執行が一時的に停止される。目が合っても、火花を散らす必要はない。ただ「おはよう」と言えば済む。この「普通」を求めて、学校に行きたくないという子供は居ない。
「けーい、おはよ……いや、おっはよーございまーす……」
校門の前で、死に体のような声を上げたのは、僕の悪友である鈴木太郎だった。
彼はボサボサの頭を垂らし、魂が口から半分はみ出しているような顔をしている。
「どうしたんだい、太郎。まるで全自動洗濯機に三時間くらい放り込まれたような顔をして」
「……負けたんだよ。昨日、コンビニの店員に」
「おや、あそこのセブンイレブンの店員さんかい? あの人は大学浪人生で、レートは2000越えの猛者だと聞いているよ」
「期間限定の『激辛クイズ・ポテチ』を手に取ろうとした瞬間、棚の隙間からバチーンと目が合っちゃってさ。……『日本におけるポテトチップスの普及に貢献した、湖池屋の創業者を答えよ』なんて、知るかよそんなの……」
ちなみに正解は小池和夫さんだ、と僕は心のノートに書き込んだ。買い物客と店員がバトルになる理不尽さは、客よりも店側が感じていることだろう。
「で、ペナルティは何だったんだい?」
「一ヶ月の『恋愛禁止』だよ……」
「それは……惚れっぽい君にとっては、なかなか過酷だね」
「だろ!? 今朝、隣のクラスの美咲ちゃんと廊下ですれ違ったんだけどさ、AIが僕のスマホ経由で『心拍数の上昇を検知。恋愛行為の兆候とみなし、警告を発信します』って警告音声を鳴らすんだよ。……もう、信じられない」
太郎は重い足取りで他のスクールバスから降りてきた生徒たちの群れに紛れていった。
あの黄色いバスは、窓ガラスが特殊なスモーク加工になっており、外からの視線を完全に遮断する。通学中の不要なバトルを避けるための「移動するシェルター」だ。
僕には必要ない。レート2800を超える僕と目を合わせようとする無謀な「狩人」は、本来この街にはそうそういないからだ。今朝は久しぶりの登校中バトルだったということだ。まあ飛んで火に入る夏の虫であることに変わりはないのだが。
2. 異分子の到来
一時間目のホームルーム。
担任の山田教子先生――クイズバッジを胸に輝かせた教師――が、教卓をパンパンと叩いた。
「皆、集中! 今日は新しい仲間を紹介します。……佐伯さん、入ってきて」
教室の空気が、ふっと薄くなったような気がした。
入ってきたのは、一言で言えば「静謐」を纏った少女だった。
佐伯玲。長い黒髪が、歩くたびに微かに揺れる。眼鏡の奥の瞳は、まるで凍った湖の底のように澄んでいた。
「佐伯玲です。……特技はありません。以上」
あまりにも短い挨拶に、クラスがざわついた。
だが、僕が注目したのは彼女の胸元だ。そこには、僕のそれと酷似した、濃い青色のホログラムが浮かび上がっていた。
【Rating: 2807】
教室中の視線が、僕と彼女の間を往復する。
中学三年生でレート2800超え。それは「神童」という言葉すら生ぬるい。こんな、都心から少し外れた中堅校に、この時期に転校してくるなんてありえない、と自分を棚に上げて思う。
「……何か、複雑な事情がありそうだね」
僕は独り言を漏らした。彼女は僕の視線に気づいたようだったが、微かに口角を上げただけで、すぐに窓の外へ目を向けた。
3. 天才の証明、あるいは挑発
彼女の実力の証明は二時間目の「社会科クイズ演習」の時間に起きた。
山田先生がモニターに問題を映し出す。
『世界遺産・モン・サン=ミッシェルについて。この修道院が、百年戦争中に果たした役割を、当時の要塞としての構造的特徴を交えて答えなさい』
教室が静まり返る。これは単なる一問一答ではない。AIが生成した、高度な記述・論述型問題だ。
僕は基本的に授業中に挙手はしない。質問に答えることでポイントを貰うことが出来るのだが、余りにも正解し過ぎるので先生が全く指してくれないからだ。暫くしても誰も手を挙げようとしない。
それならばと、僕が手を挙げようとした瞬間、それより少し早く彼女の右手がスッと上がった。
「佐伯さんどうぞ」
「島全体が強固な城塞となっており、干満の差を利用した天然の防御壁として機能しました。また、1434年のイングランド軍による総攻撃の際には、突き出した堡塁からの側防火力が決定打となり、一度も陥落することはありませんでした」
澱みのない解答。しかも、教科書には載っていない細部まで網羅している。
クラスの生徒がざわめき、山田先生が息を呑む。
「正解……。完璧ね、佐伯さん。……追加で聞くけれど、その際に使われた、現在も入り口に残されている大砲の名称は?」
目を閉じ、数拍後思い出すかのように言った。
「…ミシュレ(Michelettes)です」
「佐伯さんに3ポイントあげるわ」
僕は、知らず知らずのうちに椅子の背もたれから身を乗り出していた。
彼女の回答は、知識を「覚えている」というより、まるでその風景を見てきたかのように「再現」しているようだ。
授業が終わった休み時間、僕は彼女の席に歩み寄った。
「見事な回答だったよ、佐伯さん。ミシュレの名前まで出てくるとは思わなかった」
玲はゆっくりと僕を見上げた。
「……天智慧君。レート2874 。この学校の『王様』」
「王様なんて、そんな柄じゃないよ。ただ、この不健全な社会を少しだけ要領よく泳いでいるだけさ」
「要領、ね。……あなたはクイズを『攻略対象』として見ているという事ね。でも、私にとってクイズは『呼吸』と同じ。……あるいは、呪い、かな」
彼女の言葉には、十四歳が持つべきではない重みがあった。
「なぜ、君ほどの人がこんな時期にこんなところに来たんだい? 有名校ならどこでも奨学金が出るはずだ」
「……どの学校も、私を『レート製造機』としてしか扱わなかった。……私は、ただ、静かに知識の海に沈みたかっただけなのに」
彼女の瞳の奥に、一瞬だけ鋭い「刃」のような光が見えた。
それは、勝利を渇望する者の目ではなく、勝利に飽和し、すべてを拒絶しようとする者の目だった。
「……ふん。それで? 私のレートを奪おうとでもするつもり?」
彼女の声が、冷たく響く。
「まさか。ここは学校だ。ルール上、バトルはできない」
僕は笑って肩をすくめた。
「ただ、ライバルが欲しかったのは事実だよ。一人で2800台にいるのは、案外、孤独だからね」
玲はフッと鼻で笑うと、再び自分の本に視線を戻した。
『クイズは未来だ』。
葉安木総理の言葉を思い出す。
けれど、彼女が連れてきた空気は、未来というよりは、もっと複雑で、解答の見つからない「問い」そのもののようだった。
【問題】
買い物で使う「クーポン」という言葉。もともとはフランス語ですが、どんな意味がある?
1. 幸運
2. 切り離す
3. 贈り物
4. 節約




