表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/24

聖域の転校生と、禁じられた恋のメロディ

【前回の答え】

1. 全員左利き

観測されているシロクマは全て左利きだそうです。ちなみに地肌は太陽の熱を効率的に吸収するために黒いそうです。

1. スクールバスは鉄のカーテン

この国において、学校という場所は一種の「アジール(避難所)」として機能している。

葉安木総理が定めた「教育環境保護法」により、校地内においてはAIロボットによる強制バトルの執行が一時的に停止される。目が合っても、火花を散らす必要はない。ただ「おはよう」と言えば済む。この「普通」を求めて、学校に行きたくないという子供は居ない。

「けーい、おはよ……いや、おっはよーございまーす……」

校門の前で、死に体のような声を上げたのは、僕の悪友である鈴木太郎だった。

彼はボサボサの頭を垂らし、魂が口から半分はみ出しているような顔をしている。

「どうしたんだい、太郎。まるで全自動洗濯機に三時間くらい放り込まれたような顔をして」

「……負けたんだよ。昨日、コンビニの店員に」

「おや、あそこのセブンイレブンの店員さんかい? あの人は大学浪人生で、レートは2000越えの猛者だと聞いているよ」

「期間限定の『激辛クイズ・ポテチ』を手に取ろうとした瞬間、棚の隙間からバチーンと目が合っちゃってさ。……『日本におけるポテトチップスの普及に貢献した、湖池屋の創業者を答えよ』なんて、知るかよそんなの……」

ちなみに正解は小池和夫さんだ、と僕は心のノートに書き込んだ。買い物客と店員がバトルになる理不尽さは、客よりも店側が感じていることだろう。

「で、ペナルティは何だったんだい?」

「一ヶ月の『恋愛禁止』だよ……」

「それは……惚れっぽい君にとっては、なかなか過酷だね」

「だろ!? 今朝、隣のクラスの美咲ちゃんと廊下ですれ違ったんだけどさ、AIが僕のスマホ経由で『心拍数の上昇を検知。恋愛行為の兆候とみなし、警告を発信します』って警告音声を鳴らすんだよ。……もう、信じられない」

太郎は重い足取りで他のスクールバスから降りてきた生徒たちの群れに紛れていった。

あの黄色いバスは、窓ガラスが特殊なスモーク加工になっており、外からの視線を完全に遮断する。通学中の不要なバトルを避けるための「移動するシェルター」だ。

僕には必要ない。レート2800を超える僕と目を合わせようとする無謀な「狩人」は、本来この街にはそうそういないからだ。今朝は久しぶりの登校中バトルだったということだ。まあ飛んで火に入る夏の虫であることに変わりはないのだが。


2. 異分子の到来

一時間目のホームルーム。

担任の山田教子先生――クイズバッジを胸に輝かせた教師――が、教卓をパンパンと叩いた。

「皆、集中! 今日は新しい仲間を紹介します。……佐伯さん、入ってきて」

教室の空気が、ふっと薄くなったような気がした。

入ってきたのは、一言で言えば「静謐せいひつ」を纏った少女だった。

佐伯玲。長い黒髪が、歩くたびに微かに揺れる。眼鏡の奥の瞳は、まるで凍った湖の底のように澄んでいた。

「佐伯玲です。……特技はありません。以上」

あまりにも短い挨拶に、クラスがざわついた。

だが、僕が注目したのは彼女の胸元だ。そこには、僕のそれと酷似した、濃い青色のホログラムが浮かび上がっていた。

【Rating: 2807】

教室中の視線が、僕と彼女の間を往復する。

中学三年生でレート2800超え。それは「神童」という言葉すら生ぬるい。こんな、都心から少し外れた中堅校に、この時期に転校してくるなんてありえない、と自分を棚に上げて思う。

「……何か、複雑な事情がありそうだね」

僕は独り言を漏らした。彼女は僕の視線に気づいたようだったが、微かに口角を上げただけで、すぐに窓の外へ目を向けた。


3. 天才の証明、あるいは挑発

彼女の実力の証明は二時間目の「社会科クイズ演習」の時間に起きた。

山田先生がモニターに問題を映し出す。

『世界遺産・モン・サン=ミッシェルについて。この修道院が、百年戦争中に果たした役割を、当時の要塞としての構造的特徴を交えて答えなさい』

教室が静まり返る。これは単なる一問一答ではない。AIが生成した、高度な記述・論述型問題だ。

僕は基本的に授業中に挙手はしない。質問に答えることでポイントを貰うことが出来るのだが、余りにも正解し過ぎるので先生が全く指してくれないからだ。暫くしても誰も手を挙げようとしない。

それならばと、僕が手を挙げようとした瞬間、それより少し早く彼女の右手がスッと上がった。

「佐伯さんどうぞ」

「島全体が強固な城塞となっており、干満の差を利用した天然の防御壁として機能しました。また、1434年のイングランド軍による総攻撃の際には、突き出した堡塁ほるいからの側防火力が決定打となり、一度も陥落することはありませんでした」

澱みのない解答。しかも、教科書には載っていない細部まで網羅している。

クラスの生徒がざわめき、山田先生が息を呑む。

「正解……。完璧ね、佐伯さん。……追加で聞くけれど、その際に使われた、現在も入り口に残されている大砲の名称は?」

目を閉じ、数拍後思い出すかのように言った。

「…ミシュレ(Michelettes)です」

「佐伯さんに3ポイントあげるわ」

僕は、知らず知らずのうちに椅子の背もたれから身を乗り出していた。

彼女の回答は、知識を「覚えている」というより、まるでその風景を見てきたかのように「再現」しているようだ。

授業が終わった休み時間、僕は彼女の席に歩み寄った。

「見事な回答だったよ、佐伯さん。ミシュレの名前まで出てくるとは思わなかった」

玲はゆっくりと僕を見上げた。

「……天智慧君。レート2874 。この学校の『王様』」

「王様なんて、そんな柄じゃないよ。ただ、この不健全な社会を少しだけ要領よく泳いでいるだけさ」

「要領、ね。……あなたはクイズを『攻略対象』として見ているという事ね。でも、私にとってクイズは『呼吸』と同じ。……あるいは、呪い、かな」

彼女の言葉には、十四歳が持つべきではない重みがあった。

「なぜ、君ほどの人がこんな時期にこんなところに来たんだい? 有名校ならどこでも奨学金が出るはずだ」

「……どの学校も、私を『レート製造機』としてしか扱わなかった。……私は、ただ、静かに知識の海に沈みたかっただけなのに」

彼女の瞳の奥に、一瞬だけ鋭い「刃」のような光が見えた。

それは、勝利を渇望する者の目ではなく、勝利に飽和し、すべてを拒絶しようとする者の目だった。

「……ふん。それで? 私のレートを奪おうとでもするつもり?」

彼女の声が、冷たく響く。

「まさか。ここは学校だ。ルール上、バトルはできない」

僕は笑って肩をすくめた。

「ただ、ライバルが欲しかったのは事実だよ。一人で2800台にいるのは、案外、孤独だからね」

玲はフッと鼻で笑うと、再び自分の本に視線を戻した。

『クイズは未来だ』。

葉安木総理の言葉を思い出す。

けれど、彼女が連れてきた空気は、未来というよりは、もっと複雑で、解答の見つからない「問い」そのもののようだった。



【問題】

買い物で使う「クーポン」という言葉。もともとはフランス語ですが、どんな意味がある?

1. 幸運

2. 切り離す

3. 贈り物

4. 節約


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ