89話 帝国の間諜と傭兵
間に合うかっ!?
私の魔法が使えなくなるなら障壁では駄目だ!馬車が簡単に燃えない為には燃えにくい素材になってしまえばいいか!燃えにくくて、湿ってて、矢も刺さらないほどに硬くて・・・いっそ水の膜を張ってしまえば!
『燃えない馬車になれ!!』
馬車が一瞬青緑に光ったと思ったら、衝撃が走った!
火矢が放たれたのだろう。
しかし、矢は馬車に刺さらずボトボト落ちて行くようだ。
間に合った!
「クソ!あの馬車矢が刺さらねぇ!」
「燃えねえぞ!!」
「おい!逃げるぞ!追え!」
「あの速さじゃ追いつけねーよ!!」
「大丈夫だ!」
「この先には進めねぇよ!」
だが、安心している暇は無さそうだ。
馬車の速度が少し遅くなった。
「アシュリー様、止まるしかなさそうです。前方に障壁が張られています」
馭者席の窓から見ると、確かに道いっぱいに障壁が張られているようだが・・・
私の魔法が消えないのなら、道以外の所を走って行けると思う。
でもなぁ…
今を逃して良いのだろうか・・・あの執事を捕まえなくて良いのだろうか。
魔法は使えなくなるかもしれないが、
皆を危険に晒す事になるかもしれないが、
今やらねばならない気がする。
グレンヴィルの精鋭が揃った今!
「皆様、本当はこのまま逃げきれますが、闘うことを選んでもよろしいでしょうか!」
「おぅ!望むところだ!」
「アシュリー様の望むように!」
「もちろんだよ!」
「私はいつでもお嬢様について行きます」
「私もですよ。私たちを死なせないために、アシュリー様は何が何でも生き残る約束しましたよね!」
そうだった。
クラリッサとヘクターと約束した!
皆の信頼を感じる。
私も皆を信じよう!
「デヴィッド様!エドゥアルド様!王子殿下とクラリッサを頼みましたよ!」
「任せて!」
「お任せください」
「ワイルダー!止めてください!戦闘開始です!」
「御意!」
「ヘクター!行きますよ!」
「はい!」
二人で馬車の中から馭者席に移り、周りを確認すると、必死で追いかけて来る傭兵達がちょっと笑えた。
まだ魔法は使えている。
何をするつもりだ。
だんだん執事のいる場所に近付いているのが分かる。
本当に気味が悪い・・・。
何かが飛んで来る!
あれか!
剣で叩き落とそうとしたが、剣が強く当たっても、まるで私に吸い寄せられる様にくっ付いてきた・・・
これはまずい!
そう気付いた時には、既に私の手に黒い腕輪が嵌っていた。
「お嬢様!!」
馬車が止まる。
馬車に放っていた魔法が使えなくなったのだろう。
「ゔーっ!外れません!」
ヘクターが必死で外そうとしているが、まぁ、当たり前だな。簡単に外れるものを作るわけがない。
これで魔法は使えなくなったということか。
しかし・・・
これは・・・
何故か身体強化魔法は切れていない。
もしかして、魔法を外に放出出来ないだけで、体内の魔力には何の影響もない?
身体強化は使い放題?
ふふっ
ふふふふふ・・・
「お嬢様、壊れましたか?」
壊れてないよ!
独りでニマニマしてたからかな?
「ヘクター!ちょっと私についてくるのは無理だろうから、一人でも頑張ってね!」
「お嬢様、もしかして・・・」
「ええ、身体強化は切れてないわ」
「そういえば光ったままですね。分かりました!思う存分暴れて来てください!」
「任せて!」
ヘクターと拳を付き合わせて笑い合う。
「ワイルダー。私はあの不気味な執事を捕まえてくるわ!」
「行ってらっしゃい!」
後ろの馬車からは我がグレンヴィルの精鋭たちが出てくる。
騎乗の団長やお兄様も、私の顔を見て頷いた。
「ここは任せてくれていいよ!」
「お願いします!!」
私は馬車から飛び降り、執事の方へと走った。
執事は少し驚いた様な顔をしたが、自信があるのだろう逃げる素振りもなく、ニヤニヤとした不気味な笑顔で私が来るのを待っている。
「初めまして、アシュリー・グレンヴィル辺境伯令嬢様」
「初めまして。あなたはどこのどなたかしら?」
「名乗るほどの者ではございません。それに名乗っても無駄でありましょう」
ここで殺すから無駄だということか。
「そうかしら?」
確かにこいつは手練だろう。
だが、ワイルダーやセオドアほどではない。
ならば、その自信は何か。
私を軽く見ているのか?
奴は聞き覚えのある詠唱を始めた。
確か障壁魔法だ。
その障壁は、壁の様なものではなく、身体を覆う様にピッタリと張り付いたものだった。
ほぉ〜⋯面白いな。
ああいった使い方もあるのか、今度やってみよう。
「さぁ、この私を倒せますかな?」
「倒せるよ」
「え?」
私は瞬時に移動し、奴に思いっきり回し蹴りをかました。
しかも、二段回し蹴りだ。
グフォッ!!
グウェッ!!
「そ、んな⋯ばか、な⋯」
障壁のおかげか、まだ意識があるようなので、続けてアッパーカットもお見舞いした。
ヴァっ!!
カーーーン!
ノックアウト!
普通に戦っていたら、負けないにしても勝てなかったかも知れないが、人の命が掛かっているなら遠慮なく身体強化魔法は使わせてもらう!
身体強化した私に障壁の意味はないのだよ。
執事を掴んで、引きずりながら馬車まで走り、エドゥアルド様に拘束してもらうよう頼む。
魔法が得意そうなので、魔法に対応出来る拘束が良いとも付け足しておく。
よし!
次行こう!
騎士達が負けている風ではないが、人数が多いので面倒そうだ。一気に行こう!
「アシュリー様!執事は?」
「捕まえたよ!」
この傭兵達は、さっきの執事と違って障壁を纏ってないから、この身体強化したままで力いっぱい戦ってしまうと死んでしまうな・・・
よし、まずは数減らしに弱そうなのから沈めて行こう。
「ヘクター!次々沈めて行くから、武器を奪って行って!」
「はい!」
見ている者には瞬間移動でもしているようにしか見えない速さで走り、後ろからローキックで脚を狙って行った。
「うわっ!」
多分、折れてるかヒビが入っていると思う。
捕まえた後に逃げられない様に狙ってのことである。
「ギャーッ!」
「ギャッ!!痛ぇ!」
「ヴギャ!なんだ!?立てない!」
10人くらい沈めた辺りで、傭兵達がやっと私に気付き始めた。
「おい!その小娘から殺れ!」
一斉にこちらに向かってくるが、今の私には遅い!
傭兵がこちらに向かうよりも早く、奴らの剣を次々叩き落として行く。
「うわっ!」
「剣はどこ行った!」
奴らは、私の速さについて来れないので、すぐに見失うのだ。
その隙にまた一人、二人と沈めて行く。
だが、そのうちそんな私の小細工めいた闘いが通じない奴がいた。
なかなか骨のある傭兵である。
かなりでかい…お父様より大きそうだ。
「やるじゃねぇか嬢ちゃん」
これはちょっと闘ってみたい相手である。
人数もかなり減ったので、団長達に任せてもいいかな。
私は身体強化魔法を切った。
剣を握り、相手の出方を待つつもりが、すぐに斬りかかって来たので受け止めてみる。
「よく受けたな!」
重いな
「だが、それもいつまで続くか!」
それにこんな大きな剣を軽々振り回すとは、かなりの馬鹿力だろう。
結構スピードもある。
私が力で負けるとでも思っているのだろう。力任せに何度も大剣を振り下ろして来る。
それも全て受けてやっていると、そのうち焦った顔になって来た。
力には自信がある!
サイモン団長にも褒められた!
「お前など、サイモン団長には及ばぬわっ!」
振り下ろしてきた剣を思い切り薙ぎ払うと同時にハイキックをかましてやったら、奴は大事な剣を手から落とした。腕を押さえているので折れたか?
私はすかさず大剣を拾い、思いっきり遠くへ投げてやった!
「なにぃーー!?あの大剣を!!」
「さあ、武器は無くなったが、まだ闘うか?」
「当たり前だ!」
そう言うが否や、殴りかかって来た。
やった!
シャドーボクシングではない
模擬戦でもない
本物の敵を相手に拳を振るうのだ!
私は自分の剣も放り投げた。
ヘビー級を超えそうなパンチを、結構なスピードで何発も続けて撃ち込んでくるが、私は全て避けている。身長差があるので奴も闘い難いのだろう。
「この野郎!ちょこまかと!!」
「野郎ではない!」
一応見た目は可憐だとよく言われる、少女である。
そろそろ奴の弱点も見えてきたことなので勝負に出る。
右ストレートをギリギリで躱したと同時に思い切りボディに2発入れる。
怯んだ隙に、続けてジャンピングアッパーカット!
ジャンプしたのは奴がでかすぎるからだ!
「ゴブォっ!グェッ!」
苦しくて膝をついたところを回し蹴り!
ドサッ!
カーーーーン!
ノックアウト!
「アシュリー!そっち行ったよ~!」
勝利に浸る暇もなく次の傭兵が向かってくる。
「お嬢様!剣を放り投げて、もう!」
さっき邪魔だから放り投げた私の剣をヘクターが拾ってくれていたようだ。
「ありがとう!」
帝国の傭兵はグレンヴィルの騎士とは違う。
こうして剣を交えて良く分かった。
これまでどれだけの戦場で戦って来たのか知らないが、何かを護る為ではなく奪い侵す為に闘って来たものがほとんどだそうだ。闘い方も汚いのだとデヴィッド君は言っていたが・・・
しかし、それは私も賛成である。
生死をかけた闘いにきれいも汚いもない。
傭兵が驚いている。
私の騎士らしくない闘いに。
剣術の腕は拮抗しているようなので、それ以外で勝たねばならない。
お互い決め手に欠ける闘いだ。
最後、足技をかけると同時に砂をかけて目つぶしをしたのが決め手になり、勝利できた。
次は!
周りを見渡す。
随分片付いた、あと二人か・・・それももうすぐ終わりそうだ。
すぐに身体強化をし、気配や人数も確認すると
結構離れた所に一人逃げていく奴を見つけた。
「ヘクター!逃亡者がいる!追うよ!!」
「はい!」
「遅れてもいいからついて来て!」
逃亡者がどこに逃げるのか知りたい。
逃げてる奴は間諜だろうか、なかなか逃げ足が早い。
私には勝てないが。
今は5メント位離れている。
これ以上近付くと追っているのに気付かれるか?
距離を縮めるか迷っていたところで、逃亡者の動きが止まった!
何だろう、嫌な予感がする・・・
加速して距離を縮めていくと、気配が消えた。
同時に酷く嫌な気配を感じたが、それもすぐに消えた。
この後の予測はつく。
だが・・・確かめない訳にはいかないだろう。
気配が消えたのはすぐそこだ。
森の管理小屋か何かだろうか、朽ちかけた小屋が見える。
気配はない。
だが・・・濃く真新しい血の匂いがする。
小屋を覗くと、予想通りの結果が横たわっていた。
何故殺した!
仲間じゃないのか!
クッ!
もっと早く気が付いていれば・・・
躊躇せずにすぐに追い付いていれば・・・
悔やんでも後の祭りである。
この逃亡者を殺った奴がいるはずだが、その気配はたどれなかったので、気配を消せるほどの人間だったということになる。
もしかしたら、この状況をどこかで見ているかもしれない。
その可能性も考えて、身体強化の魔力を倍増してみたが、気配は森の生き物達だけだったのですぐに元に戻した。もう逃げたのだろう。
いやぁ~倍増するとやばいな!
アリンコぐらいの生き物の気配まで感じられてうるさいわ!
そろそろヘクターが来る。
ヘクターがすごいところは、私の気配は追って来れるということだ。
私限定らしいが。
犬並みの嗅覚なのだろうか。
今の私は血の臭いがまとわりついているだろうか・・・
「お嬢様、何がありましたか?」
「間に合わなかった・・・」
ヘクターが小屋の中まで入って確認する。
「首を一刺しですね。口封じには一番手っ取り早いでしょう。お嬢様大丈夫ですか?顔色が悪いですよ」
「大丈夫・・・」
本当はあんまり大丈夫ではないが、この状況で甘えた事を言うつもりはない。
「もう、無理をしなくても良いんですよ!」
ヘクターにはバレてしまうのか・・・。
「お嬢様はちっこいんですから、背負ってもそんなに負担にはなりませんよ!」
「ちっこい言うな・・・」
「ははっ!早く背中に乗ってください」
ヘクターに背負われて戻って行く。
「お嬢様、戦闘開始から地が出てますよ。私以外には気を付けてください」
そういえば・・・しまった!
「最近、多いですからね。ドッチボールの時も『ノルベル飛べ!』ですよ。もう!」
「ごめんなさい…気を付けるわ」
「立派な淑女が遠のいていきますよ」
「はーい…」
ヘクターの背中に揺られていると気持ちがいい・・・何だか眠たくなってきた。魔力結構使ったからかな・・・寝たら起きれなくなるかもしれない・・・でも・・・眠たい・・・




