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「お嬢さま、フィンさん!」
カミラが手を振りながら駆け寄ってきた。ソフィーは侍女の姿にギョッとする。
「カミラ。その首に巻いているのは何!」
「何って、こちらの方はフィンさんの弟さんではないですか」
何を言っているんだ、と言わんばかりにカミラが首をかしげてくる。ソフィーは彼女を視界から外すべくフィンの耳の後ろ側に回り込んだ。ふわふわの毛にしがみつきながらカミラたちを窺い見る。カミラが蛇の胴に手を添えながらフィンと蛇を対面させていた。
「蛇さん、お兄さんですよぉ」
『……もしかしてさっきの幻覚はヨルンが?』
蛇がフィンの言葉に反応してか、舌を出す。
『やられましたね。まさかお前が人族に力を貸すとは……』
フィンがため息まじりにこぼした。だがそのせいで、鼻先に立っていたカミラが向かい風に煽られたかのようにあとずさる。その間にも兄弟の話は続いているようだった。
元々言葉を発していないのか、それとも自分が隠れているところまで届かないのか。ソフィーには蛇の声が聞こえなかった。しかしきちんと会話は成立しているようだ。ときおり小さく笑うフィンの声が聞こえてくる。
(でもこれって傍から見たら巨狼と首に蛇を巻いた侍女が話しているようにしか見えないわよね)
ソフィーがフィンの耳の下毛の隙間から傍観していると、リキャルドがフィーナとトールヴァルドを引き連れ彼らの中へ入っていった。
「あの、すみません。フィンさんがどうやって洞窟から出てこられたのか聞いてもいいですか?」
『構いませんよ。最初の数百年くらいは顎先に剣が突きささり地面に固定されていたため動けなかったのですが、ずっと動かないのもきつくなりましてね。少しずつ身体を動かしているうちに、顎を貫いていた剣が外れまして』
「顎に剣? 外れた? 紐で拘束されていただけじゃなかったのか……」
フィンの証言にリキャルドが眉間に皺を寄せた。その隣でフィーナが痛ましそうに顔をしかめる。
「顎を剣でなんて聞いてないわよ」
ソフィーは隠れていることも忘れ、フィンの顎を無理やり持ちあげた。隙間のできた顎の下へ入り込み、アッシュグレーの毛を掻きわけるように傷跡を確認する。しかし、傷跡は見つからなかった。
『すでに癒えましたのでもう痛くありませんよ』
「そうなの? よかった」
ソフィーは安堵した。顎の下から抜け出し脇に立つと、嬉しそうに見おろす黒い瞳と目が合う。
『まあ、その傷を癒すために眠りについたのですが、血を流し過ぎたのでしょう。目が覚めたときには小さな体になっていました。そのおかげで何をやっても切れることのなかった綱の拘束が解け、風化し隙間ができていた洞窟から抜け出すことができたんですけどね』
「そこでダール嬢と出会われたのですね」
トールヴァルドの問いかけにフィンが頷く。
『はい。人族に恐れられていたのは知っていましたから、あんな可愛らしい笑顔を向けられるとは思わず。お嬢様に話しかけられたときに、私の伴侶はお嬢様しかいないと』
ソフィーはフィンの告白に取り繕うことができず、顔を緩ませた。向かい側で先ほどまで青白い顔をしていたフィーナが頬を染めこちらを見てくる。ソフィーは恥ずかしくなり、体温を一気に上昇させた。
『どうすればお嬢様の夫になれるか模索していたときに、『祝福の儀』のことを聞きまして、白妖精族との契約を考えついたのです』
「なるほど! それでフィンさんはお屋敷からいなくなったのですね」
カミラが手を叩き、大きく首肯した。ソフィーはムッとしながら口を挟む。
「なんですぐに帰ってこなかったのよ!」
『ずっと獣の姿では意思疎通がなかなか難しかったので。それに僕が巨人族だとわかれば恐れられてしまうと思いまして。それならば、と思い、旦那様に人の姿で拾っていただきました』
しゅんと三角の耳を伏せながら語るフィンの姿にソフィーは胸をときめかせた。下降気味だった機嫌があっさりと上昇し、ソフィーはフィンの頬を掻くようになでる。
「本当にダールさんのための契約だったんですね」
気持ちよさそうに目を細めるフィンを愛でていると、大人たちと交流を深めていたオルソンが話しかけてきた。
「フェンリルとはこういうやつだったのか?」
「神話に残虐極まりないと書かれていたが」
「俺がイメージしていたフェンリルが……」
「色んな意味ですごい人だなあ」
オルソンの後ろで、イーヴァル、アルノルド、リキャルド、トールヴァルドといった男性陣が若干引き気味に感想を呟きながらフィンを見つめている。だが女性陣には好評のようだ。
「「「素敵」」」
「「「えっ?」」」
頬を染め両手を組み、キラキラと瞳を輝かせている女性たちの反応が予想外だったのだろうか。オルソンとトールヴァルドを除いた男性陣がそれぞれのパートナーを凝視する。それにカリーナとフレアが気づき、男性たちへ女心の機微について語り始めた。ソフィーは、オルソンやトールヴァルドも加わり賑やかになった面々を横目に、フィーナへ近寄る。
「フィーナ様。あなたの言う通り、わたくしはすでに運命の相手と出逢っていたようですわ」
ソフィーが満面の笑みを向けると、フィーナが嬉しそうに口元を緩めた。




