03
「キャアァ」
落下の衝撃で辺り一面が真っ白になる。
ソフィーはフィンに守られながらも、目の前で起きた衝撃に身を震わせた。
「ああ、なんてことなの」
「早く、この枝をどかして!」
「今、やっている」
「返事をしろ!」
フィーナたちとの間を分断するように落ちてきた枝が火に覆いつくされていく。
(どうしてこんなことに……)
ソフィーは、叫びながらも必死で子供たちを救出しようと動くイーヴァルたちの姿をぼんやりと眺めた。そのそばで、カリーナとフレアが螺旋を描きながら水魔法を枝へぶつける。しかし火は衰えるどころか、さらに激しくなるばかりだった。
「お父様たちが二人の気持ちを無視したからだ!」
トールヴァルドの言葉にカリーナが愕然とした様子で目を丸くする。
「そ、そんな私たちがあの子たちの仲を認めなかったからこうなったと言うの……」
「そんな!」
フレアがリキャルドによく似た金髪を振り乱し叫ぶ。アルノルドが天を仰いだ。
「女神様申しわけありませんでした。どうか子どもたちを、リッキーとヨセフィーナをお助けください」
「子どもたちは何も悪くないのです」
「女神様、愚かな我らにもう一度チャンスを!」
「子どもたちの仲を認めます。どうかご慈悲を」
「本当にそう思っているのですか? 口からのでまかせではなく?」
フィンが、女神に助けを請う大人たちへ問いかけた。イーヴァルが間髪入れずに応える。
「もちろんだ。女神様に誓ったっていい」
「俺もだ。リッキーたちの命が助かるのなら女神様に誓う」
アルノルドからも宣言され、フィンは満足げに頷くとこちらを見た。
「お嬢様、おめでとうございます。これでお嬢様の願いは叶えられました」
「何言っているのよ、フィン。いくら叶えられたって二人が助からなかったら意味がないじゃない!」
ソフィーは思いやりのかけらも見られないフィンの物言いに腹を立てた。だが、彼はきょとんとした顔で首をかしげる。
「助からない? おかしなことをおっしゃいますね」
「おかしいのはあなたの方でしょう、フィン! フィーナ様たちは生き埋めになってしまったのよ」
本当にどうしたというのだ。こんな非道な男ではなかったはずなのに。ソフィーは悲しくなった。だが、こちらの心情など気にすることなくフィンは呆気らかんと言い放つ。
「ヨセフィーナ・シェルマン様とメリーン様ならあちらにいらっしゃいますが」
フィンがゆっくりと腕をあげ、パチンと指を鳴らした。ソフィーは訝しく思いながら、侍従が示した方へ顔を向ける。
「何を……え? なんで?」
ソフィーは目を疑った。先ほどまで燃え盛っていた枝が跡形もなくなっている。あるのはフィーナを抱えた状態で蹲っているリキャルドの姿だけだった。
「な、何が起きているの?」
夢でも見ているのだろうか。意味がわからない。だが混乱しているソフィーの横で、トールヴァルドの長耳が飛び跳ねた。
「なんだっていいさ。女神様ありがとうございます!」
トールヴァルドは、はしゃぐようにフィーナたちの元へ駆け出していく。
「フィーナ!」
「リッキー、無事だったのか!」
カリーナとフレアも二人の元へ駆け寄る。そのあとを父親たちが続いた。
「わたくしたちはいったい?」
家族に囲まれたフィーナは額に手をやり、辺りを見回している。
「フィーナ。あなたが無事で本当によかったわ」
「リキャルド、フィーナを守ってくれてありがとう」
「え? あ、いや、フィーナのことを守るのは当然ですから」
リキャルドはイーヴァルから声をかけられ翠色の瞳を丸くした。しかしすぐに姿勢を正し、イーヴァルと向き合った。そんなリキャルドの肩を彼の父親が優しく掴む。
「リッキー、よく生きていた」
「ヨセフィーナ、あなたが無事でよかった」
「え? あ、ありがとうございます」
フィーナがフレアから微笑まれ困惑した様子で頷く。そんな彼女の手をトールヴァルドが握り締めた。
「フィーナ、おめでとう! お父様たちが許してくださったぞ!」
フィーナとリキャルドがトールヴァルドの言葉に歓喜する。周りでは彼らの無事を喜び合う両親たちがいた。先ほどまでいがみ合っていたとは思えないほどだ。ソフィーは安堵した。しかし彼らに交じって祝うことはできなかった。
「フィン、何をしたの?」
ソフィーは真相を知っているであろう侍従を見た。
「なんのことでしょう」
「誤魔化さないで! あれは何? さっきまでしていた甘い香りが原因なの?」
ソフィーは眉間に皺を作り、フィンを問い詰めた。フィンがニコリと微笑み、恭しく頭を下げる。
「さすがはお嬢様。ご明察の通りです。皆様には魔法で少々幻を見ていただきました」
「少々の幻? 全然少しじゃなかったわよ!」
ソフィー言い切り、はたと動きをとめた。そしてフィンへ詰め寄る。
「ちょっと待って、魔法? あなた魔法使えたの?」
ソフィーは初めて知る事実に頓狂な声をあげた。その声がフィーナたちのところまで届いてしまったみたいだ。アルノルドとイーヴァルが近づいてくる。
「今の話は本当か?」
「なんのことでしょう?」
「魔法がどうとか聞こえたが?」
イーヴァルが、とぼけるフィンに鋭い眼差しを送った。
「ああ、私が魔法を使えるとお嬢様がご存知なかったようで驚かせてしまいました」
フィンが、反省しています、と頭を下げる。イーヴァルたちはそんな答えを求めていない。それをフィンもちゃんとわかっているはずだ。それにも関わらず彼は素知らぬ振りを続けていた。案の定、アルノルドから激昂が飛ぶ。
「そんなことが聞きたいわけではない。先ほどの件はお前の仕業なのか?」
「仮にそうだとして、何か問題でも?」
一瞬にしてフィンの表情が冷たいものへと変わった。先ほどまでの笑みとあまりに落差が激しい。ソフィーは息を呑んだ。
「あたり前だろう!」
「あたり前? それはつまり、先ほど宣言されたお言葉を覆すおつもりがあるということですか? 誉れ高い、ユグドラシルを、任された、一族の、あなた方が?」
「「それは」」
「できませんよねぇ。女神様にまで誓われたのですから」
イーヴァルたちの声に被せる形でフィンが嫌味を言った。ユグドラシルの世話役としての誇りを持つ彼らには覿面に効果があったみたいだ。
「ぐっ」
「貴様、本当に人族か?」
フィンに追い打ちをかけられ、イーヴァルが押し黙る。その隣で、アルノルドが呻くようにこぼした。その言葉にソフィーはまばたきを繰り返す。
(どういう意味? フィンはどこから見たって人族でしょう?)
ソフィーはフィンの全身をじっと観察した。
(耳だって白妖精族のように長くはないし、身長だって黒妖精族みたいな膝丈サイズでもなければ、巨人族みたいな家に入りきらないほどの大きさでもないわ)
ソフィーにはフィンが人族の男にしか見えないが、彼らには別の種族に見えるのだろうか。ソフィーが首をひねっていると、隣でフィンが鼻を鳴らした。




