02
「白妖精族の方々はどうやら目が曇っていらっしゃるようですね」
ソフィーは侍従のきつい物言いに目を瞠った。これでは落ち着き始めた場がまた荒れてしまう。案の定、フレアの鋭い声が木霊する。
「人族の侍従の分際で無礼じゃなくて?」
「人族の侍従でも、そちらのご子息とご令嬢が想い合っていると、一目見たときからわかりましたよ」
フィンは、威嚇するフレアに怯えた様子もなく言葉を重ねた。だが、それが余計に彼らの琴線を触れてしまったらしい。男親たちの表情が変わった。
「貴様には関係のないことだ!」
「我が家とメリーン家の問題に口を挟まないでもらおう」
怖いもの知らずのフィンでも彼らの激昂にはこたえたのだろうか。あれほど堂々としていた侍従が、しゅん、と肩を落とした。
「そうですね。人族の侍従が出過ぎた真似をしてしまい申しわけありません。ですが、出過ぎたついでに一言だけ申しあげてよいでしょうか?」
「なんだ?」
イーヴァルが訝しげな眼差しをフィンへ向けた。その声に、フィンの口角がにやりとあがる。
「早くあちらを消火しなくてよろしいのでしょうか?」
フィンが勢いよく腕を伸ばした。ふいにパチパチと爆ぜる音が聞こえてくる。ソフィーが音のした方へ視線を向けると、ユグドラシルに灰色の煙がもうもうと立ち込めていた。それだけでない。ギザギザの葉が風に揺られ、隙間から炎が見え隠れしていた。
(嘘でしょう)
「いつの間に」
フィーナが呆然と呟いた。その声を皮切りに、大人たちが動き出す。
「急いで応援の要請を」
カリーナの指示で鳥の形をした魔道具が飛び去っていった。フレアとイーヴァルがどこからともなく水を出し、火を消し始める。その周りを円盤の形をした魔道具が飛び回る。魔道具の上には緑色の小人たちが手のひらから枝へ放水していた。
「お前たちは避難しなさい!」
いの一番でユグドラシルへ向かっていたアルノルドが戻ってきた。
「嫌だよ。俺たちにも何か手伝わせてくれ」
「水属性が使えないお前たちがいても足手になるだけだ」
リキャルドの願いは間髪入れずにつき返された。押し黙るリキャルドの隣からフィーナが口を出す。
「水が出せなくてもできることはあるはずです!」
水魔法と魔道具を駆使し消火活動を続けている大人たちを見ているのだろうか。意気込むフィーナの視線がユグドラシルへと移った。
「なぜ私の代でこんなことに……ユグドラシルが枯れるようなことになってしまったらどうお詫びをすれば」
「女神様が怒ってらっしゃるんだわ。あなたたちが仲を認めろ、だなんて言うから」
嘆く夫の声を聞き、カリーナが癇癪を起こした子どものような八つあたりをぶつけてきた。フィーナとリキャルドの表情がかげる。ソフィーは、真実かどうかもわからない持論を言うカリーナに腹を立てた。
「お二人の仲を認めないあなたたちに対して女神様が怒っていらっしゃるのではないですか?」
「人族に何がわかるというの? 偉そうに入ってこないで!」
フレアが威嚇するように長耳を立たせ参戦してきた。だが、ソフィーはひるまず反論する。
「ではなぜ火が燃え続けているのですか?」
「それは……」
フレアとカリーナの瞳が泳ぐ。何か反論しようと逡巡しているのだろうか。ソフィーが黙り込む大人たちに構えていると、フィーナが思いつめた表情を向けてきた。
「わかりました! わたくしがリッキーを諦めたら火が消えるのですね。でしたらわたくしは」
「フィーナ何を言い出すんだ。俺はそんなバカげたことはしないからな」
リキャルドが即座に否定を口にした。だが、フィーナは弱々しく首を左右に振る。
「でも、この火がわたくしたちのせいだったら」
(フィーナ様とリキャルド様が別れるなんて駄目よ!)
沈痛な面持ちのフィーナたちとは裏腹に、瞳を輝かせ始めたカリーナたちを見てソフィーは危機感を覚えた。
(何か策は……そうだ、フィン!)
ソフィーはフィンを見た。自分で考えてもわからないときは、侍従に訊けばよい。彼ならなんとかしてくれる。しかしフィンに声をかける前に、切羽詰ったような叫び声が飛んでくる。
「おい! そこから離れろ! 上から枝が落ちてくるぞ!」
アルノルドの声に、ソフィーは気づけばフィンの腕の中にいた。何がなんだからわからない状況に目を白黒させつつ、辺りを窺う。トールヴァルドの蒼ざめた顔が目に入った。
「フィーナ!」
「リッキー!」
カリーナとフレアが見つめる先には、フィーナと向き合うリキャルドの姿があった。彼らは先ほどまで自分たちがいた場所から動いていなかった。
枝の裂ける音が少しずつ大きくなっていく。葉や枝が絡み合っているおかげでなんとか落下までには至っていないが、いつ落ちてきてもいい状況だ。一刻の猶予もない。ソフィーは叫んだ。
「フィーナ様、早く!」
「ソフィー様いいのです。わたくしが罰を受ければ火が消えるのですから。リッキー、罰はわたくしだけが受ければいいの。だから離して」
「フィーナを好きになったことが悪いことだっていうなら、俺だって罰を受ける権利があるはずだ」
「リッキー」
「フィーナ」
二人は、何があっても離れないと言わんばかりに互いを抱きしめ合う。リキャルドがフィーナの頭を抱え込んだ、そのとき。轟音とともに太い枝が彼らの頭上に落ちてきた。




