06
「お父様たちのお怒りもわかりますが、こんな往来で話すべきことではないのではありませんか? ことは両家に関わることです。場所を移して話し合いませんか?」
「何を偉そうに! だいたいヴァルド! お前は何をしていたんだ! 妹の一人すらちゃんと見ることができないのか!」
フィーナたちの父親が怒りの矛先を息子であるトールヴァルドへと変えた。トールヴァルドは、沈痛な面持ちで受けとめる。
「申しわけありません。ですが、二人の想いは本物です。それは幼い頃から見てきたぼくが証明します」
「あなたの話なんて聞いていません!」
毅然と断言したトールヴァルドの言葉を、カリーナがぴしゃりと切って捨てた。
「お父様もお母様もお兄様を責めるなんてひどいわ。悪いのはリッキーのことを好きになってしまったわたくしでしょう」
(フィンはまだかしら?)
言い返すフィーナの声を聞きつつ、ソフィーは暴漢に扮して登場するはずの侍従を捜した。だが、やはり見つからない。ただ変装するだけなのに、そんなに手間がかかるのだろうか。
それでも今は待つしかない。自分ができることは、彼がいつきてもいいようにすることだ。そのためにはフィーナたち親子の話し合いを長く保たせる必要がある。
(でも、わたくしの存在ってフィーナ様たちのご両親は気づいていらっしゃるのかしら?)
いや、逆に知られていない方が好都合かもしれない。もしものときは、自分がここにいる説明や自己紹介をして時間を稼ぐことにしよう。ソフィーは方針を新たに、彼らの会話に耳を傾けた。
「イーヴァルごめんなさい。ユグドラシルを育てる属性を持たなかった我が子たちを放置してしまった責任は母親であるわたくしにあります」
「そんなことはない」
カリーナが夫、イーヴァルに縋りつくように謝罪した。彼女の肩をイーヴァルが優しく抱きしめる。それだけを見れば美しい絵画のような二人だった。だが、話の内容がひどすぎる。トールヴァルドが何を研究しているかはわからないが、彼は素晴らしい人だ。妹のことをとても心配しているし、自分にも優しくしてくれた。フィーナにしたってそうだ。彼女の占いができるという才能を彼らは蔑ろにしている。
(ここはわたくしが)
ソフィーは子どもたちの才能を見ようとしていないイーヴァルたちに腹を立てた。しかし文句を言う前に、アルノルドが割り込んでくる。
「すべての責任は子どもたちをきちんと管理していなかったシェルマン家にある! イーヴァル、この責任をどう取るつもりだ」
「何を身勝手なことを。フィーナは女の子なのだぞ。男のリキャルドが悪いに決まっている!」
「ご自分も不始末を棚にあげて! 身勝手はそちらですわ」
「そのお言葉はそのままお返しするわ」
夫たちの取っ組み合いでもしそうなほどの口論の中に妻たちも加わった。
(フィーナ様とリキャルド様そっちのけ白熱しすぎじゃない?)
いくら仲が悪いとはいえ、これが大人のすることだろうか。ソフィーは呆れた。
「父さんも母さんもシェルマンさんたちに文句を言うのをやめろよ。俺がフィーナを好きになったのは俺の責任だろう」
リキャルドの正論に大人たちの声がやむ。
(これで少しは冷静に話し合ってくれればいいのだけど)
ソフィーは淡い期待を胸に抱いた。しかしリキャルドの気持ちは彼らには届かなかったらしい。
「リッキー、お前にはもっとふさわしい娘がいる」
「フィーナ以上の子はいないよ。父さん、お願いだ。俺たちのことを認めてよ」
リキャルドは間髪入れずに言い返し、頭を下げた。そのあとをフィーナが続く。
「お父様、わたくしとリッキーのことを許してください。お願いします」
「認めるわけがないだろう」
「許すわけがないだろう」
子どもたちの懇願を親たちは容赦なく切り伏せた。顔を真っ赤にして怒鳴る大人たちの姿にソフィーは焦る。
(もうフィンったらどうしちゃったのよ。このままじゃ話が終わっちゃう!)
激昂している彼らの前に自分が出張ったとしてもけんもほろろに流されてしまうだろう。
(わたくしが出ていくしか……)
あれほど自信があった計画は、フィンがいないだけでもろくも崩れ始める。それでもソフィーは諦められずにフィンを捜した。
(フィンお願い、早くきて!)
視界の端にユグドラシルが入る。その太い幹の前で、ユラユラと白いものが立ち上っていた。
「湯気?」
囁いたつもりだったがフィーナには聞こえたらしい。だが彼女以外はまだ気づいていないようだ。睨み合いが続いている。フィーナが声を震わせカリーナの腕を揺らした。
「お母様」
「なんですか、何を言われても許すことはできませんよ」
「そうだぞ」
「お父様、違うんです」
相槌を打つイーヴァルにフィーナが首を振りながら指を差す。しかし怒り心頭の彼らはフィーナが示した方へ顔を向けない。それどころかなおも話を続けようとする。
「違う? それはリキャルド・メリーンのことを諦めるということか?」
イーヴァルが訝しげな表情をフィーナへ向けた。だがフィーナが口を開く前に、リキャルドの声が木霊した。
「ユグドラシルから煙が!」
「「何っ!」」
(あれ煙なの?)
ソフィーはリキャルドの見解に内心で首をかしげた。彼の言葉は大人たちの視線を動かすには充分だったようだ。
一本の線のように空へとあがっていく煙を目にしたとたん、大人たちは何も言わずに走り出した。そして、それぞれが乗ってきたらしい魔道馬車へ乗り込むと勢いよく飛び出していく。ソフィーがあっという間の出来事に面を食らっていると、リキャルドが声をあげる。
「俺たちいこう!」
「ぼくが乗ってきた魔道馬車でいこう!」
言うや、トールヴァルドが先頭で走り出した。そのあとをソフィーたちも続く。
「どうなっているんですか?」
ソフィーが走りながら訊ねると、トールヴァルドの困惑気味に眉を下げる。
「わかりません」
「こんなこと今までなかったのに……」
突然のことでリキャルドも戸惑っているのだろう。そのあとは誰も口を開くことなく、魔道場所へと向かった。
(フィンもまだこないし、何が起きているのよ)
ソフィーは姿を見せない侍従を心配する。それでも遅れは取るまいと必死にトールヴァルドたちのあとを追いかけた。




