07
「どなたかいらっしゃるのですか?」
恐る恐るという態で女性が入ってきた。つい先刻見たばかりの顔に、ソフィーは目を瞠る。
「フィーナ様?」
「まあソフィー様! 先ほどはありがとうございました」
フィーナも驚いているようだった。彼女の長い耳がピンッと縦に伸びる。ソフィーは白妖精族特有の感情表現に頬を緩めた。
「いえ、わたくしは何もしていませんわ。それより、あなたがここにいらっしゃるということは、フィーナ様も闇の塔なのですか?」
「はい。わたくしの研究は占いですから」
フィーナが照れくさそうに顔を赤く染める。ソフィーは彼女の返答にまばたきを繰り返した。
「占い?」
「はい。よろしければお近づきのしるしに占いなんていかがですか?」
「え? よろしいんですか?」
そんな簡単にできるものなのだろうか。判断がつかず、返事に窮しているとフィーナが即答してくる。
「もちろんです。ところでソフィー様たちはここで何をなさっているのですか?」
きょとんとした表情でフィーナが、自分とフィンへ交互に視線を送った。誰もいない教室に二人だけでいたのだから彼女が不思議に思うのも当然だ。だがソフィーが応える前にフィンが口を開く。
「メリーン様を待っているところです」
「リキャルド様が学園を案内してくださっていたのだけど、オルソン先生に提出するものがあるとかで、ここで待っているのです」
ソフィーは、説明不足のフィンを補う形で言葉を重ねた。
「そ、そうだったのですか……あの、すみませんソフィー様。ちょっと急用を思い出しまして、占いは後日改めるということでいいでしょうか?」
「え、ええ。それは構いませんけど……」
柔らかな笑みを浮かべていたフィーナの顔が急にかげった。落馬したときの怪我の痛みが辛いのだろうか。ソフィーは心配になり眉をひそめる。しかしフィーナはこちらを気遣ってか、嬉しそうに手を叩いた。
「でしたら明日! 明日、我が家へ招待いたしますのでそのときにでも! いかがでしょうか」
「それは別に構いませんが、あの体調がすぐれないようなら無理をなさらないでくださいね。わたくしの留学はすぐに終わるようなものではありませんので」
「はい。大丈夫です。で、では後ほど招待状を寮へ届けますね。失礼しま」
「すまない。遅くなってしまった……、フィーナ」
入口付近にいたフィーナを見てリキャルドの動きがとまった。
「失礼します……」
「待ってくれフィーナ!」
脇を通り抜けようとするフィーナの腕をリキャルドが掴んだ。ソフィーは、しばし見つめ合う二人に口を挟むこともできず、傍観する。先に視線を逸らしたのはフィーナの方だった。
「リッキー……ごめんさない」
彼女は謝罪を口にするや、リキャルドの手を振り払い逃げるように教室を出ていった。
(痛みが限界だったのかしら?)
リキャルドはフィーナが去っていった場所から動こうとしない。
(変な空気になってしまったわね)
ソフィーは場の雰囲気を払拭するため、声を張る。
「リキャルド様は、フィーナ様とお知り合いなんですか?」
「あ、ああ。彼女もこの教室だからな」
扉の前で立ち尽くしていたリキャルドが室内に入ってきた。
「それよりダール嬢はなぜフィーナを?」
ただの同級生だと言いたいのかもしれないが、リキャルドの態度からはそうは思えなかった。明らかに彼は何かを誤魔化している。
(もしかしてリキャルド様はフィーナ様のことが好きなのかしら?)
だがフィーナにはその気はない。むしろ避けられている。しかしそれでも諦めきれずといったところなのだろうか。
(でもそんなふうには見えなかったのよね)
恋をしている人間は恋慕の熱が瞳に強く映る。だが、リキャルドの瞳には苛立ちと悲痛が入り混じっていたように見えた。
(もう少し親しくなったら話してもらえるかしら?)
ソフィーはリキャルドの態度に気づかない振りをし、質問に応えた。
「ここへくる前に偶然会ったんです」
「そんな偶然もあるんだな……。ああ! 早く案内を終えないと夕食の時間になってしまうな。それじゃあ別の場所を案内しよう」
「よろしくお願いします」
この話題はもうおしまいだ。言外にそう語られ、ソフィーは素直に従った。廊下へ出ると、窓から橙色に染まるユグドラシルが見える。つねに常春な気候を維持しているホーン国でも日が暮れるのだな、と感慨深く思いながらソフィーは先を歩くリキャルドのあとを追った。




