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第一章 突然の宣告
「ソフィー。あなた、明日この家を出ていきなさい」
「え?」
黙々とドレスをカバンに詰めていた侍女の手がとまった。
(人って驚くと本当に目が丸くなるのね。わたくしもさっきお母様に同じ顔を見せていたのかしら?)
そう思うとなんだかおかしくて、ソフィーは自然と頬を緩めた。
「お母様ったら開口一番にそんなことをおっしゃったのよ。お茶も飲ませてくれないで部屋から追い出すなんて、ひどいと思わない?」
ソフィーは寝室にある椅子へ座る。白いブラウスの袖をいじりながら、幼い頃より仕えてくれている侍女のカミラに愚痴を漏らした。
「奥さまがですが?」
「そうなの。もうこの国にはあなたの婚約者になれるような方はいないから学園都市国家のホーン国に留学して婚約者を探してこいですって」
幾分投げやり気味に言い放つと、カミラが驚いた様子で息をつく。
「てっきりご旅行にいかれるためのご準備かと思っておりました。そのような理由からだったのですね」
「ほんと、突然すぎるわよね」
ソフィーは同意を得ようと眉を下げ、侍女を見た。しかし彼女からの返答は肯定的なものだった。
「いえ、お嬢さま。それは当然のことかと」
「どうして? お父様もお母様もそんな素振りを今まで見せてこなかったのよ。それが今日になって突然あんなことを言い出すなんて」
「ですがお嬢さまの十六歳のお誕生日まであまり日がありません。奥さまもご心配なのですよ」
カミラの濃い水色の瞳が、諭すように見つめてくる。ソフィーは一瞬言葉を詰まらせた。だが、先ほどされた宣告がまだ胸の中で燻っており、彼女の推論を素直に受け入れることができなかった。
「そうは言うけど、まだ一年も先じゃない」
「『まだ』ではございません。あと一年『しか』猶予が残されておりません」
カミラが硬い表情のまま、間髪入れずに切り返してきた。元々が端整な顔立ちのせいだろう。笑みをなくした彼女に見据えられると、悪いことをしていないのに叱られているような気分になる。
「……そうとも言えるかもしれないわね」
ソフィーはそっと侍女から顔を逸らし、太陽の光が差し込む窓を見た。
春先ならば窓をカーテンで覆い始める頃だが、夏の今はまだ昼間のように明るい。これからどんどん日没が遅くなるだろう。時間の感覚が狂わないようにと、季節に関係なく時知らせの鐘が鳴ればカーテンを閉めることになっているが、今日はまだのようだ。きっと急遽出された母からの指令に、そこまで手が回らなくなってしまったのだろう。そんなことを考えているとカミラが立ちあがり、カーテンを閉めた。そして何事もなかったかのようにホーン国で発明された魔道具の灯りをつけ、戻ってくる。
「お嬢さまには来年のお誕生日までになんとしてでも伴侶を見つけてもらわないとなりませんから」
「来年の誕生日まで、ね……。ねえ、カミラ。来年までに伴侶を見つけられなかったわたくしは本当に死ぬのかしら?」
ソフィーは幼い頃より気になっていた疑問を吐露した。カミラの息を呑む音が聞こえてくる。少しの沈黙のあと、彼女がおずおずと口を開いた。
「……『祝福の儀』によって贈られたお言葉ですから、おそらくは……」
悲しげに俯く侍女を眺めながら、ソフィーはため息まじりの相槌を打つ。
「祝福ね。でもわたくしへ贈られた言葉は祝福というよりはむしろ、呪いじゃないかしら?」
「お嬢さま、滅多なことを言っては……」
グルヴェイグ大陸の最西端に位置するソフィーたちが暮らす人族の国、マルデル王国。
この国では五歳になる年の白夜の季節、つまり夏のこの時期に『祝福の儀』を執り行う。元々は脆弱な人族を不憫に思った女神の眷属である白妖精族が、子どもたちが幸せな未来を歩めるようにと占ったことから『祝福の儀』は始まったらしい。
日の沈まない白夜に、王国に招かれた白妖精族が子どもたちへ占術を施す。その言葉は、将来自分に合っている魔術の属性であったり、未来への指針であったりとさまざまだ。それらはすべて子どもたちの健やかな成長を願うもので。まさに、儀式の名にふさわしい祝福の言葉である。しかし、自分のときだけは違った。
『ダール伯爵が第一子ソフィー。そなたは幸福に満ちた人生を送るだろう。しかし十六歳になるまでに生涯の相手と出会わなくば、その命は儚く燃え尽きてしまうだろう』
幼すぎて最初は何を言われたのかわからなかった。しかし一緒に聞いていた両親の顔色が、先に祝福を受けた親子たちと明らかに違っていた。何かよくないことを言われたのかもしれない。ソフィーは子どもながらにそう感じ取った。何より言葉を贈ってくれた白妖精族の、上へ伸びているはずの長めの耳が垂れていたのだ。悲しげに下がる耳を見て、ソフィーは自分の想像が正しいと確信した。
(でもあのときは本当に驚いたわ。白妖精族が耳で感情を表現するなんて知らなかったもの)
贈られた言葉の善し悪しなど一瞬にして抜け落ちたほどだ。
(あれからよね。わたくしの婚約者探しにお父様たちが奔走し始めたのは……)
「お嬢さま?」
過去を思い出し、ぼんやりとしてしまった。カミラが心配そうに見てくる。ソフィーは彼女を安心させるため微笑んだ。
「ごめんなさい。でも祝福にせよ呪いにせよ、まったく実感がわかないのよね」
「実感ですか?」
首をひねるカミラに、ソフィーは首肯する。
「だってそうでしょう? わたくしがとても病弱で華奢な身体つきだったら『祝福の儀』の言葉を信じていたかもしれないけれど、これまで大きな怪我をしたこともないのよ。それに持病を抱えているわけでもないわ」
「たしかにお嬢さまのお肌は血色がよく、身体つきはしなやかなで程よく筋肉がついていらっしゃいますものね」
しげしげと見つめながら褒めてくる侍女に、ソフィーはいたたまれなくなった。
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