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誰が為に春を恋う  作者: 香山なつみ
第四章 交わる記憶
62/143

5 婚約者 3

本日二話目です。朝更新分が未読の方は一つ前からお願いします。



 少し遅い昼食を食べてからは夕方まで自由時間となった。

 セイジは仕事があるからと食事の席には不在だったが、終盤にひょっこり顔を出してハシバを呼んだ。なんでも神殿が絡むものがあるということで手を借りたいらしく、ハシバは二つ返事で引き受けて食事が終わり次第セイジの元へ向かった。


 ハシバと入れ替わるようにミオが姿を見せたが、セイジの元へ仕事しに行ったようだと伝えると不満そうに唇を尖らせる。


「セイジのところね。もう、着いた日くらい休めばいいのに」


 そうぼやきながらくるりと踵を返して足早に去っていった。


「俺は部屋で一眠りするかな。昨日眠れてねーし」


 あくびを噛みころしながら言ったのはトウマだ。その声を受けて部屋の隅に控えていた使用人の一人が「承知しました」と頭を下げて部屋から出ていく。おそらく離れの部屋を整えに行くのだろう。

 ミカサ邸の使用人は教育が行き届いているのか、一見よそ者に見えるレティスやトウマにも分け隔てなく接してくれる。忌避や蔑みの視線がないだけで随分と呼吸がしやすいような気がした。

 残るはクラキとレティスで、どちらからともなく顔を見合わせた後、共に離れの部屋に戻ることになった。


「ルーフェ、結局昼ご飯食べに来なかったな」

「あ? あぁ、ファーファネル卿か。必要なわけではないのだし、そんなもんじゃないのか?」

「でもノポリでは食べてたから」

「そりゃ素性を明かしてなかったというし、一人だけ食わないのは不自然だろう。でもここじゃそうじゃないってだけで」

「それはそうだけど……」


 ルーフェは魔導師で、食事を必要としないことくらい頭では理解している。それを不思議がる人が誰一人いないことから、ここでは皆に素性が知れているのだということも分かる。

 分かってはいるのだが、なんだかもやもやと気分は晴れない。

 離れへと続く渡り廊下で両手に荷物を抱えた使用人の一人とすれ違う。おそらくルーフェの部屋から出てきたのであろう見知った顔の使用人にレティスは声をかけた。


「あ、リサさん」

「あ……」


 リサと呼ばれた使用人は足を止め、レティスにぺこりと礼を取った。


「すみません、私はエマと申します。リサは私の双子の姉です」

「えっ、別の人?」

「はい。よく似ておりますのでリボンの色を分けております。姉が赤、私が青です。して、何か御用でしょうか?」


 恐縮するエマの胸元のリボンは青で、言われてみれば先程見たリサと異なる気がする。


「間違えてしまってすみません。ええとエマさん、ルーフェは……」

「ルーフェ様でしたらお部屋におられますよ」

「そっか。ありがとうございます」

「いえ、とんでもありません。……あ、そうです、お洗濯するものがありましたらお部屋の入り口の脇へ出しておいていただけますか? あとで引き取りに参りますので」


 レティスとクラキ、両者へ向けて頭を下げ、エマは母屋の方へ去っていった。



***



 エマに言われた通り洗濯するものを仕分けして表に出した後、レティスはルーフェにあてがわれた部屋へ向かった。

 ノックをしようにも襖と呼ばれる扉は薄い紙で出来ているような手触りで、うっかりすると穴が開いてしまいそうだ。迷った末にふちの木で出来ているような部分をそっとノックする。


「はーい」


 扉の向こうからルーフェの声がした。


「ルーフェ、オレ……」

「レティス? どうぞ、入って」


 扉を引くと部屋の中にはシズもいた。

 ルーフェと共にいるのは珍しいなと思っていたら一目散にシズが胸に飛び込んでくる。ほのかにあたたかいシズを抱きかかえてみて、ふと、毛並みがいつも以上にふわふわしていることに気が付いた。


「なんか、ふわふわしてる?」

「あ、そうなの。さっきシズも一緒にお風呂入ったから」


 ちゃんと許可も取ったからと付け足して、ルーフェはレティスの腕の中にいるシズを撫でようと腕を伸ばす。その手が触れようかという瞬間、シズはレティスの肩の上へ身を翻すように跳躍する。相変わらずの塩対応っぷりにルーフェと顔を見合わせて笑ってしまった。


「魔獣なのにお風呂入るんだ」

「うん、まぁ。気持ちよさそうに泳いでるというか浮かんでるというか……お風呂は好きみたいでね、お風呂なら一緒に入ってくれるの」

「へぇ。今度一緒に入ろうかな」


 シズが浮かんでいる姿を思い浮かべるだけで愛らしさに頬が緩んだ。レティスが肩の上のシズを撫でるとシズはレティスに頬ずりするように身を寄せてくる。ルーフェはそんなシズをどこか眩しそうに見つめていた。


「そうそう。部屋のこと、ありがとね」


 助かっちゃったとふうと息をつくルーフェ。


「けど、ハシバと一緒で大丈夫そう? もしぞんざいにされたり嫌な目にあったりしたらすぐに教えて。部屋代わるから」

「や、大丈夫だよ。まだちょっと気まずいけど、さっきも少し話せたし」

「そうなの?」

「うん。ミオさんについて教えてもらった」


 サヤの再来と呼ばれ期待が寄せられる魔法使いであり、一方的に婚約者扱いされているとハシバが教えてくれたことを告げるとルーフェはううんとうなった。


「ミオちゃんか……優秀な子ではあるけど、無理だと思うなぁ……」

「あ、ルーフェもやっぱりそう思う? 結婚の話」

「あぁいや、そっちじゃなくてね。んー……結婚自体はね、私は悪い話じゃないと思うの。生涯巫子として生きるならともかく、結婚相手としてならミオちゃん以上はいないんじゃないかな。ハシバの境遇を知った上で好いてくれて、風評をものともしない実家があって、おまけに見た目もお似合いだし、年の頃合いだっていい」

「……えぇ……」


 思いもよらない意見にレティスは耳を疑ってしまった。

 ハシバの境遇――『白』の家の生き残りであるという現実がいかに生きづらいものであるかは身をもって理解している。シラハの名を出すだけで忌避される現状を打開するのは厳しいだろうことも。

 見た目の釣り合いとしても長身のハシバに同じく長身のミオが並んだ様はバランスが取れてはいる。


 言われてみればその通りではあるのだが、他でもないルーフェの口から結婚を容認するような発言が出たことがにわかには信じがたかった。


「……ハシバさん、相当嫌がってたけど」

「みたいね。まぁ気持ちなんて変わるものだし、あの感じだとちゃんと話したこともないんじゃない? ミオちゃんはハシバの外面ばっか見て内面を見ているか怪しいし、ハシバは向き合おうとすらしてない風に見えるし。お互いがお互いを色眼鏡で見てたら分かりあえるわけないと思わない?」

「……それは、そうかも……いやでも……」


 戸惑うレティスにルーフェは人差し指を口元に当て、困ったように笑った。


「なんてね。今の話、ハシバには内緒ね」

「……な、ルーフェは構わないのか? ハシバさんがミオさんと結婚しても」

「…………」


 レティスの問いかけにルーフェの瞳が一瞬揺らぐ。

 驚きなのか戸惑いなのか焦りなのか、色々ないまぜたような不穏な光は数度のまばたきの後には消えてしまっていた。


「私に口を挟む権利はないから。限られた人生だもの、悔いのないように生きてほしいなって思う」


 落ち着きはらった声色で、ルーフェはどこか寂しげに微笑む。その姿に悠久の時を生きる魔導師たる片鱗を感じてしまい、レティスは返す言葉を失ってしまった。


「とはいえ、束縛するような形になってるのは本当に申し訳ないと思ってる。でもそれももうすぐ終わるから」

「……え、終わり?」

「そう。言ったでしょ? レティスが探してた人かもしれないって。そうだったらもう旅は終わりだし、そうでなくとも今年中には帰らないとね」

「えっ……」


 まさに青天の霹靂、だった。

 ルーフェの言う帰る先とはノルテイスラの大神殿ではなく、バジェステのことだろう。

 風の魔導師であるルーフェが水精霊の恩恵を受けるノルテイスラにいること自体が異例中の異例だ。それは分かっている。

 魔導師が不在であるが故にノルテイスラは苦境に立たされているのだから、ルーフェがバジェステから遠く離れた地にいることに問題があってもおかしくない。それも分かる。


 ……分かってはいたはずなのに実感が伴わないというのが偽らざる本音で、さあと血の気が引く音が聞こえたような気がした。


「やだ、そんな顔しないで。ね、ハシバもいるわけだし、行くあてがないなんてことはないから」

「……や、大丈夫。分かってるから」


 不安げに顔をのぞきこんでくるルーフェに精一杯の笑顔を返す。


「ほら。そうやって無理に笑うのはよくない」

「え……」

「嫌なら嫌だって言ってよ。レティスがどうしたいのか教えて? 力になるから」


 ルーフェの白い手がレティスの褐色の手に重なる。以前の氷のような冷たさはかげりもない、ほのあたたかい手にこわばった気持ちがほぐれていく。


「巻き込んじゃった以上、途中で放り出したりなんてしないわ。そうね、いざとなったらバジェステに来たっていい。……なんて、これじゃセイジのこと言えないか」


 おどけるように笑うもののルーフェの言葉自体に嘘は感じられなくて、レティスはぎゅっとルーフェの手を握り返した。


「バジェステ、か……うん。それもいいかもしれない。行ったことないし」


 バジェステに行けば、テレサリスト国内で行けるところは全てまわったことになる。

 ノルテイスラの現状を思うとレティスが働き口を見つけるのは厳しそうで、それならば諸外国との交易の拠点でありよそ者にも寛容だというバジェステへ行くのもいいかもしれない。


「……でもオレ、もう少しハシバさんと話してみたいんだ。母さんのこととか、色々聞いてみたい。それからどうするか考えるよ」


 母が語る甥っ子――レティスからすれば従兄に会いたい一心でノルテイスラに来たものの、本当に会えるかは分からず、雲を掴むようなことだと思っていた。いまだに夢じゃないかと思っているくらいで、いざ目の前にするとあれほどあった話したいことが全部吹き飛んでしまった。


「そっか……うん、ハシバにとってもレティスは救いになると思う。あ、でもあんまり逃げ回られるようだったら言ってね。首根っこを押さえといてあげる」


 おだやかでない言葉とともにルーフェは胸を張る。

 なんだかんだ言いつつハシバはルーフェに甘い。閉口しながらも満更でもないようにルーフェと接するハシバがぱっと思い浮かんでしまってレティスは破顔した。


「はは、それは心強いや」


 肩が揺れるとシズが転がり落ちてきた。繋いだままだった手を離し、胸に抱いて頭を撫でるとごろごろと喉が鳴る音がする。


「うん。せっかく同じ部屋になれたんだし、時間はあるから色々話してみるよ」


 先日トウマから聞いた昔話の真偽も気になるところで、ハシバの目から見たイズミの姿も知りたかった。


 やりたいことが決まると憑き物が落ちるようで、よしと意気込んだレティスにルーフェが「あのね」と話を切り出した。


「レティスにお願いがあるんだけど……」

「お願い?」


 首を傾げるレティス。


「うん。シズをね、夕食の時に連れていって欲しいの」

「そんなの全然構わないけど、そう言うってことはルーフェは行かないのか?」

「うん。食べなくて大丈夫だし……それに、ミオちゃんがいるだろうし。私は目の敵にされてるから、食事中に突っ掛かられたりしたら美味しいものも台無しでしょ? それならいない方がいいわ」

「いない方がいいなんてことないよ」


 否定の言葉は思いのほか強い声音になってしまった。


「そう? ふふ、気遣ってくれてるの? ありがと。でもごめん、さっきのエマって子にご飯はいらないって伝えちゃったから行かないわ」


 ルーフェは眉をハの字に下げてレティスににじり寄る。


「でね、シズを連れて確かめて欲しいことがあるの」

「確かめたいこと?」

「うん。あのね、――」




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