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誰が為に春を恋う  作者: 香山なつみ
第四章 交わる記憶

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6 一悶着

 夕食が用意できましたと応接室へ呼ばれたのはレティスとハシバの二人だけだった。

 トウマとクラキはイチヤのお嬢様と同席するのは荷が重いと別室で食事を取るという。ハシバはその手があったかというような顔をしていたが、おそらくミオはハシバの後を追うので逃げたところで意味ないんじゃないかなとレティスは思った。


 部屋の中央に置かれた背の低いテーブルにはすでに何品か料理が置かれていた。

 美しい器に盛り付けられた多彩な料理の数々。まず目を引いたのは小鉢に盛られた色鮮やかな野菜の和え物だった。スーティラではお目にかかれないものが多くて味の想像はつかなかったが、鮒ずしの時のようなにおいはしないので大丈夫だろう。

 光沢のある器に盛られた魚の切り身はノポリの村で教えてもらった刺し身と呼ぶもので、それらが織り成す赤や白といった色合いが見るからに美味しそうで食欲を刺激される。


「久々に帰ってきたってことでうちの者が腕によりをかけて作ったらしい。まだまだ他にもあるからな」


 料理に目を奪われていたのがばればれだったのか、セイジにぽんと肩を叩かれる。


「席は……まぁ、お前ら並べばいいだろ」

「あ、はい」

「……」

「ミツル、不満そうだがレティスが隣じゃないとなるとお嬢が隣に座ると思うが?」


 それはそうなるだろうなとレティスも思った。


「……仰る通りでいいです」


 渋々頷いたハシバと共に一足先に床に置かれたクッションに腰を下ろした。


「もうじきお嬢も来るだろ。……と、来たんじゃないか」


 トントントンと軽い足音が近づいてくる。

 控えていた使用人が襖を開けると満面の笑みを浮かべたミオが室内に入ってきた。


「ミツルくん、お待たせっ! ……って、なんであの女の侍従がここにいるの?」


 ミオはにこやかにミツルに声をかけたかと思いきや、その隣にいるレティスを視界におさめて表情を一変させた。

 仁王立ちするミオをセイジがたしなめる。


「お嬢、レティスはファーファネル卿の従者じゃないな」

「ふうん、じゃ情婦ってこと? ミツルくんだけじゃ飽き足らずよそ者まで侍らせてまぁお盛んなことで。いずれにしたってよそ者なんかと同席する謂れはなくてよ」

「…………」


 ここまで直球の侮蔑となるといっそ清々しい。

 愛妾かと混じりけなしに問うてきたセイジの時とまるで違う、小馬鹿にしきった口振りにレティスは驚きを通り越して感心してしまった。


 沈黙が落ちたのは数瞬のこと。

 言葉を失ったレティスに変わって口を開いたのはハシバだった。


「イチヤ嬢、失礼がすぎます。訂正してください」

「? ミツルくん?」

「ルーフェ殿はもちろん、レティスも貴女に軽んじられる謂れはない」

「えっ……やだミツルくん、どうしちゃったの? よそ者の肩なんて持たなくてもいいのよ?」

「――言葉を選べ、ミオ」


 口を挟むセイジの声色は鋭く、威圧感すらあった。


「卿もレティスも俺の客人だ。礼儀として最低限の敬意は払え。上に立つ者としての自覚があるならなおさらだ」

「……っ! もう、セイジまで何なの」


 さぁとミオが気色ばむ。


「かしこまる必要なんてないでしょう。当の本人が『好きに呼べばいいし敬いたくないならそれでいい』って言ってたのよ?」

「あのな、そんな言葉を額面通りに受け取ってどうする。卿の厚意の上に胡座をかいて、そんなんじゃイチヤの名が泣くぞ」

「それこそセイジに言われたくないわね。あのカズマに顎で使われて悔しいと思わないの? 尻拭いをしてるってことも知ってるんだから」


 ミオは冷ややかにセイジを睨めつけ、対するセイジはふうとため息をついた。


「あえて負けてやるのがいい時もあるってことだ。……というか、言葉を選べと言っただろ。ミツルやレティスがいる前で話すことじゃない」


 セイジの口調はミオをたしなめるようでいて、自嘲する響きも混じっている風にも感じ取れる。


「とにかく、さっきの貶めるような発言は容認できん。例え卿やレティスがよしとしてもだ」

「……っ。なによ、もう」

「ここで素直に非礼を侘びた方が、愛しの君への印象が良くなると思うがな」


 くいと顎で示す方へ視線をやると凍てつくほど冷たい表情でミオを見つめるハシバがいた。

 何度か敵意を向けられたことはあれどここまで蔑むような目は初めて見る。ハシバの怒りの片鱗を垣間見て肝が冷えたのはミオも同じようで、震えた声でハシバの名を呼んだ。


「ミツルくん……」

「…………」


 ふいとハシバは視線をそらす。顔すらも見たくない――そんな風に受け取ったのかミオの肩が小刻みに震えだす。

 それを見てもハシバもセイジも何も言わない。部屋の隅に佇む使用人も同様にただ黙ってミオの動向を見守っていた。


 チッチッと壁に掛けられた魔道具時計が時を刻む音がやけに耳に響く。もうじき長い針がてっぺんに届きそうだ。


「…………あの、オレは気にしてないんで。謝ってもらわなくても大丈夫、です」


 悲嘆にくれるミオに助け舟を出したのはレティスだった。

 いささか外れたタイミングなのは重々承知で、レティスはすっと立ち上がり、まっすぐにミオを見据える。


「レティスと言います。はじめまして、ミオさん」


 並ぶと目線はわずかにミオの方が高い。瞳に涙の膜が薄く張られたミオは虚をつかれたようにレティスを見返してくる。

 不審とも不満ともとれる表情のミオにレティスは静かに片手を差し出した。


 ――さて、どうでるか。


 そっとミオの様子をうかがうが口ごもったまま動く気配はない。ちらりと顔を覗き見ると眉間にシワが寄っていて、不機嫌さが隠せていなかった。


(……ルーフェの言った通り、か……)


 ふうと息をつき、レティスは差し出した手のひらを上に向ける。


「――水よ」


 レティスの声に呼応するかのように青い光が生まれ、水の球へとみるみるうちに姿を変えていった。

 目を丸くしたミオに向けて、レティスはきっぱりと告げる。


「見ての通り、よそ者ではあるけどノルテイスラには縁があって。……水の巫子だった母さんの縁者を探しに、ここまで来たんだ」


 ぎゅっと手を握りしめると水は宙に溶けていくように消えた。

 らしくない行動だとはレティス自身が一番理解している。

 ミオを挑発するような真似をするレティスをハシバもセイジも固唾を呑んで見守っていた。


「で、こっちがシズっていって……シズ?」


 足元にいるシズを抱え上げ、ミオに近づけようとするもシズはするりとレティスの手から逃げていった。ハシバの肩の上に陣取り、まるでミオなど眼中にないという風に毛繕いを始める。


「……間の子ってこと? それでもよそ者には違いないじゃない」


 吐き捨てるかのようにミオがぽつりと呟いた。


「…………言い過ぎたのは認めてあげる。でもあの女に対して謝るなんて絶対に嫌」

「ミオ」

「嫌ったら嫌なの! セイジのバカ!」


 セイジに罵倒を浴びせてミオはくるりと踵を返し、去り際にハシバに潤んだ瞳を向けた。


「ミツルくん、あたしが目を覚まさせてあげるから。待っててね」


 おだやかでない捨て台詞を残して足音が遠ざかっていく。


「おいこらミオ! ……ったく、あいつは……。あー、悪いなレティス、どうもお嬢は謝ったら負けと感じるらしくて」

「いやそんな、ほんとに気にしてないから」


 ミオに代わって頭を下げるセイジにレティスはぶんぶんと首を横に振った。

 あまりにも見当はずれな誹謗中傷だと傷付くことすらなく、感心すら覚えるのは新しい発見だった。


「そうか? ミツルは……お前にしちゃ珍しいな、お嬢に食ってかかるとは」


 立場上、事なかれ主義になりがちなのにとセイジは物珍しげにハシバを見下ろす。

 ハシバは少々ばつが悪そうな表情を浮かべながらもきっぱりと不服を申し立てた。


「……彼女への非礼は見過ごせません」

「ふむ。まぁ今お前が仕えてる相手だしな」


 セイジは頷きつつも、すっと隻眼を細めて遠くを見るような仕草を見せる。


「…………しっかり絆されてるってわけか」


 口内で呟かれた言葉は十九時を告げる時計の音にかき消され、誰の耳にも入ることはなかった。




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