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誰が為に春を恋う  作者: 香山なつみ
エピローグ

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138/143

1 従兄弟

エピローグは全4話予定です


 ハシバの意識が戻ったことで神殿内の空気は一転する。

 大祭の始まりと息を合わせたかのようなタイミングというこもあり、どんよりとしていた雰囲気が嘘だったかのようにお祭りムード一色となっていた。


 忙しい合間を縫って幾人もの巫子がお見舞いに訪れる。目が覚めたとはいえ本調子とは程遠いハシバは誰に対しても丁寧で、普段の無愛想さは鳴りを潜めていた。

 見たことのない姿に当初は目を白黒させたが、それが処世術であると気付かないレティスではない。


 大祭の中日となる四日目の少し早いお昼時、目の前に並んだ料理を見てようやく一段落つけるとため息をついたハシバに労いの言葉をかけた。


「なんというか、お疲れ様」

「……どうも」

「ご飯の間はゆっくりしたいって言っておいたから、多分誰も来ないはず。のんびりできるよ」

「それは助かります。……はぁ」


 再びため息をついたハシバの顔には疲労の色が濃い。

 長らくの監禁生活は確実にハシバの体力を奪っていた。ぱっと見ただけでも痩せたのが分かり、精悍さが薄れている。常にかけていた眼鏡も外されたこともあり、年相応か少し幼いくらいに見えた。


「……なんですか、じろじろ見て」


 素っ気ないにも程がある言葉だが、おそらくはこちらが素なのだろう。

 取り繕われない分、心を許されているように感じてレティスは自然と頬が緩んだ。


「ううん、その、……ミツルさんが無事で良かったなぁって」

「無事か、は怪しいですけどね」

「巫子でなくたって、ミツルさんはミツルさんだよ」

「……そう言ってくれるのはレティスくらいですよ」


 ハシバが巫子でなくなった話は水面下で広がっていた。シオンが戻らないことも合わせて色々な噂が独り歩きしており、入れ替わり立ち替わり訪れる巫子は皆、興味津々だった。レティスが常に同席していること、マナから「ハシバの進退については後日改めて」というお触れがあったことからどうにかやり過ごすことができている。

 食事の手を止め、レティスは肩をすくめた。


「そんなことないのに。巫子のみんな、なんだかんだ言ってもミツルさんの無事を喜んでる風に見えたけど。マナは神殿に残っていいって言ってたし、ルーフェだってずっとつきっきりで、すごく心配してたよ?」

「……その割には、全然顔を見せてくれませんけど」


 拗ねたような声色が聞こえたのは気のせいではなく、明らかにハシバは肩を落としていた。


「だからそれは、ミツルさんが嘘とか言うから」

「ですから、口に出したつもりはなかったんです」


 目覚めた当初は記憶があやふやなのか、ハシバは自身が巫子でなくなったことに驚いていた。レティスから経緯を聞き、身体にしかと刻まれた巫子の痣を自らの目で確かめ、出た言葉は「……嘘だろ……」というもので。

 それは口にしたつもりがなかったのに声に出していたのか――という困惑からくる言葉だったのだが、時すでに遅し。

 頭を抱えるハシバを見て、ルーフェは言った言葉そのものが嘘だと判断したようだ。能面のような表情となったルーフェが足早に部屋を出てようやく、ハシバは失言をしたと悟った。


「誤解なんです。あれは口から出てしまっていたことに対してであって」

「うん、分かってる。ルーフェにもそう言ったよ。けど……ルーフェって、結構根に持つタイプなんだな」

「それだけ些細なことも気にかけてくれる、思慮深い方だってことです」


 ハシバの肩を持ったつもりだったのに、手のひらを返されてしまった。

 目覚めてからこちら、ハシバはもう気持ちを隠すつもりはないらしい。


「……それならなおさら、余計な一言だったと思うよ」

「……」


 ぐうの音も出ないハシバを前に、レティスは「そうそう」と話題を変えた。


「今日はこのあとルーフェと出掛けるから」

「え」

「ロトスの街を見て回ってくる。護衛としてセイジさんが来てくれるって言うから、甘えることにしたんだ。街に行く前にここに顔を出すって言ってたよ」

「だったら僕も……」

「そうしたらルーフェが来てくれなさそうだから嫌だよ。体力も戻ってないだろうしゆっくり休んでて」

「…………」


 ぐうの音も出ない第二弾。

 ハシバはしばらく恨めしげにレティスを見ていたが、やがて諦めたのか黙々と料理に集中しだした。

 初日は粥や柔らかく煮込んだ魚や根菜といった消化に良い物が中心だった料理も、ハシバの体力が戻るにつれて肉や野菜が増えてきている。あっという間に用意された分を平らげたのを見て、夜からはもう少し増やしても良さそうだ。


「……オレからしたら羨ましいよ。そんなにルーフェに意識してもらえてさ」


 いくらレティスが言葉を尽くしたところで、ハシバの些細な一言でかき消されてしまう。

 羨ましくなると同時に、やるせなくもあった。


「って、そんな顔しなくても何もしないよ。ルーフェのことは好きだけど、憧れみたいなもの……かな。振り向いてほしいわけじゃない」


 ふるふると頭を左右に振れば、強張っていたハシバの表情が少しずつ和らいでいく。


「そもそもオレのことなんて眼中にないだろうし? ……あぁもう、自分で言ってて嫌になるな、これは」

「……彼女は随分とレティスのことを気にかけていると思いますが」

「どこからどう見ても子ども扱いだけどね」

「それでも。……ルーフェの隣に並べるレティスが僕は羨ましいです」


 ぽつりと漏れた言葉がハシバの本音なのだろう。

 巫子だったハシバはどう足掻いても魔導師にはなれない。そして巫子ですらなくなった今、ルーフェの隣にいる理由は失われてしまった。

 そうハシバは嘆くが、立場がすべてだとレティスは思わない。


「隣にいるのに魔導師とか巫子とか、関係ないとオレは思うよ」


 大事なのはどうしたいか、どうありたいのかという意思だ。


「ルーフェだって、いざとなれば立場が危うくなるのを承知でミツルさんを助けるために実力行使に出ようとしてたくらいだしね」

「……まさか、そんな」


 ハシバはぽかんと虚をつかれた顔をしていた。


「ほんとだって。それに、前オレに行くあてがないならバジェステに来ないかって誘ってくれたし、ほんと、ルーフェは人がいいというかなんというか……でも、そんなルーフェがわがまま言うのはミツルさんだけだって気付いてる?」

「……」


 ハシバからの返事はなく、考え込むように片手で口元を覆われてしまったために心当たりがあるかどうかも分からない。

 けれど言いたいことは言えたので、レティスはこの隙に残されていた料理を口に運ぶことにする。

 ごちそうさまの礼をして食器を片付けようと腰を上げたところで、肝心なことを伝えるのを忘れていたことを思い出した。


「そうだ、ミオさんも来るんだった」

「イチヤ嬢が?」

「うん。あ、でも一緒に街を回るわけじゃなくて。ミツルさんに会いたいんだって」

「……えぇ……」


 露骨に顔をしかめたハシバを見て、レティスは小さく息を吐いた。


「ミオさんもミツルさんのために動いてくれてたんだよ。イチヤも反対にまわってくれることになって、晴れてお咎め無しってことになったし。オレはお礼が言いたいのもあって断らなかったんだけど……」


 あの時――ミカサ邸に訪れた際、セイジと同行していたミオは一の家(イチヤ)の名代としての役目も担っていた。ミオはミオで、ハシバを救うために一の家(イチヤ)当主を説得してくれていたのだ。


「それにミオさんがいたら、巫子のみんながお見舞いに来ることはないと思うな。どっちがいい?」


 本気で嫌ならば、ミオの訪問は断ることもできるとレティスは告げる。

 ミオ一人を相手にするか、何人来るか分からない巫子たちをレティスなしで切り抜けるか。


「…………イチヤ嬢にお会いします」


 苦渋の決断として、ハシバが選んだのは前者だった。




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