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10.王家の墓、終しまいの人間、樫田の信仰

この小説にはパロディ、オマージュがあるので、参照元を検索エンジンに入力したURLを脚注としてつけておくことにしました。

例)タイトル https://www.ecosia.org/search?q=The+Catcher+in+the+Rye


たぶんURLを踏むと草が生えます。

検索エンジンについて https://www.ecosia.org/search?q=Ecosia+wiki


全13話構成です。

拙い文章ですがよろしくお願いします。


※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。加えて、このなかで語られた言葉はいかなる真実をもふくみません。

「フフフ、大したもんだな。そのドリームキャッチャーは。」


 一朗たちは地下通路を歩き続けてちょうど、黒い壁の真下に位置する巨大なゲートを前にしていた。そして、ドリームキャッチャーはその生体認証のセキュリティをも難なくすり抜けた。


「竜の門を突破するとは……。」


 ゲートを抜けた一朗たちは書架のようなサーバーが前方左右に、果てなく並び続く、巨大な部屋に入り込んだ。部屋の中に稼働音が響きわたり、巡回するアンドロイドが2、3いるのが見えた。


「ここからどこへ行くんだ?」


 一朗は樫田に尋ねた。


「まあ、そう慌てるな。リヴァイアサンは逃げやしない。」


 そう言って樫田は右手に進む。


「寒いな王家の墓は。あの教祖の部屋よりも寒い。」


 ニルは身震いした。


「この階層はかなり古い、原子歴初頭の人間の数少ない記録や人間以外のコモンセンスから収集された情報が残されていると言われる階層だ。これより深い階層に踏み入れば、また変わる。」


 樫田はそう言いながらサーバーの列に割り当てられた番号を見ながら歩く。


「原始歴初頭の人間の記録の殆どは詳細な情報が破棄されて遺伝情報だけが残されている。あと、もはやほぼ無意味だが他の都市のバックアップデータも……。今日この時間の入り口は978-4-588-……。」


 樫田はそう呟きながらそこからずらりと並ぶサーバーのとある間に入り込んで、一朗とニルも後をついて行った。しばらく、その方向へ歩き続けた。


「099_63-2(※1)!ここだ。」


 樫田は無数にあるサーバーの中の一つの前で立ち止まった。そして、そのスイッチを押すと一瞬赤い光が走ったかと思うと、サーバーが奥に動いて更なる地下へと続く階段が現れた。樫田は軽い金属の音を鳴らしながら地下へと降りて行った。


 一朗たちが階段から覗くと果ての見えない広大な部屋に無数の水槽が並んでいて、生暖かく湿った空気が肺の中に流れこんだ。


「さあ、王家の墓にやってきたぞ。」


 樫田はそう言って階段の一番下まで降りた。近くで水槽を見ると少し白く濁った液体の中にコードでがんじがらめにされた脳が浮かんでい(※2)


「これが墓か。何とも珍妙な。」

「ハハ、そうか?リヴァイアサンはここ100年〜300年の間に生きた人間の脳とメメックスから未来を可視化する。これはそれに使用されている脳さ。」

「これが王家の墓……。義務教育の時、吼師学(※3)から配布された画像データでしか見たことがないが…。」

「お前は吼師学院を出ているのか。」

「ああ、そうだが、それがどうした?」

「いや、フフフ、別に。特に何かあるわけじゃないが。」


 ニルが辺りを嗅ぎ回りながら樫田に尋ねた。


「おい、樫田。これが墓なら、死体の身体はどこに行ってるんだ?」

「ハハハ。さあな。リヴァイアサンの腹の中じゃないか?」

「今はそんなことよりも、早くリヴァイアサンを破壊するぞ。」


 急かす一朗を見て樫田は笑う。


「フフフ、いいのか?」

「何がだ?」

「お前の父親もこの中のどこかにいる。会って行くか?」


 一朗は目の前にある脳を見て、少し考えて言った。


「いや、先にリヴァイアサンを破壊する。」


 樫田はまた笑って、とある水槽を覗き込んだ。


「わかった。さて、リヴァイアサンのマザーコンピュータにたどり着くには……ここは978-4-04-136_604-2(※4)?少し遠いな。隣が978-4-04-136_603-5(※5)……方向はこっちだ。」


 そこから一朗たちは時たま歩いてくるアンドロイドや水槽を運ぶロボットを避けながら生温い部屋を歩き続けた。水槽の中に浮かぶ脳は何も語ることなく、ただただ水が流れる音だけが響き渡っていた。しばらくして、とある水槽に記されたモノスコードを見て樫田が叫んだ。


「これは!」

「どうした?」


 ニルが駆け寄ってきた。


「モノスコード、978-4-622-083_06-1(※6)!この都市に保管されている最古の脳だぞ!とある有名な小説家の脳(※7)!」

「何だ。小説家か。文字には興味がないな。映画監督はいないのか?」


 ニルは辺りを見回し始めた。それを見て一朗は苛立ちまじりに言った。


「おい。早く行くぞ!僕たちは墓参りに来たわけじゃない。」

「ハハハ。分かってるよ。とはいえもうそろそろのはずだ。」


 そう言って再び数歩進んだ時、樫田が2、3個向こうの水槽を指差した。


「あれだ。」


 一朗たちは水槽の目の前に駆け寄った。


「モノスコード978-4-06-158_826-4(※8)。間違いない。」


 そのモノスコードが記されているプレートは蓋になっていて、開けると青いスイッチが現れた。樫田がそれを押すと水槽が奥に動いて階段が現れた。


「さあ、リヴァイアサンの最深部だ。」


 一朗たちはさらなる地下奥深くへと潜って行った。

 階段を降りてその部屋を見たとき、一朗は強い違和感を抱いた。というのも、その円形の部屋はただ周囲を取り巻く真っ白な壁と床に覆われているだけで、内部には何もなかったからだ。しかし、その白い壁をよく見ていると何やらさまざまな形のくぼみが無数に開けられているのがわかった。それらは見たところ、手術台やミシン、パイプやこうもり傘、絶滅した植物、独活のような形をしたもの、腕時計、十字架やウサギのぬいぐるみ、誰かの顔の形など、統一感のない穴ぼこが雑然と散りばめられていた。樫田は壁に沿って歩き始めた。


「何だ?この部屋は?」


 一朗は樫田に尋ねた。


「これがリヴァイアサンの中枢だ。」

「こんなところがか?」


 そう言うとニルは部屋の周囲を嗅ぎ回り始めた。


「ああ。」

「何もないじゃないか!」

「フフフ、そうだな。この国は…この都市は…空虚で何もない空間、無意味という中心が支配する帝(※9)だ。」


 樫田は歩きながら笑う。


「お前…。騙したのか?それとも何を隠している……?」

「いや、何も隠してなどいないさ……。」


 そう言って樫田は壁際のあるところで立ち止まった。そして、一郎に呼びかけた。


「おい!昏、流星のかけらをよこせ。」

「流星のかけらを?」


 一朗は透明のレンズ状の物体、流星のかけらを取り出した。樫田はそれを受け取ると、壁に当て嵌めた。すると、その箇所から部屋の中心の床に向かって青い一筋の光が発せられた。


「これは…?」


 一朗は地面が揺れ始め、床の下で何かが動く音がするのを聞いた。


「何が始ま」


 ニルがそう言おうとしたとき、真っ白だった部屋が赤い光に染まった。そして、耳に刺さるようなブザー音が鳴り始めた。


「無効なキーです!」

「無効?」

「無効なキーです!ガラクーチカを挿入してください!ガラクーチカを挿入してください!」


 喧しい警告が鳴り響き、3人は耳を塞いだ。


「何だ!?樫田!お前は何をした!?」


 一朗がそう言って詰め寄ろうとすると、樫田は膝から崩れ落ちた。一朗は足を止めた。そして樫田が肩を震わせて笑い始めた。


「ハハハハハ!これは話が違う!騙されたのか?いや奴らがこんなことを知っているとは思えない…!」

「何を言っているんだ?」


 ブザー音と警告の声が響く中、樫田は叫んだ。


「ここから脱出するぞ!失敗だ。」


 駆けつけてきたアンドロイドと入れ違いに一朗たちは部屋の外へ出て階段を登り始めた。


「おい。樫田!一体どうなっている?説明しろ!」


 一朗は前を行く樫田の背に語りかけた。樫田は振り返らずに返事をする。


「ハハッ、説明?それは俺の方が聞きたいくらいだ!ガセの情報を掴まされた訳ではないだろうが……奴らも知らなかったのだろう。」


 ニルは樫田の語り口を聞いて問うた。


「樫田、お前はこの流星のかけらを使ってリヴァイアサンを破壊できると言うことを誰から聞いたんだ?」

「それは……民主派組織ズヴィズダーの45代目総裁、Pres.Ciel(※10)だ。」

「なんだって?」


 ニルは顔をしかめて聞き返した。


「プレジデント・シエル。ハンドルネームだ。本名はわからない。民主主義者たちは匿名の集団だからな。」


 脳の水槽が並ぶフロアに戻った一朗たちは階段まで早足で歩く。


「そうか、お前は民主主義者だったな…。」

「フフフ、そう、俺は生粋の民主主義者だ。」

「しかし、これでリヴァイアサンの破壊は出来ないということが判明したな。これからどうするんだ?一朗?」


 水槽に浮かぶ脳を見ながらニルは言った。


「そうとも限らないぞ。喋るbio-A。」

「本当か?」


 一朗が樫田に尋ねた。


「俺に1人、正確なリヴァイアサンの破壊方法を知るであろう人間に心当たりがある。」

「それは誰だ?」


 階段のすぐ手前で樫田は振り返って言った。


「始まりにして永遠のバグ、如月だ。」

「如月……!」


 如月という名前を聞いて一朗は動揺した。それを見てニルが尋ねた。


「おい、一朗、その如月ってのは一体どこのどいつなんだ?」

「如月は民主主義の原理主義者で、今から数百年前に前のバージョンのリヴァイアサン2.0を破壊したテロリストだ……。樫田、お前は如月の居場所を知っているのか?」

「ああ、知ってはいる。バグズアイランドを拠点にしていると聞く。」

「じゃあ、次はその如月ってのにリヴァイアサンの破壊方法を聞きに行くんだな!」

「ああ、破壊するのであれば、そうなる訳だが……。」


 そして、サーバの並ぶ階層にまでたどり着いたとき、樫田は一朗に言った。


「さて、昏、報酬の話をしようか。」

「何を言ってるんだ?リヴァイアサンの破壊には失敗しただろう!」


 樫田は笑いながら話す。


「破壊には失敗したが、流星のかけらはくれてやったし、俺はお前をリヴァイアサンの中枢にまで案内した。契約は履行された。」

「お前……!」

「フフ、まあ特別サービスだ。対価の支払いは待ってやってもいい。一つ提案がある。」

「何だ?」


 一朗は樫田をにらみつけながら話を聞いた。


「そこのbio-Aだ。」


 樫田は肘から先が存在しない手でニルを指した。


「俺!?」


 指差されたニルは素っ頓狂な声を上げた。


「そいつを俺によこすんだ。そうすれば、お前を如月の元へ連れて行ってや。」


 一朗とニルは目を合わせた。そして、一朗は言った。


「それはダメだ!ニルは渡せない。」


 ニルは少し考えて冷静に言った。


「そうだな……一朗、別に構わないぞ、俺は。」

「何を言ってるんだ!?こいつはお前に何をするかわからないぞ!?見せ物にされるか、最悪食われちまう可能性だって」

「何が待ち受けているか分からない!ハハ!上等だ。」


 不敵に笑うニルを見て一朗は悲痛な叫びを上げた。


「ニル!お前まで失えば僕は……」

「大丈夫だ。その別れは死じゃない。生きていれば必ずどこかで会える。俺は食われそうになったらまた逃げ出せるさ。でも、お前の親父を蘇らせることができるかもしれないチャンスはこれ以外にないぞ。」

「確かにそうだとしても……」

「一朗、お前には感謝してもしきれない。あの白い部屋から外へ連れ出してくれた。俺は俺自身の命がどうなったって構わない。なぜなら、お前は俺に自」

「ダメだ!僕は」

「一朗!」


 ひどく冷却された部屋の中でニルは大声で叫んだ。


「お前も……お前も俺の自由を奪うの(※11)?」


 ニルの目を見て少しの間黙り込んで、一朗は半ば投げやりに決断したようだった。


「わかったよ!」


 その様子を笑って見ていた樫田が言った。


「フフフ、話はまとまったようだな。さて、直ぐに如月の元へと言いたいところだが……。」


 そう言いながらサーバーの合間を歩く樫田はこの薄ら寒い部屋の中で汗をかいているようだった。


「その前にお前らを俺のホームの一つに招待しよう。」


 肘から先のない手で汗を拭おうとしながら樫田が言った。


「お前のホーム?」


 一朗は訝しげな表情で樫田を見た。


「ああ。民主主義組織、ズヴィズダーの本部だ。」

「ズヴィズダー……!」


 一朗たちは竜の門を開けて王家の墓から抜け出した。研究所の敷地の外に出ると道路を補修するアンドロイドや、治安維持管理者が駆けつけていた。一朗たちはそのままメトロの方へ歩き出した。


「ズヴィズダーの本拠地は一体どこにあるんだ?」

「如月の潜伏場所に近い。両方ともバグズアイランドにある。」

「となると、まず俺たちが向かうのは火の出駅になる訳だ。」


 ニルがそう言ってとある建物の陰を出た時、周囲の治安維持管理者、アンドロイドの目が一斉に赤く光り一朗たちを見た。


「マズいぞ……!」


 そうつぶやくや否や一朗たちは走り始めた。


「ジェームズ!いたぞ!」


 黒いスーツを着た初老の黒人の男が一朗たちを指差して、隣にいた若い白人の男も同時に走り出した。


「不正入国したのは奴らか!ゴキブリ型で犬を連れていると聞いていた(※12)

「何を言っているんだ?ジェームズ!俺たちが追ってるのは全身がツタででき(※13)……」


 黒服を着た男たちは何か叫びながら一朗たちを追ってくる。ニルが叫んだ。


「こいつらは一朗の家に来た……俺たちが見えているのか!?」


 そう言った時、突然道路が揺れ始めて、一郎たちも黒服の追手も共に転倒した。その瞬間、一朗の頭のすぐ近くの地面に銃弾が飛んできた。一朗はニルと樫田に言った。


「スナイパーだ!隠れろ!射線を切るんだ!」


 一朗たちはすぐに近くにあった建物の陰に隠れて、路地裏に入った。


「おい!ケビン!消えちまったぞ!」

「慌てるなジェームズ。奴は必ず近くに潜んでいる。」


 治安維持管理者たちはその場を離れた。


「ハアハア、ハハハ、運が良かったな。余震がなければ直撃だったぞ。半径500m圏外からの正確な狙撃……こいつは恐らく、下平の仕業だ。」


 息を切らして笑う樫田にニルが尋ねた。


「下平?」

「治安維持管理局が飼っていると言われている神出鬼没のスナイパーだ。白の死神と呼ばれてい(※14)。治安維持管理者の奴らは下平からの観測情報を共有しているようだな…。」


 一朗が建物の陰から顔を出そうとすると、樫田が引き止めた。


「よせ。顔を出すな。お前の頭が吹っ飛ぶぞ。このドリームキャッチャーの500m圏外にあるセンサーの全てが奴の目だ。」

「わかった。でも、どうやって移動する……?」


 一朗と樫田が目を合わせて考えあぐねた時、反対側からニルが走ってきた。


「おい!向こうに変な男がいるぞ!」

「変な男?」


 見ると路地裏の辻から茶色い古ぼけたダンボール箱がモゾモゾと動いて出てきた。


「こいつだよ!」


 ニルがそう言って箱に体当たりすると、中からバンダナを巻いて全身コンプレッションウェアを着た男が現れた。男は赤い眼光を輝かせ、古びた黒い筒のようなものを一朗たちへ向けてその下に錆びた包丁を持って中腰に構え(※15)


「何者だ。お前たち、なぜ俺が見えたんだ?」

「なぜって、そりゃあ、そんなダンボール箱に入っていて見えないってことはないでしょう……。」


 一朗が戸惑いながら言うそばで、樫田は大声を出した。


「何だこの男は?どこから現れた!?赤外線センサーにも反応しなかったぞ!?」


 一朗とニルは目を合わせて首を捻った。


「樫田、お前は何を言っているんだ?」

「今目の前に突然この男が現れたじゃないか……。」


 その様子を見てニルがダンボール箱を蹴飛ばして言った。


「なるほど。どうやらこのダンボール箱がコモンセンスを欺く機能を持つらしいな。」

「俺のステルス迷彩を蹴るんじゃない!この犬が!」

「イヌとは何だ!俺はbio-Aだ!」

「よく吠えるなこいつは……。」


 そう言いながらバンダナを巻いた男が一朗と樫田をジロジロと赤い目で見てハッと何かに気づいたようだった。


「お前たちがこの基地に潜入しているCIAか!」


 そう言って男は中腰で構えるのをやめて近づいてきた。


「今回はお前たちとの協力を要請されている。だが、俺は今すぐに“悪魔の兵器“を破壊しなければならない。」


 男は何か考えるそぶりをして、一朗達を見た。


「そうだな。お前らの格好はスニーキングに向いていない。」


 そして、瞬時にどこからかダンボール箱を三つ取り出した。


「これを使え。」


 差し出されたダンボール箱を一朗が手に取った。


「おい、何を渡したんだ?何をしているんだ?」


 樫田がその様子を見て騒ぎ、一朗は無言でダンボールを手渡した。


「何だこれは!見えないのに何かが当たっている!」

「丁重に扱えよ。このステルス迷彩をいかに使いこなすかが任務の成否を決定すると言っても過言ではないだろう。俺は先を急ぐ。じゃあな。」


 そう言うと男はダンボールをかぶって道路に出て行くと、すれ違いに先の治安維持管理者が2人、男に気づくことなく路地裏に近づいてきた。


「これ、かぶっていくのか?」


 ニルはダンボールを匂いながら尋ねた。


「かぶるに決まっているだろう!こんな優れものは!」


 そう訴える樫田を見て、一朗は言った。


「奴らももう近づいてきている。仕方がない、かぶっていくぞ。」


 そう言うと一朗たちはダンボールをかぶって四つん這いで進み始めた。治安維持管理者が路地裏に入ってきた。


「奴めいったいどこにいった?」


 白人の男が銀色の銃を構える。


「きっとゴミ箱の中にいるぞ。生ゴミは奴の大好物だ。」

「お前はいつまで夢を見ているんだ。俺たちが探しているのは人間にも擬態するツタのような……」


 何やら口論しながら2人は過ぎていった。そして、そのまま一朗たちは路地裏から飛び出した。その時、一朗は狙撃を覚悟したが、建物の陰を出ているのに銃弾は飛んでこず、何事もなく道を進むことができた。


「素晴らしい。」


 一朗の後ろのダンボールから声が聞こえてきた。


「何が素晴らしいんだ?こんな窮屈なもの。」

「何がって、この迷彩はいい商品になりそうだからさ。民主派の連中に高く売れる。」


 一朗は樫田の言葉に違和感を感じたが、その時は何も言わなかった。3つのダンボール箱は並んでリヴァイアサンの都市を練り歩いた。


 そして、ダンボール箱たちはメトロに乗車し、数駅進んだところで中から人が出てきた。人のまばらな車両で外の景色を見ながらニルは樫田に話しかけた。


「これから火の出(※16)へ向かうわけだ。」

「ああ。そうだ。」

「ヘテロフォニーライナ(※17)に乗船するのはいいとして、検問を突破する必要があるが、どうするんだ?」


 樫田は青ざめた顔で左腕を庇いながら言った。


「ドリームキャッチャーを使えば容易に検問もすり抜けられるだろうが、別にその必要はない。ズヴィズダーへの入り口は別に存在する。」

「どこにあるんだ?」

「それは、バグズアイランド海浜公(※18)の隣の朽ち果てた女神、リベルタスの(※19)の中にある…。」


 そう言うと、樫田は何か考え込み始めたようで窓の外を見ながら口を閉ざした。

 一朗たちはメトロを乗り継いで火の出駅に着くとヘテロフォニーライナーの入り口へ急いだ。


「前にいた女がいるな。」


 長い列の出来た受付では赤い服を着た細身の(※20)が対応していた。


「はい!では社会契約を破棄する同意書にサインをしてください。ええ、文字が書けない?並んでいる間に筆記プログラムをインストールしてくださいとお伝えしていたじゃありませんか。バグズアイランドは情報の交換手続きを全て紙の書面でやり取りするんですよ。あなたたち、そのノスタルジーとロマンを求めていくんじゃありませんか?」


 一朗たちは受付のそばを通り抜けて搭乗口から船に乗り込んだ。ほうれん草の缶を持った下顎の大きい船(※21)が乗客を全て乗せると船は動き出した。一朗とニルは甲板で潮風に当たりながら人工の海を眺め、樫田は気分が悪いと言ってベンチに横になっていた。人工太陽が傾き、夕焼けが海に反射する中で、ニルは一朗に話しかけた。


「もうこの都市の壁がすぐそこだな。」

「ああ、バグズアイランドはこの地下都市の果てにあるからな。」


 ニルは迫りくる褐色の壁を見ながら一朗に言った。


「なあ一朗、もしも、俺が樫田から逃げ切ることができたら、次はこの都市の外に出てみないか?」

「この都市の外?聞いているだろう?外は死の灰にまみれているって。」

「いやいや、違うんだ。地下を掘り返していくんだよ。俺たちで新しい街を作るんだ。」


 一朗はニルを見て笑った。


「ハハッ!そんなことできるわけないだろう。」

「この地下に横穴を掘ってやろう!外に出るんだ!この都市を」

「おい!」


 朗らかに笑う2人に水を刺したのは、息も絶え絶えの樫田の声だった。


「ハア、お前ら!面白いものが見れるぞ!」

「何だ。樫田!」


 ニルは不快感を露骨に顔を出しながら叫んだ。


「チャンネル002_9109_752(※22)を見るんだ!」


 一朗とニルは顔を合わせた。


「僕たちは見れない。僕はコモンセンスにバグが出ているし、ニルにはそもそもコモンセンスがない。」

「チッ!わかったよ。俺のこいつを貸してやる。」


 そう言うと樫田は板状の端末を取り出した。


「これは!“超薄平板手写筆記本電脳”じゃないか!よくこんな骨董品を持っていたな。」

「ああ、それはいいから、このチャンネルを見ろ。」

「僕たちの歴史は終わったんだ!」


 端末のスピーカーからノイズまじりの若い男の声が聞こえてきた。


「オセアニアのリヴァイアサンが滅んだ!残るリヴァイアサンはこの都市だけだ…!僕らのアイクラシー、集知主義は崩壊した…。僕はオセアニアから何とか歩いて逃げ出して来れた……。」


 端末を見るとJT01(※23)から伸びるオセアニアへ向かう線路の上、都市の果てのトンネルの前で小綺麗なスーツを着た青年が何かを叫んでいた。


「始まりは南豪州の小規模な採掘事業からだった。Gaianioという小さな調査会社が古代遺跡を掘り当てたんだ!」


 周囲にいた治安維持管理アンドロイドが手に持っていた布で青年を包もうとするが青年はそれを拒んだ。


「その古代遺跡には円筒状の物体が大量に並んでいて、彼らはそれを秘宝か何かと思って取り出した。強固な封がされていたのをこじ開けて、その中身を取り出して、ブレスレットやネックレスにして売り始めた。」


 青年はそのまま歩き続けようとしたが、よろけて倒れこんだ。見ると、鼻と口から血が流れ、その目は赤く光っている。


「数日後には遺跡を掘り当てたメンバーが嘔吐や下痢の体調不良を訴え始めた。でも、誰も気にも止めなかった。リヴァイアサンだって最初は食物アレルギーだと診断していた。」


 横になった青年は何かの発作を起こすように話し続ける。


「しばらくして、遺跡を掘り当てたメンバーは身体中から出血して死に始めた。……彼らが掘り当てたのが、高レベル放射性物質だったと気づいた時には、もう遅かっ(※24)。オセアニアの都市で汚染が広がり、隔離政策が始まったが、汚染されていないエリアは急速に縮小し、清浄な資源はすぐに底をついた。僕らの謳歌してきた自由と平等、集知主義とアイクラシーは物資が尽きたことによって崩壊した。」


 息も絶え絶えになりながら、青年は笑い始めた。


「ハハハハハ!終わりだ!人類の歴史は終わりだ。全ては汚染された。オセアニアで次の社会は生まれようがない!そもそも、地上から追いやられた時点で気付くべきだったんだ。どん詰まりだって!俺たちはこの社会に、いつも何か今までと違うもの、この閉じられた世界の閉塞を打ち破る何か新しいものが生まれると期待してきた。でも、それこそが病だ!俺たちが考えるべきは、この現在に生きているという奇跡、その幸福に感謝しながら、いかにして”この今“というこれ以上ない最高の瞬間を維持して安楽に死ぬか、それを考えるべきだったん(※25)。それが欲を出して都市の外を求めたばかりに」


 青年はまだ何か話し続けようとしたが、その瞬間線路の上で赤い光が発せられたかと思うと、映像がそこで途切れた。一朗は少しの間、端末の黒い画面を見ていた。そして、樫田は笑う。


「フフフ、どうだ?面白かっただろう?俺は今この映像を買い取った。今からこいつを”Share”に流す。良いニュースになりそうだ。」


 一朗は樫田の胸ぐらを掴んで殴りかかろうとした。


「一朗!冷静になれ。映像の青年は目が赤かった。夢を見ている可能性がある。」

「どうかな?ハハ、映像のブレとノイズが大きかったからまだわからない。」

「待て!奴の服装だ。歩いてきたにしては綺麗すぎないか?」


 ニルがそう言うと即座に樫田が反論する。


「どうかな。オセアニア繋がるトンネルには避難経路もきちんと準備はされている。」


 一朗は樫田の目を見て問いかけた。


「お前はこれが真実だと知っているのか?」

「真実?真実かどうかなんて関係ないだろう?例えそれがどんなものであったとしても、この情報が大衆にとってより良いものかどうか、それが交換されるかどうか、それが問題だ。」


 その言葉を聞いて一朗は激怒した。


「クソッ!馬鹿か!お前は!?この都市の存亡がかかっていると言うのに。」


 樫田はやれやれと言ってため息をつき、こともなげに話した。


「これが真実だとしても、この都市には何の影響もない。たかだか1人の被曝者による汚染は知れている。そうだな、王家の墓の最後の他の都市の分散バックアップデータと、元々意味をなさなくなっていた都市国家間利害調整プログラムが無駄になったくらいさ。」

「お前には良心や信念というものがないのか!?」

「良心や信念ね。フフフ、笑えよ。こんな俺にも信仰というものがないわけじゃない。」

「なんだと?」


 一朗が不快感を露わにして樫田を見るが、樫田はそれを意にも介さず話し続けた。


「救い。それは現実からの逃避、そして、それを超えることだ。」 

「夢でも見るっていうのか?」


 ニルがそう尋ねると樫田は愉快そうに笑った。


「ハハッ!逆だ。一切の夢現から解放だ。それは人が手にし得る救いの中でも至高の救い、無に至る懐疑(※26)。……この機械の眼に映るあらゆる芸術の色彩と光も、造られた皮膚で感じる風や義体の温もり、万能食の人工調味料が持つ最高純度の甘みと苦味も、コモンセンスで囁かれる民衆と死者たちの声や、電脳が分泌する脳内麻薬の快楽も、共有された人間から流れ込む偽物の感情と感覚、自分自身で考えるあらゆる思念と感情すらも何もかもを信じない、全ての身体の感覚と自身の心をも懐疑することで到達するあらゆる情報の外部、それを心に持ち続けていること、それだけが俺の救いなのさ。さぁ、大いに笑えよ。アハハハッ。」

「……何故それが救いなんだ?」


「それは全てのものの価値を疑う。故に一切の執着を放棄する。そして、自身の信念を含めた一切の情報を懐疑し、全ての虚像から解放される。故にあらゆる惑いから解放される……。無が人を我に還らせ、逆説的に真実の生、物自(※27)としての生、本当の自由に導くのさ。この状態を何というか知っているか?」

「何だ?」

「文献が残っていないから正確なことは分からないが……。太古の宗教家はその情報の外部をサトリやゼンと呼んだ。」


「サトリ?」

「そうさ。お前にゃ言っても分からんだろう。それは言葉に出来ない。言葉にして伝えるということがそれに反する。それは、実践する他ない。それは、何人の声も届かない暗室の闇であり、そして真の外部の可能性をもたらす純粋に内なる至高の光……。」

「……案外宗教を信じているんだな。」


「フフ、やっぱりお前には分からない。あらゆる教えに反するこの救いを、あらゆる情報、歴史、表象される真実を失うことで到達する自己原因の生を……。」

「…でも…僕がお前を分ってないわけじゃないと思う。」

「へー、ならなんだっていうんだ。」

「……わかっていないのはお前だろう…。そんな救いは何処にもないじゃないか。例えお前が深淵を覗き込み、深淵に魅入られたとしてもその無はただの記号に過ぎないだろ(※28)。無という情報を読み取っているお前はどんな時だって確かに存在する。生きている限り、無は存在しない。」


「ハハハ。そうかもな。或いはこう言えるかもしれない。それはいたるところにある……それはどこにもない……。そして、俺はそのサトリ、ゼンを超越する。その平穏を“乗り越えて”、“今ここ”には決して存在しないその彼方にある“より良い”ものを望む。」


 一朗は樫田が熱に浮かされたように話すのを見て黙り込んだ。


「……。」

「ほら見ろお前には分からない。お前は死を知らないクソガキだ。今を生きる自らの果てるところを知らない……。生ける屍だけがたどり着く救い、自らの死、自らの限界のその先に望む、自らを超える未来への希望、未来の善を。それは復活であり、命だ。それを信じ、生きながら死ぬ者は死んでも生きる……。ハハ、地に落ちて死なずして、如何に多くの実を結ぶというのか(※29)


「お前は……」

「まもなく、バグズアイランドに到着します。」


 一朗が樫田に何か話しかけようとした時、機械的なアナウンスの音が流れた。そして、船が減速し始めた。


「さて、そんなことよりもいよいよバグズアイランドだ。」


 額の汗を拭いながら、樫田は言った。一朗の目は樫田から目前に迫る島に向いた。その島の中心には巨大な球形の構造物が中心に付いた高層建築が建てられていて、周囲はバラック小屋でまみれていた。一朗はもう一度樫田に目を向けたが、ひどく顔色の悪いその横顔を見てそれ以上喋ることをやめた。


 一朗たちは船を降りた後、検問所に並ぶ人々の列から外れて、隣にある海浜公園を歩き始めた。人工樹木が並ぶ道には生ゴミや、何かの包紙が捨てられていた。検問所から160mほど歩き続けると、そこには少し斜め曲がった棒についた松明の銅像が見えた。ニルはそれを見てあたりを匂い始めた。


「おい。樫田、こいつが女神像なのか?松明しかないじゃないか?」


 樫田は銅像の台座を調べながら言った。


「よく見ろ、これは腕だ。」

「ああ、本当だ。腕と松明だけの銅像なのか?」

「今はそうだ。その昔、この像には女神の身体があったが…」


 一朗がその後を続けた。


「火の一週間で、本体の身体が失われた。だがこれは今、都市の文化遺産に登録されている。」

「なるほど。」

「例え身体を失おうと、例えそこに人間が居なくなっても、自由の松明は永遠に存在し続けるってなことで。さあ、開いた、ここがズヴィズダーの入り口だ。お前らには関係ないが、この中ではコモンセンスの通信が撹乱できる。頭の中を覗き込まれることもない。」


 樫田はパスコードを入力していたようで、台座の扉が開いた。日が落ちかけて薄暗い海辺の中で、真っ白で明るい通路が伸びていた。




脚注:

※1 https://www.ecosia.org/search?q=出版書誌データベース

※2 https://www.ecosia.org/search?q=Brain+in+a+vat

※3 https://www.ecosia.org/search?q=%E5%AD%94%E5%AD%90%E5%AD%A6%E9%99%A2

※4 https://www.ecosia.org/search?q=出版書誌データベース

※5 https://www.ecosia.org/search?q=出版書誌データベース

※6 https://www.ecosia.org/search?q=出版書誌データベース

※7 https://www.ecosia.org/search?q=%E5%A4%8F%E7%9B%AE%E6%BC%B1%E7%9F%B3%E3%81%AE%E8%84%B3

※8 https://www.ecosia.org/search?q=出版書誌データベース

※9 https://www.ecosia.org/search?q=L%27Empire+des+signes

※10 https://www.ecosia.org/search?q=Pericles

※11 https://www.ecosia.org/search?q=%E8%87%AA%E5%B7%B1%E8%A8%80%E5%8F%8A%E3%81%AE%E3%83%91%E3%83%A9%E3%83%89%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9

※12 https://www.ecosia.org/search?q=Men+in+Black

※13 https://www.ecosia.org/search?q=Men+in+Black2

※14 https://www.ecosia.org/search?q=Simo+Häyhä

※15 https://www.ecosia.org/search?q=METAL+GEAR+SOLID

※16 https://www.ecosia.org/search?q=Hinode+Station

※17 https://www.ecosia.org/search?q=Symphony+Cruise+Tokyo

※18 https://www.ecosia.org/search?q=%E3%81%8A%E5%8F%B0%E5%A0%B4%E6%B5%B7%E6%B5%9C%E5%85%AC%E5%9C%92

※19 https://www.ecosia.org/search?q=Odaiba+Statue+of+Liberty

※20 https://www.ecosia.org/search?q=Olive+Oyl

※21 https://www.ecosia.org/search?q=Popeye

※22 https://www.ecosia.org/search?q=0029109752

※23 https://www.ecosia.org/search?q=Tokyo+Station

※24 https://www.ecosia.org/search?q=%E3%82%B4%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%82%A2%E8%A2%AB%E6%9B%9D%E4%BA%8B%E6%95%85

※25 https://www.ecosia.org/search?q=The+end+of+history+and+the+last+man

※26 https://www.ecosia.org/search?q=Meditationes+de+prima+philosophia

※27 https://www.ecosia.org/search?q=Thing-in-itself

※28 https://www.ecosia.org/search?q=Beyond+Good+and+Evil+Nietzsche

※29 https://www.ecosia.org/search?q=John+12%3A24

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。加えて、このなかで語られた言葉はいかなる真実をもふくみません。

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