一
口入れ屋常盤屋又右衛門は、目のまえの娘に話しかけた。ときどき手拭いで汗をぬぐう。
「ちょうど、仲働きを探しているお店がある。日本橋の通町、亀伊勢屋だ。家族のほか番頭手代丁稚女中に若衆などあわせて五十人ほどの、まあまあの大店だが、異存はあるまいね」
伊勢屋は御府内にたくさんあるので、商売の種類、住所の地名や看板にかかれた絵などを頭につけて呼ぶことが多い。
「はい、もちろん異存など……」
娘は手をついて頭をさげた。
神田は常盤屋の店内は六畳ばかりで、文机をはさんで主人と客人で向かいあうと、もういっぱいであった。
「まあ、ひとは多くてたいへんだが、仕事など分担できるからかえって楽かもしれないね」
それから又右衛門は書状に目を落とし、「うむ。お糸さん。年は十七。上州馬蹄村の出。……と。炊事洗濯家事全般、問題ないだろうね」と言った。
この店はほとんど又右衛門ひとりで取り仕切っていて、他には帳簿の手伝いと雑務一般をこなす小平次という若いんだか年寄りなんだかよくわからないものが主人のうしろに控えているだけだった。
「もちろんでございます」と、お糸は頭をさげた姿勢のまま言う。
「よし。ならば紹介状を書いてあげよう」
又右衛門は筆を執り、さらさらと書きつけを始めた。「読み書きはできるのかね」と書きながら言う。
「いいえ……書状は人に頼んで書いてもらったものを、見よう見まねで書き写したものでございます」
お糸はまだ顔を伏せたままだったが、その頬をちょっと赤らめた。
廊下を歩いていると主人の市左衛門と行きあった。お糸は一歩しりぞき腰をかがめて頭をさげる。
「ああお糸か。おまえもここへ来てもう半年ほどにもなるかね。どうだ、勤めのほうでなにか困ったことなどないかね」
「はい。みなさまによくしていただいております。おかげさまでお正月も迎えさせていただきまして、ありがとうございます」
「そうかい、しっかり働いておくれ」
市左衛門はひとつうなずいて歩み去った。
お糸がまた歩きはじめると、向こうから見慣れない顔が歩いてきた。一歩しりぞいて頭をさげる。
「こいつはごていねいに。あっし、いや、あたくしは今日からこちらにお世話になります平助という者でございます。お見知りおきを」
平助はやや町人口調の抜けきらない調子でそう言うと、商人風に頭をさげた。顔立ちの整ったいい男で、物腰はやわらかい。だが、どこかすさんだ空気がただよう、油断のならない男に見えた。
その晩、閉店後に広間に店のものが集められた。主人の市左衛門が、昼間の男を従えて、十人ほどのまえに座った。
「もう知っている者も多いと思うが、今日の昼から働いてもらっている平助だ。丁稚見習いだ。よろしく面倒を見てやってくださいよ」
それから平助にあいさつをうながした。
平助はみなにむかってひとつ会釈すると、
「平助でございます。こまごま雑事をあたらせていただきます。なにぶん慣れぬ者でございます、わからぬこと訊きましたらよろしくご鞭撻のほど、至らぬ点はご容赦のうえご指導願います」
と、もういちど頭をさげた。




