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色吉捕物帖 三  作者: 真蛸
跡取り娘
78/183

十六

 手代部屋から顔を覗かせている若いものたちは息を飲んでなりゆきを見ている。部屋から出てくるものはひとりもいなかった。

「俺がお嬢さんを殺したなんて、なにか証拠でもあるのかよ」

 新吉はふてくされてすっかり地が出ている。

「証拠か、証拠はこのでかい手だよ」

 色吉が新吉のうしろ手をひねると、新吉はイタタと悲鳴をあげた。

「お嬢さんの首についていた指の跡はまあ大きかった。こんなでかい手は、この店どころか、この近所でもあんたくれえのものだ」

「どっか遠くから来たのかもしれねえじゃねえか」

「するとあんた、番頭さんに罪をおっかぶせるのはあきらめたのか」

 新吉はうっ、とつまった。

「俺は別に、そんなことは――」

「さんざん言ったじゃねえか。そもそもあんた、最初はなっからわざとらしすぎたぜ。お嬢さんが変わり果てた姿で見つかったってのは、すぐに店のなかに知れ渡ったのに、あんたはお嬢さんが寝かされてる部屋にもいかず、うろうろしていたそうじゃねえか。そのくせ御用聞――まああっしらのことだが――がきたら、部屋に飛び込んできてわざわざ大げさにあの愁嘆場だ。だれだって怪しむぜ。お嬢さんと好きあっていたってのはホントかもしれねえが、おおかた心変わりされてかわいさあまって憎さ百層倍、首に手をかけた、ってとこだろう」

 これは新吉が文造の動機として使った言葉だ。新吉はぎりぎりと歯を食いしばった。

「やあ、お見事な捕り物でございます」

 小さく拍手する文造に、捕縄を構えた太助が迫った。

「浜門屋番頭文造、おめえさんを主筋にあたる娘殺しで召し捕るぜ。神妙にしやがれ」

 急転直下の嫌疑に、え、と驚いて抵抗する間もなく、文造は太助とふたりの手下に縛られてしまった。

「わたしが千代を殺しただなんて、なにかの間違いでしょう。たったいま新吉を娘に手をかけた咎で召し捕ったばかりじゃあありませんか」

「娘に手をかけた、とは言ってねえ。娘の首に手をかけた、と言ったんでい」

 色吉が答えた。

「新吉はな、なりはでかいし手もでかいんだが力が弱いんだ。だからへんなところで物を落としたり、大事なところで転んだり、いろいろとあんたにもさんざんっぱら叱られたらしいな。算盤がだめなのも、しっかりと珠をはじくことができないのも原因のひとつさ。で、新吉は一昨日の晩、お嬢さんの首に手をかけて絞めて気絶させるとこまではいったけど、息の根を止めちまうほどじゃあなかったんだ。だからお嬢さんはほどなく息を吹き返したんだが、そこに番頭さん、あんたが現れて、こんどはほんとにとどめを刺しちまったってわけだ。新吉がお千代をやる様子をどっかで見てたんだろう、同じように首を絞めてな。お嬢さんの首には、あんたの細い小さな指の跡がはっきりと残ってたぜ」

 まるで見てきたように語る色吉を不気味に思いながらも番頭は、

「さっきは指の跡は大きな……そこな新吉の手によるもんだと……」

「ああ、大きな指の跡もあったけど、そっちは薄れてたんだ。なにしろ息を吹き返して、また血が通い始めたからだな。で、よく見るとより小さいはっきりとしたあとが残ってたってわけだ」

「し、しかしそれこそ手の小さなやつなどいくらでも……」

「新吉にも言ったことだが、あんたお嬢さん殺しの咎を新吉におっかぶせるのはあきらめたのか」

 文造も、うっ、とつまった。

「こいつもまた新吉に言ったと同じことだが、番頭さん、あんたもやっぱりやりすぎたんだ。あの煙草の葉っぱ、あれをお千代さんの手に握らしたのはあんただろう。それも殺めたあとすぐでも、朝お嬢さんのなきがらを運ぶ前でもなく、人払いをして、当主の忠兵衛さんとあんたとふたりだけでお嬢さんと名残惜しんでたときだ。でもねえ、あれはやりすぎだった。新吉に罪をなすりつけたかったんだろうが、葉っぱを握らせるなら殺めた直後か、せめて今朝、運ぶまえにやればよかったんだ。まさか今日になって葉っぱを手に入れたとは思えないから、あんたこういうときのために前々から用意していたんだろう? それなのに機会を誤っちまった。まあそんときは思いつかず、昨日の昼になってから思いついたんだろう。まえから用意していたはずなのに、肝心のときに忘れる。えてしてそういうもんだ。だけどな、忘れたんならそのまま忘れたままにしときゃよかったんだ。だってもしお嬢さんが下手人から奪って握ったもんだとすると、あんたがたが翌日になきがらを運んだときには、死後硬直ももう解けていたから、お嬢さんのもといた部屋や、途中の廊下やなんかにちょっとは葉っぱがこぼれてたはずなんだ。でもそんなことはなかった、ってのはあんたもいっしょに見たよな。余計なことをやるもんだから、不自然なことになっちまったってわけだ」

 文造は茫然と聞いていたが、がくりと頭を垂れた。

「まさかこんな、重箱の隅をつつくような御用聞がいようなどと、ふつうは思いもよらぬことですからな」


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