十二
その晩、小料理屋桐里では、色吉と太助のほか、ちょっと離れたところに別に席をとるのが常の根吉と卒太も同席していた。
「ごくろうさん、まあふたりともやってくれ。おかげでじっくり調べられたぜ」
色吉は上機嫌で、ふたりに酌までしてやる。根吉も卒太も、ヘイじゃあ遠慮なしになどと言いながらぐっと飲み干した。
「で、様子はどうだったい」
「へい、日茂庵先生のとこで張ってたのは日出助の野郎でしたが、こいつが走ろうとするとこを呼びとめやして」
「で、その間にあっしが親分とこに走ったってわけで」
太助が水を向けると、卒太と根吉が話しはじめた。
「いよう、日出助さんじゃござせんか」
卒太が並んで駆けながら話しかけると、日出助は警戒をむき出しにした顔で振り返った。
「なんだ、おめえ、与太助んとこの根吉じゃねえか、なんの用だ、見ての通り、おれゃ忙しいんでい」
しかし日出助は立ちどまり、卒太に向きあってからそう言った。ふたつのことがいっぺんにできないのだ。
「あー。と。うちの親分は与太助じゃなくて太助な。それからおれは、根吉じゃなくて卒太のほうだ」
「ちぇ、どっちでもいーよゥ。なんの用だっつってんだよう」
「いや、そんなに急いでどこにいくんだと思ってねえ」
「別に急いじゃいねえ。なんで急いでると思ったんだよう」
「いや、あんた忙しいって今言ったじゃねえか」
「そうだ、そうだった、おりゃ忙しいんでい。忙しいっつったんで、急いでるたあ言ってねえ。じゃあ急ぐからもういくぜ」
「やっぱり急いでるんじゃねえか」
「あ、この野郎、だましやがったな」
日出助は地団太を踏んだ。卒太はあっけにとられた。
「てな調子で日出助の野郎、ぼんやりだとは知ってたがあすこまでたあ思いやせんで、おかげでこっちゃずいぶんと楽でやしたがね」
卒太が早くも顔を赤くしながら言う。
「あっしも親分とこ廻ったあと、あの馬道の、あの、なんとかいう親分のとこに先回りして日出助の野郎がご注進におよぶのを邪魔してやろうと待ち構えてたんでやすが、待てど暮らせど来ねえもんだからひょっとしてもうご注進はすんじまったのかなと心配になったんでやすが、でも馬道の、あのなんとかいう親分は縄張りの水茶屋で茶などのんびり飲みながら女からかってやがるし、ひょっとして日出助の野郎、親分の馬道の、あのなんとかいう親分すっとばして宇井野の旦那のとこにご注進に行っちまったんじゃないかとも案じたりもしちまったんでやすが、かといっていまさら宇井野の旦那を探しにいって入れ違いになっても目も当てられねえと思ってそのまま待ってたんでやすが、それにしてもなかなか来ねえもんだからひょっとしてそもそも日出助はあの馬道の、あのなんとかいう親分の子分じゃなかったんじゃねえかなんて心配になってきたんでやすが――」
「まあとにかく今日はごくろうだったな、大いに呑み、食ってくれ、お代の心配はいらねえ、今日は色吉親分のおごりだから」
「おい、おめえだってちゃっかり引き合い抜いてたじゃ――」
「こりゃあすいやせん、ごちそうになりやす」
「色吉親分太っ腹で、ありがとうごぜえやす、まま、ひとつ」
「いや、おれはそんなに呑まねえって――」
卒太と根吉によってたかってつがれて色吉も飲まされた。
「で、どう見るよ」
飲み食いがひと段落したところで、太助が色吉に額を寄せた。
「あの馘首になったつう元手代てとこかな、新吉とかいう。お嬢さんと恋仲だっただの、駆け落ちするはずだっただの、どうも自惚れが鼻についていけねえ」
「そいつはおめえが気に入らねえってだけじゃねえか。おいらはあの番頭が怪しいと見たぜ。あの野郎、足代を渡すときあきれたような顔でおいらを見やがって、ちっ、あの目付きが気に喰わねえ」
「おめえなんか気に喰わないなんて自分で言っちまってるじゃねえか。そっちのほうが根拠がひでえもんだ」
「おめえのほうは他に根拠があるってのか」
「おうよ」と色吉は番頭と元手代の昼間の調べの様子をざっと話した。
「ふうむ」
太助は腕を組んだ。
「どうよ、やたら番頭に罪を押しつけたがってるのが怪しいじゃねえか」
「そりゃ番頭だっていっしょなんじゃねえのか」
「まあそうなんだがよ、なんつうかこの、しつこさ、つうの? それが桁違いでよ」
「だから怪しい、ってのか。ほんとのことだからおめえに信じてもらいたくてしつこくしてるのかもしれねえ」
「まあそうとも言えるかもしれねえが」
こんどは色吉が腕を組んだ。
「だけどよ、煙草の葉っぱについてもだ、新吉の野郎、番頭が握らせたとか言ってたが、その場でやらないで次の日の昼になってから握らせたのはなんでだ、と訊いたら、忘れてたからだ、なんてぬかしてやがったがよ。そのまえに、葉っぱは番頭が盗んだに違いない、なぜ盗んだかというと、自分に罪をなすりつけるためだ、なんてことも言ってやがったんだぜ。手代に罪をおっかぶせるためにわざわざ盗んどいたってのに、なんで肝心のときに、絶好の機会にそいつをのがす、ってんだ。言ってることがおかしいだろ」
「ふーん。だけど人間、そういうこともあるんじゃねえの。いちばん肝心のときに、いちばん大事なことをぽっかり忘れちまうなんてよ。あとから思い返してみても、なんでそんな間違いをしちまったことやら自分でもわからないなんて、おいらよくあるぜ」
「そりゃ、あんたはそういうことが……よくあるかも……しれねえがよ……」
しかし色吉は話しながらまさに自分にも思い当たる節があることに思い当たったのだった。




