十
「ところで、こいつを見てやってくんなさい」
色吉は蒲団の裾から千代の手を引きだした。てのひらが汚れている。それを新吉のほうに突きだしてくる。
新吉は驚いた顔になることを抑えられなかった。が、あとから考えればそれは自然なことだったので、それでよかったのだ。
「こいつはなんでしょうね。わかりますか」
どう答えるべきか、迷いかけたが、すぐに心を決めた。この小者め、とぼけたふりをしているが、もう他の者に確かめているに違いない。
「煙草の葉のようでございます」
「ああ、やっぱり。じつはあっしもそうじゃないかと思ってたところで。ところで、なにか心当たりは……」
抜け抜けと訊いてくる。
「どうも……あたしの喫んでいるのと同じ銘柄のようにも見えます。虹時という安モノですが」
話しながら一方では頭は忙しく働いていた。お千代のやつ、いつのまにこんなものを握ったんだろうか……?
思わず懐に手をやると、そこには煙草入れの手触りがちゃんとあった。色吉の目もそこにいくのが感じられて、しかたなく煙草入れを引き出した。
「ちょいと拝借」
岡っ引は裏を返したり表をみたり煙草入れをあらためた。
「こいつは巾着になってるんですね……ふむ、あまりきつくは縛ってない」
「ええ、中身をすぐに取り出せるように、ゆるめにしているのです」
色吉は紐をゆるめて、葉を少量てのひらにあけた。
「すると、お千代さんが苦しまぎれに、首を絞めてるやつの懐に手をつっこんで葉っぱをちょいとつかんだ、ってことが考えられますな」
「親分さん、勘弁しておくんなさい。それじゃまるであたしが下手人みたいじゃあないですか」
「下手人たあ言ってやせん。ただ、お嬢さんの首を絞めたやつが巾着みたような葉っぱを取りやすい煙草入れを持ってたんじゃないか、と言っただけで」
「あたしが下手人だと言ってるようなものじゃございませんか」
「ああそれから、お千代さんの首を絞めたやつが巾着みたような煙草入れに入れてた葉っぱは虹時だ、つうこともつけくわえましょうか」
「ますますあたしが下手人だと言ってるようなものじゃないですか」
「そんなこたあ言ってやせん。ただ、お嬢さんの首を絞めたやつが巾着みたような葉っぱを取りやすい煙草入れを持ってたんじゃないか、その葉っぱは虹時だ、と言っただけで」
「つまり、あたしが下手人だと言ってるようなものじゃございませんか」
「なに、この型の煙草入れを使う虹時喫みなんざ、ご府内にいくらでもいやしょう。この店にだって、探せばほかにいるんじゃござんせんか」
「この店で煙草を喫むのはあたしだけです。そんくらいとうにお調べでしょう」
「ああ、そうでしたか、そいつはどうも」とひとつにやりとし、「ところで次はお千代さんの部屋に来てもらいたいんで」
色吉は先に立ってさっさと歩きはじめた。
新吉があとからついていくのを見届けてから、文造は隣の座敷を出て庭にまわった。千代の座敷は角部屋なので庭から話をうかがえるのだ。




