七
「待て、待ってくれ、冥土の土産ってんならもうちっと教えてくれ」
まずいまずい、ほんとに殺されちまう。ぐっとこらえて、話を聞きだす方に持っていこうとする。
「つまりその、なんだ、春先にちっちゃな女の子を襲ってたのがその主は今で、ここのところ娘を襲ってたのがおめえってわけだな。その来ぬ寝間は関係ないんだな」
「ふぬ。関係ないという言葉の捉えかたにもよるな。たしかにコヌネマは乙女どもに手を出してはおらぬ。しかしもともとは、コヌネマの病を治してやりたいというヌハイマの真心からそのようなことをしたのだから、その意味では関係があるといえるだろう」
「待て待て、よくわからねえな。その、コヌネマの病気と女の子を襲うことが、なんの関係があるってんだ」
「そんなことも知らんのか、人間が。これだから人間は」
「へっへっへっ、知らねえんでさ。どうか教えてやってくだせえ」
妖怪の生態なんざ知るわけないだろ、と思いつつ、色吉はへりくだった。なるべくこの大かまいたちにしゃべらせて時間を稼ぐ手だ。
「乙女の血は万能の霊薬なのだ。コヌネマは心の臓が弱る病のようだが、ひところに比べてだいぶ良くなったようではないか」
「やめとくれ、あたしがいつそんなこと頼んだってんだ。ひとのせいにするんじゃないよ、そういうのをおためごかしというんだ。だからヌハイマにもそう言ってやめさせたんだのに」
「じゃあ、やっぱりここんとこ娘を襲ってたのはおめえなんだな。あんな小さな餓鬼かまいたちに、女の子とはいえ大人を襲うなんざできっこねえと思ってたんだ」
色吉はコヌネマを横目に、グイヌイに言った。
「偉そうに言うな、コヌネマ、その後もおまえは生娘の生き血を飲んでいたのだぞ」
グイヌイは色吉を無視してコヌネマに言った。
「それがおためごかしだってんだよ。あんたはあたしのためじゃなく、自分のためにやってるんだろう。自分が乙女の血を飲みたいから、あたしの病気を口実に、ヌハイマを使って集めさせたんだ。あたしに飲ませただって? どうせあんたがほとんど取りあげて、ヌハイマには申し訳ていど渡しただけだろう」
「そうなの? グイヌイさん……」
「よしんばそうだったとしても、おまえに霊薬を分け与えたことに変わりはあるまい」
「だからそんなことは頼んでないとずっと言ってるだろ。だいたいあんたの目論見なんぞ、あたしにはお見通しだ。自分の手を汚さずに生き血を手に入れるためにヌハイマをだました。ヌハイマがやらなくなってから、しかたなく自分でやったが、なにかあったらこれまでのことを、全部ヌハイマのせいにするつもりなのさ」
「ほう、こうしておまえたちを助けにきてやったというのに、ずいぶんと恩知らずなことを言うではないか」
「そうだよ、おかあさん」
「ああ、おまえは莫迦だね、我が子ながら嫌になる。こいつはそこにいる間抜けな小者を殺すかもしれないけど、その死骸といっしょにあんたの死骸も転がしておくつもりなんだよ。相打ちに見せかけてね。そうするとこれまでのことは全部あんたのせいになって、こいつは追及を逃れるってわけさ。もう乙女の血も百年分がとこいただいただろうからね」
「ほんとなの、おかあさん。グイヌイさん……?」
「恩知らずどころか、ひどいいいがかりをつけるじゃないか、なにか証拠でもあるのか」
余裕を見せていたグイヌイも声に怒りがにじむのを隠しきれなくなってきた。
「証拠なんざない。なくったって、あんたのこれまでのやり口を見てればわかることだ。さあ、ちょうどいい、ここで決着をつけてやる。あんたを退治するよ」
「おかあさん、やめて、そんな体で無理だよ、ぼくがやる」
「ひっこんでな!」
前に出ようとしたヌハイマの足がとまった。コヌネマの声がよほど鋭かったからだ。
「あんたは黙って見ていな。もしわたしがやられたら、敵を討とうなんて考えないで、すぐ逃げるんだよ」
コヌネマを険しい表情でにらんでいたグイヌイが、なにかに思いあたったようににやりと口を歪めた。
「そうか、コヌネマ、おまえのたくらみがわかったぞ」
今度はコヌネマがぎくりとしたようだった。
「な、なにを言いだすんだい」
「まったく、子供のことを心配するふりをしつつ、おまえは自分のことしか考えていないな」
「な、なにを……ヌハイマ、こんなやつの言うことなぞ聞くんじゃないよ」
言いざまグイヌイに鎌を立てて向かう。当たる! と思った瞬間にグイヌイの姿がかき消えたと思うと、数間も離れたところに二本脚で立っていた。
「ごまかそうとしたな。やはりそうか。ヌハイマ、こいつはな、おまえの心配をしているのではない――」
「おだまり!」
コヌネマが襲いかかり、グイヌイが消えて別の場所に現れる。二度三度それを繰り返すと、コヌネマは息も絶え絶えになった。
「ぜえ、ぜえ、もう、だめだ……殺せ……殺しな……ぜえ……ぜえ」
「ふふふ……その手に乗るものか」
グイヌイはヌハイマに向き直った。
「ヌハイマよ、わたしがおまえを利用したことは認めてやろう。しかしな、おまえの母はもっと手ひどくおまえを利用しようとしているのだぞ」
「おやめ」
コヌネマが言ったが、その声はやっと絞り出したもので、グイヌイを再び襲うどころか、体を少しでも動かす力も残っていないようだった。
「こいつはな、おまえの体を乗っ取ろうとしているのだ」
そう言うと、どうだ、とばかり、グイヌイはヌハイマの反応をうかがった。