十三
しかしその竹三も、とうとうその日、帰ってこなかった。
そして次の早朝、なぜか平助が独りで帰ってきた。番頭となにやら話しこんで、そのままけろりと仕事を始めた。もっとも仕事といってもあいかわらず周りからはなにをやっているのか、ぶらぶらしているだけのようにみえる。
「旦那様は一朗太様につきあって、しばらく深川別邸に逗留されることになった。小間使いとして竹三をつけたが、皆、人手不足の折り、あいすまぬとおっしゃっていた。たいへんだとは思うが、皆、しっかり働いてくださいよ、私からもお願いします」
朝の集会で番頭が言った。店を任されて、はりきっているようだった。
「まったく、小間使いなら平助のほうをつければいいのに」
「あのぼんくらじゃあ、使いものにならないんだろう」
「だがおかげで割を食うのはこっちだねえ」
店の者たちが嘆いているのを耳にして、お糸もうんうんとうなずいた。
しかし当の平助は名前通り平気の平左で、洗濯をしているお糸のもとにぶらぶらとやってきて、
「いまお勝手の外でシジミ売りが女中はいないのか、って聞いてきましてね。いま忙しいからあたくしが受けとってやる、つったんですが、いつもの女中でないならまた来るとか言っていっちまいましたよ」
「ああそう、いつもその日の様子を見ながら買ってるから、いくら買うとか決まってないんだよ。あとであたしが買うから、平助さん、余計なことしなくていいよ」
「ああ、そうですか。しかしあのシジミ売り、こないだ夕方見かけたときは豆腐を売ってやがったような気がしたが、商売替えでもしたんですかねえ」
「きっとそうなんじゃないの」
お糸は興味なさげに言った。
「でも、つい二、三日まえなんですがね、豆腐売ってんのを見たのは」
「そ……そりゃ、あんたが見間違えたか、掛け持ちでもしてるんじゃないかね。とにかく今日は洗濯はいいから、あんたは字の手習いでもやってなよ」
「ああ、さいですか、それじゃあ」
平助は来たときと同様、ぶらぶらと歩き去った。




