第204話 そろそろ家に帰りたいわ
満面の笑みでゼパルが一礼した。彼は檻の中の罪人を転送すると、後を追って消える。広間がしんと静まり返った。魔族の残虐さは知られているため、今後ゾンマーフェルト元侯爵に会うことはない。
「許してもらう必要なんてないもの」
ヴィルヘルミーナがぽつりと呟いた。街へ買い物に出たあの日、シャルロッテの馬車を見た王妃は表情を曇らせた。自分を襲った犯人の見当がついているから、その娘である友人の身を案じる。彼女が王妃をどう思っているか、ではない。王妃ブリュンヒルデから見たシャルロッテは友人だった。
歯に衣着せぬ物言いも、傲慢不遜な態度も、ブリュンヒルデは好ましく感じていた。あの豊満なボディはけしからんと思うけれど。あんな大きな胸でノアールを誘惑されたら危険だわ。文句を言いながらも王妃の表情は、彼女への心配が滲んでいた。
シャルロッテも分かっているのだ。今さら王妃の座を奪っても、愛されることはない。そして待たせている幼馴染みの存在も理解していた。だけど身分差があり、父親の理解は得られないだろう。
そこで王妃とヴィルヘルミーナは考えたのだ。自分達にとって優位な方向へ、物語を書き換えてしまってもいいのでは? と。シャルロッテの幸せを邪魔する男は、王妃暗殺未遂の犯人だ。彼を処分して、身分差をなくす方法を話し合った結果……ベルンハルトの案に乗った。
大罪を犯した父親を排除し、侯爵家を降格して伯爵家にする。王妃暗殺未遂の罰としては妥当だろう。そのうえで、父を止められなかった罰として彼女は貴族との婚姻を禁じる。
「そんな事情になってたのね」
兄ベルンハルトの説明を聞きながら、アゼリアは舞台上の役者達を見つめた。まだ幕は下りていない。
「あの執事の方は平民なの?」
「父親は男爵家でしたが、諸事情があり取り潰しになっていますわ」
父が死亡して貴族として家を存続できなくなった。母は侯爵家に乳母として住み込みの仕事を得て、息子を執事見習いとする。だから彼は現在、平民と同じ扱いだった。ルベウス国の内情を上手に隠しながら、ヴィルヘルミーナは説明を追加する。
「でしたら結婚に障害はありませんわね。貴族ではない上に、王妃様のお墨付きですから」
くすくす笑うアゼリアは、彼女達の計画に納得した。王妃と公爵令嬢が結託して、クリスタ国王の兄が後押しした計画だ。罰に見せかけ、上手に友人を救った手並みに笑みが漏れた。
あのままゾンマーフェルト侯爵令嬢の肩書でいれば、シャルロッテに婚姻を持ちかける貴族はいない。弟が家を出ている以上、家を継ぐのは彼女になるだろう。家格や爵位が落ちたとしても、領地や屋敷を維持できれば面目は保たれる。そのうえ王妃が友人として優遇すれば……伯爵家は隆盛を誇るだろう。
「アゼリア、疲れていないか?」
優しく労わりながら、なんとか抱っこしようと狙う婚約者に寄り掛かり、アゼリアは我が侭を口にした。
「ねえ、イヴリース。私、そろそろ家に帰りたいわ」
「家……魔王城でよいのか?」
「ほかに私の家があるのかしら? それと、この騒動が片付いてからよ」
しっかり釘を刺し、アゼリアは巻き毛を揺らして笑った。




