知り合いと雇用主の対面
人目を避けようと思ったミイが、人気の少ない路地へ踏み込んだところだった。
敵に見つかるのも問題だが、一般人に見られるのもよろしくない。
特に後ろめたい過去があるミイなどは極力目立たない方がいいのだ。
だからこの場合、この路地に踏み込んだのは仕方がないことだったとも言える。
「だから、そっちはまずいって伝えようとだな……」
「遅すぎるわよ。もっと早く教えてよ……」
ミイはじりっと後ずさりする。背中がカシュールカにぶつかった。
「やれやれ」
カシュールカは溜め息を吐くと、ミイを自分の背後に押しやった。
「うちの従業員を勝手に連れて行かれるのは困るんだよな」
「そこを退け」
男たちが低い声で告げる。
「無理だ」
カシュールカが即答した。
「ちょっと……」
ミイはカシュールカの上着の裾を引っ張った。
相手は三人。
あまり、怒らせるのは得策じゃない。
「なんとかなるだろ」
けれどカシュールカは軽く言い置いて、男たちに向かってゆく。
この隙に逃げるべきだ。
それはわかっているのだが、ミイの反応は鈍った。
まず、カシュールカの実力がよくわからない。
つまり、後を任せられるかどうかが不安なのだ。
そして現在の雇い主でもある。
雇用関係がある為に、カシュールカがミイを助けようとしているのであれば、ここで雇用主を置いて逃げるのは些かまずい気がする。
そんなことをすれば解雇されてもおかしくない。
いや、けれど昨夜の一件のせいで、どちらにせよ解雇になるかもしれないのだ。
しかし今さっき、カシュールカはミイのことをうちの従業員だと、そう言ったのではなかったか。
迷うミイの目の前で、カシュールカは既に一人の男を倒していた。
そして二人目の攻撃をかわしたかと思うと、男の側頭部にまわし蹴りを決め、更に残りの鳩尾に蹴りを入れる。
一瞬の出来事だった。
ミイが迷っているあいだに、全て片付いていた。
とても、普段ごろごろとしている人間だとは思えない動きだった。
「ミイから離れろっ!」
そこに声が投げ込まれた。
息を弾ませて、ムウルがミイに駆け寄る。
「ムウル、よくここにいるってわかったわね」
「よくわかったわね、じゃねえよ。早くこっちに……」
ミイは無言で倒れた男たちを指差した。
ムウルはえ? あ? などと言いながら状況を飲み込めないでいる。
カシュールカは両手をぱんぱんと軽く払った。
「おまえの仲間か?」
「ミイ、あいつ誰だ?」
カシュールカとムウルの問いが重なる。
「仲間というか、知り合いの子よ。ムウル、この人はあたしの雇用主」
双方に簡単に説明する。
「ああ、ミイがお世話になってます」
ムウルがカシュールカを見上げて言う。
ムウルの身長は、長身のカシュールカの胸あたりまでしかない。
「いや、むしろ俺たちの方が世話してもらってる。で? あなたはミイの保護者かなにか?」
「ううん、全然違うわよ」
「うわ、思い切り否定したよ」
ミイが迷いなく答え、ムウルががっくりと肩を落とした。
「まあ、いいさ。それよりおまえどうするんだ? 戻るのか?それともこいつとどっか行くのか?」
「戻るところだったの。ちょうど送ってもらってるところだったのよ……だったの、です」
「ああ、もういい。普通の喋り方でいいから。別にデスマス調じゃなくても問題ないし」
カシュールカは顔の前で手を振った。
「あ、そう?」
それもそうか。
今更取り繕う必要もないだろう。
「そっちの人は?」
「あ、オレ? オレは……」
「何処だーっ!? 治安を乱した連中というのは、どこのどいつだーっ!」
ムウルの台詞を遮るように声が聞こえた。
治安隊のようだ。
街の治安を守る為に組織された隊で、どこの街にもたいてい存在している。
大通りで剣を抜いて大立ちまわりをしたのが知られたら、もちろん捕まるし、下手をしたら牢に繋がれる。巡邏中だったのか、それとも誰かが通報したのか。
どちらにせよ逃げた方がいい。
「やべぇ。んじゃ、あいつらはオレが連れて行くんで、こいつのこと頼みます。じゃあな、ミイ」
カシュールカに軽く頭を下げ、ムウルは大通りの方へと走り出した。
なにやら叫びながら、治安隊を引きつけつつ走る姿が遠ざかる。
「んじゃ、今の隙に帰るか」
「あ、うん」
ムウルが去った方角とは反対――当初の予定通りの方向に向かって、ミイとカシュールカはそろって走り出した。