またしても逃走するメイド
街の大通りを二人で歩いていた。
隣を歩くムウルのにやけた顔を見て、ミイは苦笑する。
自分にはムウルの気持ちが理解できない。
こんな物好きなヤツもいるのか、と思うだけだ。
「そういえば、このあいだ襲ってきた連中の正体がわかったぜ」
「ああ、そんなこともあったっけ」
「あったっけって……おまえ。まあいいか。それでだ、マキュベスト伯爵邸の近くで襲ってきた方は金で雇われたこの町の荒くれ者たちで、裏路地で襲ってきたのはボニー商会の連中だ。荒くれ者どもを雇ったのも、ボニー商会の連中かもな」
「ボニー商会? ああ、そういえば、ここに来る前の街でちょっともめたっけ。仕事のキリも良かったし、そのままとんずらしたんだけど、そっか、追って来たのか。暇人ね」
ボニー商会はこの街から北へ五日程歩いた場所にある街に根を張る商会で、この国の裏社会の中ではなかなか大きな影響力を持つ組織だ。
敵に回したら多少厄介だが、命を取られる程のことはないだろう。
「身に覚えがあんのかよ! ミイ、おまえあんま無茶すんなよ。オレがいない時は一体どうしてんだ? すっげぇ不安なんだけど」
「まあ、こうしてまだ生きてるんだから、なんとかなるってことよ。あたしだって別に自殺願望があるわけじゃないんだから」
「頼むから、もっと自分を大事にしろって」
「努力するわ」
ミイの返事を聞くと、ムウルは額に手を当てて大仰に溜め息を吐いた。
ミイは女の中でも小柄な方だが、ムウルも男の中では小柄だ。
中肉中背のサクよりもまだ少し小さい。
その分、ムウルの顔は近くにあって、ミイが顔を見上げる角度は小さくてすむ。
「ほんと、頼むぜ」
ちらりとミイの顔を見て懇願するムウルに、笑顔で返す。
その顔があまりにも真剣だったので、ミイは内心困惑していた。
他人事なのに、そんなにも真剣になれるなんて、ムウルはやはり変わっている。
「まあ、オレと一緒にいれば、そんなこと心配しなくてもいいわけだしな。こっちの仕事もおまえの仕事も早くカタがつくことを祈ってるぜ。……って、うわっ」
突然、黒い影が二人に向かって突進してきた。
ムウルはミイを抱え上げ、その影をかわすと尻を蹴り飛ばす。
影はそのまま路上に転げる。
それを見てムウルはにぃっと笑った。
今日のムウルは腰に長剣を下げている。
剣があれば、戦いは随分と楽になる。
場所は大通り。
人通りも多いこの場所で、人目も憚らず白昼堂々襲ってくるとはいい度胸だ。
ボニー商会ほどの組織の後ろ盾があるからこそできることだろう。
ミイとムウルはいかにも怪しい男たちに取り囲まれていた。
ミイは深く溜め息を吐く。
実は、不審な男たちの気配には先ほどから気づいていた。
殺気は感じられなかったし、なによりこんな場所で手を出してくるとは思っていなかったから放っていた。
おそらく、ムウルも同じ。
ムウルはミイをそっと地面に下ろした。
「さあて、どいつからでもいいぜ。かかって来い」
ムウルは鞘から剣を抜いた。
刃がキラリと光を反射し、周囲の人々の中から悲鳴が上がる。
ミイは周囲を素早く見渡した。
どこから逃げるべきかを考える。
敵は七人。
大勢でご苦労なことだ。
幸い、背後までは回りこまれていないが、人垣ができている為に逃げ道が封じられている。
その人ごみの中に敵の手の者がいないとも限らない。
いや、いると考えた方がいい。
しかし前方は刃物を持った男たちが固めている以上、後方から逃げるしかないだろう。
ムウルは既に二人を倒し、残りの五人と対峙している。
倒したといっても、さすがに殺しはしていない。
周囲に血の跡もない。上手く闘っているようだ。
ムウルは逃げろ、などとは言わない。
言われなくてもミイが逃げることはわかっているからだ。
それが最善であることを、お互いに知っている。
それが薄情だとも思わない。
刃と刃の重なる音がする。
男たちの怒声と挑発するムウルの声。
ミイは踵を返した。
まるで見世物を見るようにムウルたちを眺めている人々と対面する形になる。
突然振り返ったミイに、人々は驚いて目を丸くしているが、そんなことにかまってはいられない。
驚く人々に向かって、ミイは突進した。
慌てて人々がミイを避ける。
しかし後方の人々には、小柄なミイが見えないのだろう。
なにが起こっているのかわからず、往生している。
ミイはその人々の中に紛れ込み、走る。
なるべく目立たないように、けれど早く。
「待て!」
グイと肩を強い力でつかまれた。
見上げると、奴らの仲間と思しき男が立っている。
悲鳴を上げる?
いや、それでは目立ってしまう。
急所を蹴り上げる。
そう決めて足を振り上げようとした。
「ぐっ……」
男が呻いて地面に膝をつく。
え?
ミイは咄嗟に足を振り上げるのを止めた。
まだなにもしていないのに、何故?
「なにやってるんだ、おまえは」
頭上から降ってきた声に顔を上げると、カシュールカが眉間にしわを寄せて立っていた。
どうやら、カシュールカが男を殴ったようだ。
「えっと……。ちょっと追われてて、逃げてるところ、です」
「それは見ればわかる。そうじゃなくてだな」
「以前の仕事でちょっとしたいざこざが」
「ちょっとしたいざこざが、なんだか随分と大事になってるようだけどな」
「ともかく、逃げなくちゃなんないのよ。助けてくれてどうもありがとう」
ミイは頭を下げると、そのままカシュールカに背を向けて走り出す。
「おい」
カシュールカが慌ててミイの後を追う。
「待てません」
「そうじゃなくて、だ……」
「あっ……」
ミイの行く手を阻む形で、男が三人立っていた。
しまった。
これでは、逃げようにも逃げられない。
失敗だ。
ミイは唇を噛んで、男たちを睨みつけた。




