10話 決闘?
昼食も取らぬまま、エリーヌと女生徒の二人は決闘の許可を貰いに指導員室に向かう。それが認可されるとすぐに室外の訓練場にて決闘を行うことになった。
指導員が審判を務めれば決闘前の決め事は反故にされないとのこと。
決め事とは――負ければ魔宝技訓練許可証が相手の手に渡り、勝つと訓練許可証は自分の手に残る…正直、エリーヌに得なことなど一つもない。決闘に応じたと言うよりも無理矢理させられている状態だった。
何故、断わることをしなかったというなら、決闘を断わるということは貴族としての品格を落とす。自分自身のことなら問題ないが、ジェスタ家はバルト伯爵家に世話になっていて、そのバルト家の品格にも関わる。バルト伯爵は、エリーヌに遠まわしではあるが魔宝石を贈り、貴族間での面目を保とうとしていた。それは品格を落とす事を恐れているからだ。
つまり、エリーヌが決闘を断われば、バルト伯爵から自分の家族にまで迷惑をかけてしまう。それをエリーヌは懸念したのだ。
慶太はそんな事などは考えておらず、大勢の野次馬の前で決闘を申し込まれてエリーヌが断わり辛い状況にされたと感じていた。
決闘が始まろうとしている光景を、リーズの瞳を通して見ていた慶太には冷や汗ものであった。現在、慶太が宿る腕輪はリーズの腕に収まっており、エリーヌに力を貸すことはできない。代わりにエリーヌはリーズの物である瑠璃の杖を持っていた。赤光とは違う系統の魔宝石を彼女は一度も使用したことがなく不利な状態と言えるだろう。
「ケータ。エリーヌを…助けてあげて。」
リーズが懇願するが、彼女の腕に収まっている限りどうすることもできない。慶太の宿る宝石がエリーヌの身体にない以上、この状態まま魔宝技を行使するとリーズが魔宝技を使用したと誰かに気付かれる可能性があるからだ。
『うーん。このままだと俺は魔宝技で支援もできないだろうし、どうしようも…ないかな。せめてエリーヌと共にいたら何とかしてあげれるけど…。』
リーズは俺の言葉を聞くと、考えることもなしに訓練所の中央に立つエリーヌの元へ駆けていった。そしてエリーヌの元へ辿り着くとオニキスの填まった腕輪を自分の腕から外してエリーヌに渡そうとする。腕輪を外すと慶太も闇に閉ざされるが、最近は何度も体験していたため慣れたものだった。
「えっ、いいの?」
「うん。ケータが…エリーヌに使って欲しいって…言ったよ。」
喧嘩状態のような慶太のことと、彼と一緒にいて楽しそうであったリーズのことを考えて躊躇っていたエリーヌだったが、リーズの言葉を聞くと決心を固めて腕輪を受け取ると腕に填める。そうすると慶太の視界にも明かりが訪れる。
『やあ、エリー。早速だが、あの娘にはおしおきしてあげるべきだ。俺も出来る限りの力を貸すからね。』
周りから見える情報からエリーヌの肉体だと判断すると現在の意気込みを彼女に伝えた。
「はい!…いつも、こうだったら頼りになるんですけど。」
若干、耳の痛いことを言われたような気がしたが、気にしてはいけない。リーズはといえば腕輪の代わりに杖を受け取ると足早に観客の中へ消えていた。
『ここまでやってくれたリーズのためにも勝つぞ!』
慶太は気合が乗っていた。初めての対人戦ということもあるが、エリーヌとのやり取りを見ていて相手の女生徒に苛立ちを覚えていたからだ。
「普段と意気込みが違いますね。」
『生憎と…可愛い子に期待されたら、それを無碍にできる性格はしてないんだよ。』
「リーズのことですよね?」
エリーヌは含み笑いをして茶化すように聞いてくる。そこまで慶太とリーズは仲が良さそうに感じたのであろうか。
『そうだ。』
慶太はエリーヌの言葉に一切迷うことなく即答した。
「惚れました?」
(まだ弄る気か!)
しつこいエリーヌに慶太は内心苛々してしまったが、あえて口には出さない。これ以上話していても同じことの繰り返しになりそうであったからだ。
『そんなことより…気合を入れるぞ!』
エリーヌに決闘に集中するよう促す。気が散漫では困るからだ。
「そうですね!」
彼女も慶太に従うように気合を入れる。彼の普段とは違う態度に少なからず感化されたのかもしれない。
そして、指導員がエリーヌと対戦相手の女生徒の間に立つと宣言する。
「ここにエリーヌ・ジェスタ騎士爵嬢とアルメル・ノエル・ダントリク子爵嬢の決闘を行うことを宣言する。勝敗は相手が参ったと言うか、どちらかがこの場から逃げる。また、ある程度の怪我を負った場合は私が判断する!」
相手の女生徒はアルメルという名で子爵家の出自らしいのを指導員の宣言で知った。
(ベルティーユが男爵だったかな…子爵とどっちが偉いんだろう…。いかんいかん…。)
一瞬、慶太は試合前だというのに上の空になってしまったが、改めて気合を入れなおす。エリーヌもフッーっと深呼吸をして身体の力を抜くと集中力を高めていた。そうしていると指導員が尋ねてくる。
「二人とも準備は良いか?」
エリーヌとアルメルが審判である指導員に向けて頷く。それを確認した指導員は手を挙げ…。
「ではっ、決闘開始っ!!」
指導員の合図を聞くと同時に、アルメルは拳ほどの石を操って勢いよく飛ばしてくる。
「どうしましょう。」
『任せるよ。』
慶太が答えるとエリーヌは即座に拳大の水を出し、飛んできた石に水を叩きつけて地面へと打ち落とす。
「やるわね。だけどまだまだよ。」
今度は頭程もある土の塊を放ってくるアルメル。飛ばすものは違うが芸が少ないのは3年生になって間もないからかもしれない。
『今度は俺がやるよ。』
さっとイメージして竜巻を呼び起こす。風の魔宝技は慶太の得意系統なのか楽々と使いこなしていた。竜巻は土塊を飲み込むと粉々にして空へと吹き飛ばす。
――ゴオオオォォォォォォ
凄い音を出しながら進む竜巻は止まらず、野次馬をしていた生徒達までもが風圧で転んでいる者がいた。
『ちょっとやりすぎたかな。消そう。』
「そ、そうですね。こちらも少し苦しいですし。」
逆風で竜巻を相殺するようにするとビューと音をたてて竜巻が消え失せた。
「くっ!…今のは危なかったわ。でも今ので力を使い果たしたんじゃない?トドメを刺せない大技なんてものは素人がやるものよ。」
強く言い張っているのだが、先程の竜巻を見て怯えているのかアルメルの足は生まれたての子羊のように小刻みに震えていた。
『アリエールビビってる!』
こちらに流れが来ていると思い少し調子に乗ってみる。
「今度は私が攻撃しますね。苛々を発散したいですから。フフフ…。」
軽く笑いながら本性を表したエリーヌさん。恨まれると数代に渡って祟られそうな恐怖を感じることができる。慶太の姿が見えていれば引き攣った顔をしていただろう。慶太は瞬時に『遠慮なさらずにどうぞ』と彼女へ告げる。
「ファイアブレス!アクアアロー!エアスラッシュ!」
魔宝技名を叫んでいるが、それはフェイク。無詠唱でアルメルに連撃を浴びせているのだ。――鬼畜すぎる。
大きな炎が吐息を吹きかけた様に広がると同時に水の矢が何本も射られ、止めとばかりに風の斬撃が襲いかかるのである。
(俺…手伝う必要なかった?)
これまでの二週間近くの自主訓練により、エリーヌは学年でも飛び抜けて魔宝技の扱いに長けていた。彼女達が3年生になって、まだ半月ばかり。相手はSクラスといっても授業中にしか魔宝技を練習できないのだ。差がついてしまうのは仕方の無いことだった。
アルメルはエリーヌが先程放った3つの魔宝技を土を壁にして掻い潜っていた。しかし、アルメルもただ黙っているわけではなく四方から砂煙のようなものを起こして此方の視界を奪う。
『さすがに喧嘩売ってくるだけあって、そこそこの腕をしているみたいだけど…Sクラスでもこれだと…エリーのレベルは上級生並になってるんじゃない?』
慶太は上級生の実力を知らないが同級生のSクラスがこの様子であったので舐めていた。
「そうでしょうか。でも、慣れていないリーズの杖を使っていたら勝負にならなかったと思いますよ。」
砂煙で視界が制限されている中、二人は余裕の表情で会話をしていると急に地面が揺れ動いた。
『地割れでも来るのかな…?』
「ただ揺らしているだけかも?」
お互いに会話しながら次に来るであろう相手の魔宝技を予想している。相手を舐めきって自信過剰になっているのだ。
――ドッドドドッ!
そして突然、音と共に足元に数メートルの深さはあろうかと思える落とし穴が現れた。
『アース!』
突然のことに少しは驚いたが、予想の範囲内であったため慶太は咄嗟に詠唱して土を呼び出して深い穴を埋めてしまう。穴など即座に埋めてしまえば障害にもならないのだ。
(それにしても…砂煙で視界を阻害しているのに、先程の石つぶて等の攻撃を使って来ないとはアルメルという女生徒は頭が残念なのだろうか。)
『この試合、どうしようか。』
もう終わらせても良かったのだが、勝手に決めてしまっては後処理が大変と考えてエリーヌに相談してみることにした。
「もう少し試合を楽しみたいかもしれません。フフ。」
決闘中であるのに、不敵に笑ってしまう彼女が改めて恐ろしいと感じた。エリーヌは戦闘狂の類なのではないかと勘繰ってしまう。
『では、アルメルとの試合を楽しんだら、最後は私めにやらせて下さい。――お嬢様の憂さ晴らしをして差し上げます。』
紳士の口調で対応する。薄ら笑いしているエリーヌに恐怖心を抱いているから些細なことでも怒りを買いたくないからだ。
「はい。いいですよ。」
満面の笑みを放ちそう答える。同時に慶太は身の毛がよだつ思いをしていた。ヤンデレに好かれる人などは、このような気分なのだろうか…と。
それからエリーヌとアルメルはお互いの攻撃を打ち消し合い、魔宝技の腕は拮抗していた。いや、エリーヌが手加減していたのかもしれない。
10分も経った頃、俺は、普通に詠唱を行っていたアルメルが息を荒くしているのを見て痺れを切らした。
『もう止めを刺していいですか?恥辱に塗れた姿にしますから、やっていいかな?』
(大事なことなので二回確認することは必須。エリーヌさんは怖いから…。)
「わかりました。では、盛大にお願いします。」
彼女のスッキリした声を聞いていると相手が可哀想になってきたが、ここで躊躇しては駄目だ。やるときにきっちりやらなければ、これから纏わり付かれて大変になるだろう。
そう考えた慶太は必殺の技をイメージした。それは――風。
『いくぜっ!!』
言葉を発すると同時にアルメルの周囲には鋭い旋風が発生し服を切り裂く。それは肌に一切の傷をつけないという芸術的な凄技であった。――10秒ほどビューと激しい音と共に服を切り刻むとアルメルの着ていた服は無残にも細切れになり、彼女は全裸になっていた。それも大勢の観客の前で…である。
『ふっ。』
技が決まったことを確認して薄っすら笑いを漏らしてしまう。イメージ通りに発動したことが嬉しかったのだ。
「「「おお~!!」」」
観客が同時に叫ぶ。技の凄さではなく赤裸々な女体を見て…だ。この場も学校の男女比率と同じく男性が多く、この事態に喜ばないはずはなかった。暫く自分に何が起きているのか理解できなかったアルメルだが、周囲に無防備な状態で全裸を晒していることに気付くと局部を手で隠し、試合そっちのけで校舎の方へ走っていってしまった。
審判の指導員はアルメルの姿を見て唖然としていたが、アルメルが走り去ると宣言する。
「ゴホン!――勝者エリーヌ・ジェスタ騎士爵嬢!この宣言で今回の決闘を無事終えたことにする。」
エリーヌは勝利し、訓練許可証と品格を守ることに成功したのだ。
勝利したエリーヌはホッと息をつくと地面に腰を降ろしていた。彼女自身が思っていたよりも決闘というものに緊張していたのだろう。
「やあ、エリーヌ。見違えるほどに腕を上げたようだね。」
そう言って声をかけてきたのは二週間ぶりくらいに見るエリーヌの兄であるアランだ。学校に来た日から本日まで見かけることはなかったのだが、決闘というイベントがあったため見物に来ていたのだろう。
「に、兄さん!?そ、そう言っていただけると光栄です。」
さすがのエリーヌさんも兄であるアランには頭が上がらぬようだ。先程の怖い印象とはガラリと変わって普段通りの礼儀正しい口調に戻っていた。
「エリーヌ…勝ててよかった。」
リーズが安堵した顔をして声をかけてきた。彼女も決闘の行く末に相当心配していたのであろう。彼女の言葉にエリーヌは嬉しかったのか微笑んでいる。
「おや?エリーヌの友達かい?」
突如、リーズの事が気になったアランが尋ねる。その通りと言わんばかりにエリーヌは頷いた。友達を兄に紹介できるのが嬉しいのかもしれない。
「えっとお嬢さん。エリーヌが世話になっているようだね。僕はエリーヌの兄のアランという。よろしくね!」
台詞の終わりに白い歯をキラッと輝かせて爽やかに演出している。
(ホモには似合わないぞ…。)
それからリーズもアランに名乗りを告げていた。
「エリー勝ってよかったね~!」
エリーヌは、己の元へ元気良く駆け寄ってきたフラヴィに嬉しそうに頷いて答えていると、ベルティーユとフレデリークも観客に紛れていたのか歩み寄って来た。
「エリーヌさん勝ちましたわね。とても心配しましたのよ。」
「無事に勝てたようでよかったじゃない。」
二人はエリーヌを賞賛と言うよりも心配していたのか安堵していたという感じであった。
「随分友達が多いんだね。」
その場にいるエリーヌと親しげな男性を見て、アランを知らぬフラヴィ、ベルティーユ、フレデリークの三人は「誰?」と疑問を抱くような顔をしていた。最近知り合ったフレデリークならまだしも、寮の同室で2年間も付き合いがある2人が同じ学校に通っている"友人の兄"に会った時が無いというのも面白いものである。
「エリーヌさんこの方は誰ですの?」
「誰?このモヤシ。」
「んー誰だろう~?」
3人の疑問に自分から名乗った方が早いと判断したのであろう。素早くアランが答える
「普段からエリーヌが世話になっているようだね。――僕はエリーヌの兄で、アランだ。覚えてもらえると嬉しいよ。」
再び前歯をキランと輝かせてから胸に右手を添えてから紳士の様に深く礼をする。アランは爽やかな演出を欠かすことはなかった。
(このホモは侮れない。)
「私はフラヴィっていうの~よろしくなのー。」
「へー。そうなの興味ないわ。」
「はっ、はい。べ、ベルティーユと言います!よろしくお願いしますわ!」
フラヴィは普段通りに、フレデリークは本気で興味なさげにそっぽを向きながら、ベルティーユは顔を赤くして照れている様子。ベルティーユはアランの爽やかな演出に悩殺されてしまったのだろう。
『ベルティーユがやられたようだぞ!』
「えっ!?」
慶太が思わず叫んでしまったので、エリーヌは驚いた顔をしてベルティーユを観察していたのだが、何とも感じとれずに首をかしげていた。
(アランはホモだからなぁ…ベルティーユの恋路はどうなるのやら。あ…貴族だからそもそも難しいのか。いや…妾にするとか…。わからん。)
「ケータと…仲直りできた?」
気になったのかリーズが心配そうな顔をして小声でエリーヌに尋ねてくるが、
「え、ええ。」
何とも言えない状態なため、エリーヌは曖昧な返事をしてしまう。決闘で助けに来てくれたことに感謝して慶太を許してしまっている。然し、彼と言葉を交わして仲直りしたという訳で無いからだ。
「なら…よかった。エリーヌと…ケータが…仲が良い方がいい。」
そう告げるリーズだが、少し寂しそうな顔を見せる。それを見るなりエリーヌは腕輪を外してリーズに手渡す。
「いい…の?」
リーズの言葉に良いと応じる様にエリーヌが頷く。リーズは受け取った腕輪を手の中で見つめていた。
「数日貸すって約束しましたしね。それと慶太さんに伝えてください。――もう許してますからって。」
リーズはそれを聞くと嬉しそうに頷いて腕輪を填めた。
『急に暗くなるから何事かと…。』
「ケータ。今日は…一緒だよ。」
リーズの声が聞こえ若干動揺した慶太は腕輪を渡すような会話があったかなと考えていると、エリーヌが腕輪に触れて声をかけてくる。
「慶太さん。数日間リーズと居てあげて下さい。」
エリーヌは優しく微笑んで俺にそう告げる。
『どういうこと?』
「慶太さんをリーズに数日貸すと約束しましたよね。覚えてますか?」
その言葉を聞いて慶太は思い出した。忘れていたなどとは言えぬ空気だ。
『お、覚えてるよ。俺、記憶力には自信があるんだっ!』
「忘れていましたね?」
鬼を恐れていた慶太が嘘をついたら瞬時に見抜かれてしまった。
(お前は俺の母親か!)
咄嗟に話題を転換できるものを考える。そして思い当たった。
『あっ!昼ごはん食べてないんじゃない?急いで食べないと時間がないよっ!』
「そういえばっ!?」
「忘れて…た…。」
エリーヌ達は食堂で食事の途中だったフラヴィと食事待ってくれていたフレデリークとベルティーユに声をかけたのだが、残酷な事実を知ることとなる。
「食べてきたよー!」
「え?もう食べたわよ。決闘なんてしてるのが悪いんじゃない。」
「すみません…流石に今回は待てませんでしたわ。」
「エリーヌは相変わらず何処か抜けているね。」
三人共、既に食事を済ませていた。最後にアランが言葉を添えると残念なことに授業時刻を伝える鐘の音がゴーンゴーンと響いてくる。そしてエリーヌとリーズの顔は絶望を顕わにしていた。
エリーヌとリーズの二人は昼食抜きで午後の授業を受けるハメになったのだった。




