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-8- 頑(かたく)なに…

 池登いけのぼりは、世をはすとらえて生きる男である。これを、ある種の達観とか悟りの境地と呼ぶ人もいるが、池登の生きざまは、また少し違った。彼はまったく他の所作を意に介さないのである。こういう男は芸能人向きなのだが、池登の場合は別にそういった目立った存在になりたい…と思うことなく、ある役所で日長ひなが、こつこつと同じ繰り返しの生活を送っていた。

「課長、もう時間ですよ…」

 夕刻の退庁時間がうに過ぎていた。最後まで残っていたのは二人で、そのうちの一人、課長補佐の滝壺たきつぼが席を立ち、帰り仕度じたくをしながら池登に声をかけた。

「えっ? …ああ、もうこんな時間か。君、先に帰っていいよ。私は、これをやっつけてから帰る」

「やはり、やっつけますか…。そいじゃ、僕はこれで」

「あっ! ごくろうさん」

 仕事の切りがつかなければ、普通の場合、明日にするか…となり、すでに心は帰宅したり、一杯飲んでいたりするが、池登の場合は違った。池登は滝壺が言ったとおり、仕事をかたくなにやっつけてから帰る男だったのである。

 あるとき、急ぎの仕事がなかなかやっつけられず、池登は孤軍奮闘、悪戦苦闘していた。よく考えれば、部下にやらせて決裁印を押せばいいだけのことなのだが、彼はそうすることをきらった。というより、自分でやり、納得した書類でなければ池登の性分に合わなかったのである。だから池登は頑なに仕事を自分でやりこなし、納得した上で帰宅した。こういう話はあまり世間によくある話ではない。そんな池登だったが、彼も人の子、無理がたたってついに体調を崩し、ダウン寸前になった。

「ははは…過労です。かなりご無理なさったんでしょうな。一週間ほどゆっくり休まれ、安静にしておられれば、すぐ元気になられます。暖かくして、栄養あるものを…。10日分の薬を出しておきます…」

「どうも…」

 医者に一礼すると、池登は医院をあとにした。過労か…過労はよくある話だな…と、池登はトボトボ歩きながら思った。


                    完

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