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-74- 怒(いか)りは敵

 鳥突来とりつつきは妻の香澄かすみから、やんのやんの・・と小ごとを言われていた。妙なもので、聞きれると腹もそう立たなくなるものだ。30年も昔は、言われてムッ! とした鳥突来だったが、今では馬耳東風ばじとうふう+馬の耳に念仏・・といった具合で、どうってこともなくなっていた。これを自覚した鳥突来は、免疫力だな…と香澄をチラ見しながらニンマリとした。この忍耐力とでも言うべき自然に身についた鍛練たんれんの成果は、鳥突来の仕事にも多大の影響を与えていた。

「鳥突来さんは怒らないから助かります…」

「今度はどうしたの? 言ってみなさいよ」

 部下で係長の餌場えさばに先に言われ、課長席に座る鳥突来は、笑顔でヤンワリと言った。

「いや、そう言われると、どうも…。本当に言っていいんですか? おおこりにならないでしょうね?」

「なに、なにっ!? どうしたの? 言いなさいよぉ~」

 人間、かくされると聞きたくなるものだ。失敗話だから、当然、怒るような話に思えたが、鳥突来は聞きたくなり、ウズウズして、せがんだ。

「それじゃ、いいますよっ! 今回の予約席、…残念ながら取れなかったんです」

「なんだってぇ~~!! ど、どうするんだっ! どうしてくれるんだっ!」

 普段は温厚おんこうそうな鳥突来の顔が憤怒ふんぬ形相ぎょうそうへと一変した。鳥突来が唯一、フェチ的に楽しみにしていた大相撲千秋楽のチケットだったのである。鳥突来が怒ったもんだから、餌場は驚いた。まさか、鳥突来が怒るとは考えてもいなかったからだ。

「そんなに怒らなくても…。だから、言ったじゃないですかっ! 本当に言っていいんですかって」

「馬鹿野郎! 遅かれ早かれ分かるだろうがっ! 一枚ぐらい、何とかできなかったのかっ!」

「はあ、それが…満員御礼というやつですよ。なにせ千秋楽ですから…」

 それからというもの、怒りっぽくなった鳥突来の仕事のぺースは乱れ、部内に多大の影響を与えていった。

「君、どうしたんだ。この頃、怒りっぽくなったじゃないかっ…。訳を言ってみたまえ」

 心配した部長の網戸あみどが鳥突来を部長室へ呼び出し、いぶかしげにたずねた。

「はあ…実は大相撲千秋楽のチケットが取れなかったものでして…」

「ははは…なんだ! そんなことかね」

 網戸は部長席の引き出しから一枚の券を取り出した。大相撲千秋楽の、それも砂かぶり近くの土俵に近い好位置の席だった。

「こ、これは…」

「ははは…社長にもらったんだ。君にやるよ。私は接待で無理だからね」

「あ、有難うございますっ!!」

 地獄で仏! というほどの喜びようで、鳥突来は感激した。それ以降、いつもの温厚さを取り戻した鳥突来は、仕事も順調に運ぶようになっていった。

 いかりは敵・・と言われるが、巣のヒナかえったような鳥突来の場合は別として、怒ることで物事が悪く変化することは、確かによくある。


                完    

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