-40- 風の噂(うわさ)
誰からともなく流れ、しかも確実ではない話がある。それとなく世の中に流れ、耳に入った話・・それを人は風の噂と言う。
「そういや、昨日だったか一昨日だったか、妙な話を聞いたぞ」
餅川は仕事帰りに立ち寄ったおでん屋の屋台椅子に腰かけ、冷や酒をチビリチビリとやりながら、左横に座る杵田にそう言った。
「妙な話? どこで?」
杵田はおでんのダイコンをフゥフゥ~しながら頬張り、訝しげに餅川の顔をチラ見した。
「ここだよ、ここ!」
「誰に?」
「臼岡」
「どんな話だ?」
矢継ぎばやな間合いで訊き返され、少しムッとしたのか、餅川はおでんのハンペンに齧りついて、嫌な間合いをずらした。
「… 課長が変わるらしい」
「どこの?」
「馬鹿野郎! 俺達の課に決まってるだろっ!」
餅川はまた矢継ぎばやになりそうな間合いを避け、杵田へ粗野に返した。
「鏡さんが…」
課長に可愛がられていた杵田は急にテンションを下げ、小声になった。
「いやなに…飽くまでも風の噂らしいがな」
「なんだ、風の噂か。ははは…驚かすなよ!」
「ああ…」
つまらんことを言ったな…と思った餅川は軽く頷くと、それ以上その話はしなかった。
「そういや俺も、そんな妙な話を聞いたぞ」
今度は杵田が話し出した。
「そんな妙な話? どこで?」
「ここだよ、ここ!」
「誰に?」
「臼岡」
「それも臼岡か。どんな話だ?」
矢継ぎばやな間合いで逆に訊き返され、少しムッとしたのか、杵田はおでんのコンニャクに齧りついて、嫌な間合いをずらした。
「… 副部長が変わるらしい」
「どこの?」
「馬鹿野郎! 俺達の課に決まってるだろっ!」
杵田はまた矢継ぎばやになりそうな間合いを避け、餅川へ粗野に返した。
「注連神さんが…」
副部長に可愛がられていた餅川は急にテンションを下げ、小声になった。
「いやなに…飽くまでも風の噂らしいがな」
「なんだ、風の噂か。ははは…驚かすなよ!」
「ああ…」
つまらんことを言ったな…と思った杵田は軽く頷くと、それ以上その話はしなかった。
ひと月が流れたが、結局、異動はなかった。あらぬ風の噂で多くの人がモチモチと翻弄されることは、確かによくある。
完




