-28- いつもの…
甘煮は正月休みということで、久しぶりに下町の繁華街へと出た。服装は、この場合は…と決めている和装の着物姿である。鯔背な所作でいつも常連にしている汁粉屋へ入ると、店の主人が笑顔でペコペコと頭を下げ愛想よく現れた。
「へへへ…こりゃ、甘煮さんじゃありませんか。明けましておめでとうございます。今年も、ご贔屓に…」
そう言われては甘煮も挨拶をしない訳にはいかない。
「いやぁ~、おめでとうございます。こちらこそ…」
甘煮がそう言うと、間髪いれず、主人は返してきた。
「いつもの…ですか?」
「ああ、いつもの…」
二人の会話は、『いつもの…』で事足りた。暗黙の了解、野球でいえばピッチャーとキャッチャーが交わすサインのようなものである。この場合、二人の合言葉となっている『いつもの…』は、汁粉の大盛りだった。客が注文した普通の椀汁粉[¥700]に比べ、『いつもの…』で出される椀汁粉は、ほぼ倍の大椀で、値段だけが、どういう訳か倍ではなく少し増した¥900だった。
出来るまでの所用時間は専門店だけに早く、僅かに5分内外だった。
「へい、お待ちっ!!」
気分のよい勇み声で置かれては、食べる方も自然と心勇んで気分がよくなるというものである。甘煮は気分よく食べ始めた。
そしてしばらく時が経ち、甘煮は気分よく食べ終えた。それも、それほどでない短時間である。ダラダラと時を費やして食べるのではなく、スイスイと短時間で食べ終えるのが、小粋というものである。甘煮は、それを地でいった。
「いつものとこへ置いとくよ!」
食べ終えて立った甘煮は、前もって用意していた額をいつもの決めた定位置へ鯔背に置くと店を格好よく去った。
「へいっ! またのお越しをっ!!」
店の主人も心得たもので姿を見せず、額も確認することなく、鯔背に甘煮を送り出した。まあ、こんなケ-スは余りないだろうが、世の中が[いつもの…]で成り立っていることは善悪は別として、よくある。
完




