-12- 噂(うわさ)
酒蒸が引っ越してきた山あいにある三笠村の界隈では、今、妙な噂が飛び交っていた。その噂は、突然、暗闇から笑いながらペコリ! とひとつ頭を下げて現れ、そのまま何をするでもなく姿を消す・・という風変わりな男に端を発していた。実害が村人の誰にもなかったことから、交番沙汰になることもなく、事態は混沌として長引いていた。そして、村人の間で男が神がかりに違いない・・という噂が次第に広がり、噂は噂を呼んで、ついに男は町に祀られた道祖神の化身だ・・という大きな噂にまで拡大してしまった。
「なにか、よからぬことを村の者がしたからに違いねぇ…」
「んだっ! ここはひとつ、お祓いをせねばのう…」
「そうだ、そうだ!」
村の寄り合いでそんな話が持ち上がり、ついに祈祷師が招かれて村の離れの道祖神の祠でお祓いをするという大ごとに至った。酒蒸は村人達からは、よそ者扱いされていたから、それが逆に幸いして、遠目で事態を見守ることができた。酒蒸としては、さて、その男が何者なのか? という素朴な疑問が湧く。どこに住んでいようと、そうよくある話ではないだけに、酒蒸は興味をそそられた。
ひと月が過ぎ去った頃、噂は突然、沙汰やみとなり、あとかたもなく消え去った。
「あの話、どうなりました?」
無性に気になった酒蒸は、ついにある日、村人の一人に訊ねた。
「ああアレかい。アレはアレだけのものさ、ははは…」
村人は笑って流した。あとから酒蒸が知った話は、その男は新しく交番に赴任予定の新人巡査で、村人に挨拶していたのだということだった。新人巡査は、酒蒸にもペコリ! と頭を下げ、挨拶した。勘違いは、よくある話である。
※ ただ、新任の交番巡査が闇に紛れてどこへ消えたのかは、いまだに余りない話として語り草になっているという。
完




