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第21話「謎を抱える男」

今回は長いです。

回顧録といったところでしょうか。

約14000文字あります。

今でも不思議に思う出来事がある。


それは僕が昔住んでいた団地で、小学一年の時に体験した事であり、それは人生最大の謎になってしまっている。


今でもその謎が解けない。そればかりか今さらになって更に謎が深まることになったのだ。


その団地というのは市内では新しく出来た区画にあった。

その中に1つ、白く塗られた壁が見た目に鮮やかな建物が、僕の住んでいた市営住宅だった。


横幅約80メートル、縦幅は約15メートル、高さはわからない。だって今地図アプリで縮尺を確かめただけなのだ。

だからといって今確かめたら高さが100メートルになってますなんてことはないはずだ。

それでも上からの地図でもああ懐かしいなという気持ちになった。

南向きに4つの入り口、5階建て、市営住宅としては平均的なタイプでその裏にはホームセンターで見たことのある物置が棟の横の長さに沿うようにズラリと並んでいた。

周りにある他の棟よりもその白く塗られた壁のせいか僕の住んでいた棟は新しく見えた。


その壁の表面は形はザラザラというよりは丸みを帯びてデコボコしていて、触ってみると肌に優しく滑らか。手のひらを押しつけて動かしても皮膚が傷つきにくい。

何かでコーティングされてる材質なのだろうか。

知り合いの左官屋の人に聞けば「それはね、〇〇だよ」

と詳しく教えてくれそうだ。

そしてよく見ると極薄い黄色が入っていて完全な白では無かった。故に何か美味しそうな色をしている。これでなんというか気に入ったというかそういう感覚を持ったのを覚えている。


それが、この住宅の印象だった。

それはけして悪くはなかった。

それでも僕の住んでいた棟は一番新しいというわけではなかった。

なぜならその団地の棟々はアルファベットで区別されており、僕が住んでいた棟よりも後続の英文字がつけられたものがあるからだった。

何せ20年以上前の事だからそこの事情はよくわからない。

英文字だけを全てに割り振って各棟はコンセプトを分けて建築したのかも知れない。

そしてこれから話すことも20年以上僕の内部で今も生きている話なのだ。

僕が自分の住んでいた棟(仮にⅠ棟と名付ける。)を明るい、新しいと思っていた理由は他にもあった。


それはⅠ棟の4つの入り口の前にある、遊具が集まる空間、遊び場の存在だった。


Ⅰ棟の横幅の8割ほどの長さと縦にはそれ同じくらいの奥行きを掛け合わせたスペース。

地面が学校のグラウンドのように整地され、その色にも清潔感がある。

日曜日の毎朝、住んでいる人達による掃除が行われる事も、その美観を助けていた。僕は気が向いた時にしか手伝わなかったが。


そこに設置されていた遊具も新しく、赤青オレンジの塗装は子供の目を引き付けていた。


入り口から出ると正面の右手に吊り下げ型のよく見るタイプのブランコ。

その同じ正面の左手に見えるのが箱型の4人は乗れるブランコ。

事故が起こったことで今では撤去されてしまうタイプだろう。


その正面を向いたままカニ歩きをするように左に動くと、地面にバネの付いた馬の遊具が3つ。

シマウマと、パンダのような模様とコーヒー牛乳のような色の体に白い耳のお馬さんたちがその箱ブランコの方向を向いて並んでいる。

そのお馬さん達の背後に、焦げ茶色のテーブルとその両側に長い椅子があり、木目のようなディティールが施されている。

こういうのは何でできているのかがわからないが、多分石だろう。では何石ですかと聞かれたらもうお手上げなのだが。


その石で出来たテーブルや椅子を覆うように日避けの為に植物を絡ませた何か。

これはパーゴラとかあずまやとかいうやつらしい。

ネットで調べて初めてこういうことがわかったりする。身近にあるものがどういう名前でどう作られてるのかは意外とわからなかったりするものだ。


右からお馬さん、石のテーブルと来て奥側、そこには遊び場最大の遊具、滑り台がある。

一直線な登り階段があるタイプではなくオレンジや青や赤の鉄パイプで組合わさって登り階段はアスレチック風にデザインされている。

そして普通に上らせてくれないくせに滑る時は割と普通な滑り台である。

後は遊具の揃ったエリアと反対側に、やや傾斜の付いた低い植え込みと何本かの木が植えてある。


これらの遊具があの頃、子供だった自分達のエネルギーを受け止めに受け止めていた。

たくましい鉄の仲間達である。しかしそのときはもう子供の周りには遊具ではない玩具が現れ始めた時代に入っていたのだけど。


それでもこの遊び場には僕を含めた子供達が大いに遊び、大人が見守っている光景がいつでもあったように思う。

だけどそれが今では失われたものというような言い方はしたくはないのだ。


そしてⅠ棟の西側に、同じ南向きで建っている隣の棟(仮にⅡ棟と名付ける)にも遊び場は有るのだけどもそこは草や黒っぽい色の土がむき出しで、正直そこは暗いなと思っていた。

だからそこになんの遊具があったかも覚えていない。たまたまそこで遊んでいた時に、当時持ってたお菓子のオマケのウルトラマンの人形(今思い返すと80もしくはグレート)を落として無くした苦い想い出があるだけだった。


Ⅱ棟自体の雰囲気もどこか暗かった。白く塗られてないこともあったのだろうけど今思えば、その向かいに、Ⅱ棟の南に建っていたⅢ棟がⅡ棟を出たときに見える景色を占めていたからだろうか。それはⅡ棟自体というよりはⅢ棟との位置関係からくるものだったのかもしれない。


Ⅲ棟はⅠ棟Ⅱ棟とは違うタイプだ。

階別に違う部屋が横に繋がっているマンションタイプであり、入り口は横に並んでいるのではなく建物の両側に縦に、各階へ昇る階段への入り口が繋がっていた。

Ⅰ棟の向かいからはⅢ棟は端の方しか見えない。

後は遊び場の植え込みに挟まれた低い登り階段から町内の住宅街に向かう長い遊歩道と、横の長さの8割を占める遊び場の隣にある駐車場とが見えるだけ。この長い遊歩道で僕はガンダムのカードの束を落としてしばらく落ち込んだ。

それ以外は高い建物もなく空はよく見えて明るかった。

Ⅰ棟は裏がすぐ道路で、横も大通りに出る道路に面していた。

つまり区画の角に存在していた。

幼稚園のバスがその横の道路に止まり子供たちを送ったりしている。

僕もそのバスに乗ってかつては幼稚園に通っていた。

Ⅰ棟はそれら生活の風景に近く、奥のⅡ棟、Ⅲ棟は陰になっていたようなイメージがある。


今思えばⅡ棟は70年代、Ⅲ棟は80年代、Ⅰ棟は80年代後半といった雰囲気がイメージとしてふさわしいように思えた。

Ⅰ棟はアルファベットで言えば一番最初なのだけど。

Ⅰ棟を新しいと思っていたのも明るいと思っていたのもⅡ棟Ⅲ棟のそれと無意識に対比していたからなのだろうか。

まあ夜になったらみんな一緒です。その時間に起きることも多分。

Ⅰ棟の遊び場に来るⅡ棟の子供もいた。Ⅱ棟はⅡ棟で遊んでる子供のグループはいたような気はしたが、よくわからなかった。


そこには遊びなれた自分達の世界や空気とは違うものがあるように感じて僕は遊びなれた相手と遊ぶのだった。

遊ぶときに「よせて!」という勇気が多少弱かっただけかもしれないが。


I棟に住む子供の数はどの位だったろうか。

僕が思い出せる遊び場にいたスターティングメンバーは次の通りである。

最年長が小学3年のY、Yの弟。(名前思い出せなくて御免)

消防車をあしらった自転車を持っていて、それがかっこいいなと思った。


小学2年のKとその弟で僕より1つ下のS。Sとは一番仲が良かった。趣味が合っていたからだろう。ある日部屋でKが漢字テストの宿題をやっているところを見たのだがKが「きょう…きょう…わかった、教だ!(正解は今日)」といっていた。こういう間違いかたをした人を見たのは初めてだった。

なんかそんなことを未だに覚えている。

あと、Ⅰ棟とⅡ棟の間にある幅の広い通路でKのラジコン(ミニ四駆をでっかくしたような)を障害物にぶつけ、「べんしょうだ!」

と言われた事を未だに覚えている。

怒られたのは解るが、べんしょうって何だ?とまずその意味を考えていた。

今日を教と答えながらも、別の知識を持っているK。

Kは弁償という概念を小学生の身でありながら僕に教えてくれたのだ。

そしてラジコンは壊れてなかったが、それに安心したのか僕もラジコンが欲しくなり、親に頼んで買ってもらったそのラジコンカーでKと一緒に遊んだ事も大事な想い出になった。


僕と同じ幼稚園で小学校も同じクラスだったS。(Kの弟のSと被るのでS2とする)

彼は後に引っ越してしまうのだが、ちょっと不思議なことがあった。僕はそれを学校の教室で担任の先生が「今日、お引っ越ししてお別れするお友だちがいます。寂しいねミミちゃん。」と聞いたときに、「もしかしてS2か」と思った。

何だかそう感じたのだ。

しかし前からそれを聞かされた訳ではない。

だから「S2くんが転校します」と聞いた瞬間、不思議とあまり驚かなかったのを覚えている。

その勘が当たって驚いたからだろうか。

ただ友達と別れる悲しみを知らないだけなのかもしれなかったけど。


予感とでもいうのか。

しかし子供だから不思議なことは経験するものだ。


ちなみに間違って彼の母親に抱きついたことがある。

自分の母親に抱きつこうとして誤認したのだろう。こうなることは予感できていなかったようだ。

見上げなければ大人の顔の確認は出来ない身体の時代だった故だ。時代が悪いのさ。


2つ年下のY(先程のYと被るのでY2とする)とM。

この二人はいつも二人でいた。コンビのようにそれこそいつも二人で。僕とS2のようなものだろう。Y2はⅡ棟の子で、Ⅰ棟の遊び場にはいつものように来ていた。僕もよく二人に混じって遊んでいたものだった。Y2は顔が色白で目が細く、Mは顔が日に焼けているようで目が大きいのが対照的だった。

僕がよく覚えているのが、Y2の自転車に書かれていた彼の名前のことだった。

彼の母親がそれを書いたのだと思われるが、なんというか絶対に見たら忘れられない文字なのだ。彼女はデザイナーか何かをやっていたのだろうか、それはひらがなの先に横線が入り十字の形になっているものだった。思い出せる限りではそうだ。

『し』だったら上と下の両端に横線が入る。そういった細工の施された自転車の後部に白いマジックで書かれていた。他にも何かそれ以外のルールで成り立ってる細工があったかもしれない。

だから来るべきこの日のためにもっと見ておくべきだったと後悔している。あの文字は何かの文明が作られるかもしれないぐらいのインパクトがあった。

思い出しただけでも大したものだが。


Mに関しては、「修(僕の仮名)のお父さんは機械に強いからこれやって」と、何かを頼まれたことがある。

今思えばそれは多分ゲームのコンポジット接続だろうと推測出来る。赤とか白とか黄色のあれである。

ファミコンにコンポジット接続はなかった気がするから多分別のゲーム機だろうか。

僕の父親は確かに機械が好きで強い。よくビデオカメラを回して風景やらを撮っていた気がする。

だからと言って子供の俺もそうなのかよ!と今なら思う。

まあビデオ録画のセットくらいは自分でやってたけど。


そして頼まれたからには断れずに当時としては大きな新型ブラウン管テレビの裏とにらめっこをするはめになった。

あの文明寸前の文字を書いた母親の子のY2も一緒にその場にいた。

日本語なのに意味のわからない文字、黒いプラスチックのパネルに白線で囲まれた赤やら白やらの色のついた穴を見て難しい顔をしたりしてはてさてどうしたものかと悩んだものだった。かといって迂闊に触って壊したら「べんしょう」

しなければならないし。


やがて、どうしようもないなと思って「ごめん、わかんない」と力なく呟いた。

その時のMと、一緒にいたY2の顔を見ることは、出来なかった。いや、見ないようにしていた。


子供の時からそんな自分が傷付かないための素振りが出来てしまっていたのだ。

なんというか、やりきれない時間だった。結局二人の期待に答えられなかった。自分達でそのゲーム遊びたかっただろうに。


子供の自分も機械に強いからという凄い無茶ぶりだったけど、二人を悪く思う気にはならなかった。

なんであっても頼られるのは嬉しいものだから。


でも今はHDMIケーブルを自由自在にどうこうできる大人に僕はなれました。


後は他に父親が近寄りがたい雰囲気をしていたT。

母親が綺麗で優しく、もしかしたらその人が初恋だったかもしれないJ。

Kの弟のSとケンカ仲間のK2。

たまに遊びに来る、小学4年で「でかくてかっこいい兄ちゃん」のI。

あと名前を忘れた、あるいは知らないまま遊んでた子達。


そしてⅠ棟でもⅡ棟でもⅢ棟でもない所から遊びに来るM2。

彼はSやS2とは違う、なんというか清々しい関係だったように思う。

他の仲間と同じように気が合うと言っても気の「合い方」が違う気がしていた。

多分エロ方面のネタを彼と共有したからかもしれない。


M2は母親が学研のセールスをやっていて我が家はそれを取っていた。

まあおもちゃっぽい教材に惹かれただけなのだけど。学研の手のひらの上である。

そして未だにそのおもちゃっぽい教材の中にあったテープに収録されていた漢字の歌を僕は歌うことが出来る。故に学ぶ楽しさを教えてもらって感謝をしている。


そんな暖かい関係でもこんなエピソードがある。

M2と二人で団地の外を出たところにある植え込みを掘って何か虫を探していた時の事である。

それにしても何故子供は虫を探すのだろうか。動いているものなら何でもよかったのかもしれない。

そんな中でM2が何かを見つけた。

まとまった形になっている糸ミミズである。

今の大人の知識で言えばつまりそれは生殖行為をしているミミズ達ということである。

環形動物であり雌雄同体のミミズはこうやって逆さ同士に体をくっつけてシックスナインのような生殖をするんだよとM2が言ったらビックリしたと思う。

しっくすないんってなんだ?お母さんに聞いてみよう!とならなくて本当に助かった。


Ⅰ棟の横の、南にいけば大通りに繋がる道路。その歩道沿いの植え込みで僕ら二人はその塊に驚いた。

そこにたまたま、本当になんでそこにいたのかというくらい偶然にもM2の母親が通りがかったのである。元々母親と一緒にいて、ちょっと離れてM2が僕と遊んでいたのかどうかはわからない。

M2の母親は僕らを見つけると、何をしてるのかを尋ねた。

M2の母親はセールスレディに相応しい格好(女性服勉強致します…)をしていて、かかとの高い靴を履いていた。背も高く、あまり顔は覚えてはいないが、子供の自分から見ても、いいと思う顔をしていた。


それが何だか僕の何かに反応した。だがそれをフェチといったら安易だろう。


そしてここからの流れはよく覚えてはいないが、どういうオチになったかはハッキリと思い出せる。

M2が糸ミミズの塊を見せる。

母親が何かを言う。

M2ミミズを落とす。

母親は足で、その足で糸ミミズを排水溝の穴へズアッズアッズアッとかき落とす。


この後どうしたかは覚えてない。

ただ、ショックはなかったように感じる。

せっかくの遊びを中断されただけの感覚でそれ以上はなかったように思う。

何せ子供だ。怒りや理不尽を覚えるのはまだ先のことで早かったのかもしれない。

だからこの母親の事を悪く思うつもりはなかった。

美人だからといって甘いわけでもない。


そして大人になった今この事を思い出すと、子供の時に美人の大人にそんな冷たい事をされたなんてことを考えると、これは割と貴重な体験だったのでは、という気がする。


(何にせよM2の母親にはその性格の切り替わりにエロスがあった。澁澤龍彦が逆説的な二面性とエロティズムの関係を語っていたが正にその通りじゃないかと今は思う。違う気もするが。


そのもう一人である先ほどちょっと触れた、初恋かもしれないJの母親も僕の好みでありエロスの対称だった。

しかし彼女の人物像を描くことについては内容の趣旨から逸脱しかねないので、彼女のことを書きたい自分としては涙を呑んで割愛せねばならない。

ただ言えることは薄幸さの中の力強さ、力強さの中の優しさ、優しさの中の薄幸さ。矛盾しあってるような3つくらいの要素が循環している人なんだなと今は思う。)


この様に僕の周りには悪い人はいなかった。

恵まれていたと感じる。

だからおそらく悪い人がいたならそれはきっと僕だろう。こんなピュアハート、アンブレイカブルボディな僕にも、悪事や悪戯は多い。

でもそれは別の話。

そしてこれからが本題なのだが、これは本当に不思議な話で、この過去に収まる事ではない。


現在に於いてその不思議が自分のなかで甦ってしまったが故に、僕はこの事を書いてしまおうと考えた。


だれか他にもこの不思議と同じことを体験したかもしれない。

そして同時に自分のこの体験が別になんでも無いことを教えて欲しいのかもしれない。端的に言えば説明してもらいたいのだろう。この現象を。よくあるけど別に不思議な事じゃないよ、と。



それは何時だったか覚えていない。その前後の事も。

暑かったかも寒かったかも。

いや、雪が降っているときでは確実になかったはず。だから春か夏か秋だったろう。

雪が降っていたらあんなことにはなってないから。

雪が積もっていたら尚更だ。


この事をたとえるとするならば、陽射しを遮る雲がⅠ棟の上に一瞬でかかった出来事だった。


「Mくんがベランダから飛び降りたんだって。」


母親がそういったことだけは覚えている。

他にはあの焼けた顔と大きな目が脳裏に浮かんでいたかもしれない。


いつ、どこで、なぜ?

そんな疑問が沸いたかどうか、悲しかったかどうかの記憶はない。

いや、なにも感じなかったという方が正解かもしれない。

あれほど仲の良かったSが転校すると聞いたときの「そうなんだ」

に近いものがあった。


「でも足の骨を折っただけなんだって」

これも確かに聞いたが、それに安心したかどうかの記憶もない。

あの頃は何かを失う、何かがなくなる、という感覚を持っていなかったのかという気さえする。

子?それは、Mがなぜ飛び降りたのかという、その理由についての事だった。


どのタイミングでこれを聞いたのかも思い出せない。子供たちの母親が話してるのを聞いたのか、聞いた瞬間の事は本当に思い出せない。


だけどそれがはっきりと僕の耳に入ってきたことだけはわかる。

それはこんな感じだった。


「修ちゃんが飛び降りるのを見たから自分もやってみたんだって」

これは母親から聞いたことではない気がする。

そして僕はこれを聞いた瞬間こう思ったようだ。

「見られてたんだ。」と。

意味が解らないと考える前に、そう思った記憶がある。


どうやらMは僕が飛び降りていたのを見ていたらしい。


僕はMが嘘をついていると思った記憶はない。

Mは本当の事を言っている。


どうやら僕は飛び降りた事があるようだ。

そう考える他人事の自分が今この文章を書いているが、その内面には飛び降りについて確信している自分も存在している。


僕はMがいう通りに自分は飛び降りたと確信し、故に「見られてたんだ」と思った。

だからMは嘘をついているなんて微塵も感じてはいなかった。


だから今これを書いている僕は何もかもをこれについて話さなければならなくなった。

これは嘘ではない。実際にMは存在している。

第一これらの話が嘘ならば僕は小説をかけないという悩みとは無縁なまでにフィクションを書いてかいて書けまくっているはずだ。

これは絶対に嘘ではない、作り話ではない。ただ解らない事があるだけである。


Mが住んでいたのはⅠ棟の3階。Mはそこから、ベランダから飛び降りて骨折をした。

そして僕が飛び降りたから真似をしてみた、と話した。


これについて僕はなぜか「見られていた」と感じた。だからMが嘘を付いたとは考えていない。


ここで、そんなものは嘘だろうと考える人に、非常に有利になる情報がある。


Ⅰ棟で僕が住んでいたのは、5階である。

そして僕は今まで骨折をしたこともない。

アレルギー性の鼻炎にかかって近くの病院にかかっていたことぐらい。

あとは足の指の付け根をテープカッターで切って血を出し、母親におぶられて病院に行ったぐらいである。

そんな事がある人間が、5階から飛び降りて無事な筈がない。


やはり嘘だろう。


ではMは嘘をついたのか?何度も言うがそれはない。

そもそも僕が飛び降りるのを見たから真似をしたという嘘をついて飛び降りをする理由が何もない。

僕が飛び降りるのを見てMも大丈夫だと確信をして飛び降りて怪我をした。

Mの行動に関してはこう考えている。


では次に何故見られたのかと思っていた理由を思い出せる範囲で話してみる。


つまりそれは、自分が飛び降りたと確信していたということである。


僕はベランダから飛び降りた記憶はない。

ただ、ベランダから下を覗くと、妙な気持ちになることはあった。

ベランダに椅子を置いてそこに登り、身を乗り出して下を見る。

そこからはグラウンドのように地面が整地されたいつもの遊び場が見える。

真下は4つの入り口を繋ぐアスファルトの通路がある。


ジーッと下を見ていると、吸い込まれるような、引き込まれるような、目眩がする感覚を強く覚えた。

怖いとは思わなかったはずである。そのように思った記憶はない。今でもそうだ。

飛び降りても怪我をしないのならば僕は今すぐ飛び降りたい。なぜなら気持ちがいいからである。体が空間に投げ出されて落ちていくあの感覚に支配されるのはたまらない。


だが今それをしないのは絶対に怪我をするからである。痛いからである。高いところが怖いからできないのではない。


あの時の僕もやはり落下の誘惑に負けて飛び降りたのだろうか。


それならば何故無事でこうしているのか。

本当は僕は飛び降りなかったのか。

ではなぜMは僕が飛び降りるのを見たと言ったのか。だけどMがそんな嘘をつく理由はない。

僕がゲーム機をテレビに接続出来なかった事への仕返し?そんな訳がない。


過去、僕は幼稚園の先生に「今日お母さんが迎えに来るから」と嘘をついたことがある。

なぜだかわからないが幼稚園から一人で歩いて帰ってみたくなったのだ。その為にバスに乗らないための口実を作ったのだ。


もしその途中で何かあれば僕は行方不明の子供として扱われただろう。

母親や先生は、どう思うだろう。

そんな母親や先生の気も知らず僕はただ歩いただけなのに勇者のような気持ちを伴い団地への帰還を果たした。

その時の母親と先生の顔は、覚えていない。

どういう顔をしていたか見ようとも確かめようとも思わなかった。

自分のしたいことをしただけだ。心配も迷惑もかけることも考えずに。

母親も先生も大好きだったが、こういうことをしたらみんなが心配するということはあの頃の考えることが出来なかったのだろう。

子供だからそこは仕方ないなどとは思わない。

子供でも自分のために嘘はつけるのだから。


だからMもこんな感じの理由で嘘をついたというのだろうか。


少し話が逸れたので戻さなければならない。

自分のしたことであればこのくらいの事を言えるまでに覚えているのに何故飛び降りの事は記憶にないのか。


記憶や感覚なんてあてにならないと言ってしまえばそれまでだが、Mが飛び降りて骨折したことは事実だし、僕が飛び降りたから自分もやってみたと話したことも事実だ。

Mが嘘をつく理由もない。

だから僕は自分が飛び降りたことを証明しなくてはならない。



これは飛び降りたあとのことかもしれない、という記憶がある。これを書くタイミングをうかがいながら書いて、今ようやくそのチャンスになった。


飛び降りる時は当然裸足である。そして真下に飛び降りて、無事に猫のように無事に着地した。

多分直立のまま飛び降り、直立のまま着々したのだろう。体が曲がったとかバランスを崩したとかそういったことはないはずだ。


衝撃に関する感覚は覚えてない。もしかしたら無かったのかもしれない。


そしてそのまま入り口に駆け出し階段を登る。

裸足のまま部屋に入りまたベランダに戻る。

その時の、足の裏の冷たい感覚。足を拭かないと床が汚れる、と意識した記憶。


Mは、きっと僕の様に無事に着地すると思ってスリルのある遊びのつもりで、快感のために飛び降りた。


だけどMはその快感の予感を完全に裏切る苦痛を味わった。

骨折という、子供には身に余る苦痛、Mはまだ小学生にもなっていないのだ。どれだけ痛かったろうか。

テープカッターで足の指の付け根を切った僕よりも泣き叫んだに違いない。


今Mに会えたら、そしてその時の事を覚えていたらどういえばいいのか?


「あの時なんだかよくわからないけど怪我してないし普通に助かっちゃったんだよ、ごめんな」


そうなるとじゃあ俺はなんなんだ。

飛び降りても無事に着地してまたテクテク階段上って部屋に戻りました。

Mはその時の自分を見て飛び降り、怪我をした。

こんなの化け物だろう。


今こうしてものを書いているのはその怪異の中心たる特異点ということだろうか。


しかし、書いているうちにそんなことはどうでもよくなった。


俺が化け物だろうと別にいいじゃないか。

Mは命に別状が無かったんだ。

それでいいんだ。

俺のせいでMはとんでもないことに巻き込まれてしまったわけだ。

骨折して痛かったろうし、俺が飛び降りたことを話して信じてもらえなかったりして傷付いたかもしれない。周りの大人に幻覚を見たと思われたかもしれない。

だけどその幻覚の正体は俺の命知らずな遊びの実体なのだ。


Mを信じたら俺が飛び降りても平気な化け物になることは別に構わない。

一緒に女の子を追いかけ回していじめた仲だ。

そんな友達を信じるのは当然だ。

友達を信じる為なら俺は何者になろうが構わない。


俺はそういう男だ!どん!


でもなんで俺の母親は俺に、俺が飛び降りたかどうかをあのあと聞かなかったのか…?


おわり



これ以上書くことねぇな!と思い終わらせました。いや、幼少時の記憶ってかなり覚えてるもんですね。


しかし何故俺は飛び降りても無事だったのか。本当に疑問。

これは偶然と言ってしまえば終わる話かもしれない。

他にも飛び降りても平気だった人はいるのか?と思い「飛び降り 無事」で検索して出た記事になんと俺と同じ、5階から飛び降りて無事な人がその事を書いていた。

でも、その人は怪我をして入院をしていました。

うん、じゃあ怪我しなかった俺は?やっぱ人間じゃないじゃん。


ああ、それと今になって謎が増えたって話がどういうことかを話しますね。


この話を最近2chでしたんです。怖い話のスレだったかな。


みんな怖い話するんでじゃあ俺も何か1つってんでこの飛び降りの話をしたんですね。


そしたらアンカーが飛んできましてね、ああ怖かったんだなと思いそれを読んでみると、こんな主旨でした。


「読んでてゾッとした。

自分も団地に住んでて弟がそういって飛び降りたことがある。怪我はしなかったけど、飛び降りた理由を聞いたら今言ったような事を言っていた…。」


と。


これを聞いたとき自分は割と冷静でした。

「ああそういうこともあるんだな、自分のところだけの話じゃないんだな」と。


まるでSが転校すると聞いたときやMが飛び降りたときみたいに。

やはり子供の時の性格って大人になっても変わらなすぎる部分があるんだなと思いました。


実はこの文章を書いてみようと思ったのはこの投稿と返信がきっかけでした。「だったら他にもこういう体験をした人はいないのかな」と考えました。

子供がこんな感じに飛び降りるなんてそうそうある話じゃない、と。


だけど書いていくうちに、いや、別に怖くはないな、不思議ではないなという風に気持ちが変わっていってしまったんですね。

謎でもなくなったなー。みたいな。


それはこれを書いてるときに後に高所平気症という言葉を知ったことでも、僕もMもそれだったのかなという考えが出てきたり。

(ものを書こうとする人間としてはそのように説明がついてしまうのも釈然としない気はします。ていうか社会的な説明を小説語に置き換えるのが小説を書く楽しみではないのかと。

それに飛び降りたくなるような心理を思い起こして描いたところは、高所平気症という言葉を知る前だったことを考えれば知ったあとでそれを書くことは、出来なかったかもしれない。書く内容を奪われたかもしれない。

知ってしまえばその心理を詳しく書けなくなるのではと考えれば、何かを知る前と知ったあとでの書けるものの違いに気を付けるのは大事だろう)


僕が5階から飛び降りて怪我をしなかったのも、僕が凄い男だからでしょう。それに僕が飛び降りてなかったとしたらMが見たのはなんだったんでしょう。


子供は人の真似が大好きです。

人の真似をして自分の存在を継続させる手段にします。


Mは僕が飛び降りてなにも怪我をしなかったのを見て安心して飛び降りた。僕の書き込みに返信してきた人の弟さんもそうだったのでしょう。

飛び降りても無事な人がいたから、その弟さんも飛んでしまった。

今、「その弟さんってMの事なんじゃ…」って思った人がいるかと思います。

そんなホラー小説みたいなオチあるわけないじゃないですか。


Mは長男でしたし、その返信をしてきた人の弟さんは飛び降りたけど怪我をしなかったとのことなので別人です。


別の可能性として「自分の話に合わせた嘘じゃないか、他の人の話にも合わせてるんじゃないか」と考えてその人の、僕に返信する前の書き込みを見たんです。


そしたらそんなことはなくて、自分から話してる怖い話が一つありました。それはこうです。


「子供の頃団地に住んでいた。

ある日父親が『押し入れから誰かが覗いてる』と言っていた。

そういうことが続いて父親は堪えられなくなって、あるとき押入れの襖を蹴破ってしまった。

するとその夜、老婆が自分に馬乗りになって首を絞めてきたと翌朝父親が言ってきた。首にも絞められたあとがあり、怖くなった。」と。


流石に、これ嘘じゃないかこれはと思いました。いくらなんでも押し入れに老婆は…と。

幽霊かどうかは解りませんが家賃の折半くらいは交渉可能な存在と言えるでしょう。


とまあ冗談はこのくらいにして、この話を聞いたとき、それで僕の中のもう1つの「そういう話」の記憶が甦ってきたのです。


そう、押し入れにまつわる話です。


いつのことかはわかりません。きっかけがあったのかもわかりませんが。でもその時の記憶はハッキリとしています。


当時は家族四人で一番大きな部屋に寝ていました。

一番南から父親、僕、母親、妹と並んでいて、部屋の端は押し入れになっていて襖になっています。

それ以外は別に何もない普通の部屋。でもそういう事があった部屋です。


それがいつからだったのか定かではありません。


夜寝ていると押入れの辺りから何か音がするのに気づいたのです。

襖がガタガタというか、表面を軽く叩いているような音がしているのです。

ブァンブァンブァンというようなボンボンボンというような、それほど力の入ってない音でした。


その時は気味が悪いと思いながら、だけどもいつのまにか眠ってしまっていました。


次の日にそれを母親に話しても妹の寝相が悪くて襖を蹴ってるのだろうと言われる始末でした。

子供ながらにそうだとしてもあんな規則的な鳴り方をする筈はないと感じていました。


そしつまたある夜、妹が襖のそばにいないときに鳴るもんだからああなにかいるんだと思って、じっと身を堅くして隣で寝てる父親のそばを離れませんでした。


部屋の電気は完全に落としていませんでしたから、僕は襖からなにか出てくるのではないかと恐怖に駆られていました。

その時はその怪異の正体を吸血鬼とか狼男等のモンスターと思っていました。

ああいうのが押入れにいるんだというイメージに囚われていました。

再放送でアニメの怪物くんをやってたからでしょうか。

アニメじゃないマジのやつだと。

だから呪怨の俊雄くんなんかを想像してしまってたら発狂したと思います。ましてや老婆なんて。

その時に呪怨がなくて良かったです。


それでも日にちが経つといつの間にか音はしなくなっていました。

襖からわずかに視線を外し、戻した視線の先に何かがいることを恐れ、視線を反らすまいと、ガタガタ鳴る襖を一点に凝視してた僕の眼力に怪異が恐れを為したのかもしれません。それは勇気といっても良かったでしょう。


押入れの話は以上です。

このせいで僕は今、家の押入れを開けっ放しにするようになりました。クローゼットもオープンゼットです。


にしてもネットでのやりとりとはいえ団地で飛び降りと押入れの話が被るものでしょうか。

団地あるあるなのでしょう。

かといって実際に飛び降り自殺をする人がいるのであまり茶化すことは出来ませんが。

僕は自殺願望はありませんでしたけどね、あれは命知らずの遊びです。

一番恐ろしいのは、どんな事でも遊びだという前提で生きているあの頃の僕のような子供なのでしょうね。



ようやくまとめられたので本当におわり。


しかし不思議なことはやはりあるものですね。

書き出しだと今でもなんたらいってますけど結論としては、僕はやたらタフでよっしゃラッキーなキッズだという事実に行き着くのでしょう。

ただし今は怪我をしないのだったらすぐに飛び降りしたくなるcrazyな大人になってしまいましたが。

酒とかそんなことになりそうで怖くて飲めませんけどね。

もしかしてあの時怪我をすることを考えずに飛び降りたから怪我をしなかった、とか。

脳の作用だとかその辺りで。

Mも怪我をすると思って飛び降りたわけではなかったろうし、だから骨折したのは個人差とか。


ああ考えてもキリがない…

だからこの話はここで終わりです。おわりにします。

謎は解けてませんが、仕方ありません。仕方ないのです。

しかし自分の身に起こったことなのにわからないことがあるのは悔しいですね。


それにしてもここまで長いものを書いたのは初めてでした

思い出中心になるからさほどの量にはならないと思いきや、書き方次第で文章量を伸ばせるんだなと。それは情報の書き方、置き方がキーになるのかなと思いました。

今後はこれ書いてるときに気付いた事を踏まえながら考えていこうと思います。

今回、また小説を書ける男に近づいた気がします。



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