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プロローグ

 社会人俺、19歳。

 昔の趣味、格闘技。


 新たな趣味。


 ゲーム。


(こんなおもろいもんが世の中にあったんか!)


 現代にタイムスリップしたての爺みたいな事を言ってるが、マジで今までゲームになんて触れたこともなかった。


 家庭は厳しく、この手の娯楽を忌避させるような発言を両親はしてきた。その代わり、「男なら強くあれ」と言わんばかりに空手やら何やらやらされる。


 すると段々指導も厳しくなってくるってもんで。

 世界大会やら何やら出たり、総合格闘技やらされたり、何なり。


 もうやってられるかってことで俺は、18の時に親から離れ、19歳現在まで一人暮らし。


 仕事は現場で足を組む。しかし、同僚とは馬が合わん。

 夜中に市街地を走ることが趣味らしい。

 騒音鳴らして、ツレと走るんだとさ。


「人に迷惑をかけて楽しむ趣味って、成立して良いのか?」

 と俺が言うと、案の定、殴り合いの喧嘩になった。


「……お前、雑魚いのになんでそんなにイキるんだよ」


 ボコられて怯える珍走屋を尻目に、俺はその職場を辞めた。

 

 新しい職場でも人との関わりは、必要最低限関。アパートで一人きりの生活。


 そんな無為な日々の中で出会ったのが、ゲームだった。


 格闘技は危なくてヒリヒリするが、怪我もするし痛い。

 その点、ゲームは痛い思いをしなくても同じくらいヒリヒリ出来るし、何よりめちゃくちゃ楽しい。最高じゃん。


 

 キャラクターには『レイン』と名付けた。


 現在、俺はMMORPG『エリクシア』をプレイ中。


 職業はまさかの僧侶。

 闘いよりも、何故か慈愛の心が専攻して俺は人々を癒すことに専念するようになるという訳の分からん改心。


(神のお導きを……)

 なんて思いながら、なりきり僧侶プレイをしていると。


 ピンポン♪

 

 玄関から。


 ドアスコープから外を覗くと、そこには見知らぬ若い女が立っていた。不安げに下を向いている。


「夜分遅くにすみません……。あの、スマホを落としてしまって……」


(……マジか。こんな時間に女の人が一人で?)

 怪しいと思いつつも、ゲーム内で慈愛の僧侶をプレイしている俺だ。困っている人を前にして、ドアを開けないわけにはいかない。


「はーい、大丈夫ですか?」


 勢いよくドアを全開にした俺の前に立っていたのは、怯えた様子の女――だけではなかった。

 彼女のすぐ後ろから影がヌッと現れ、女の肩を突き飛ばすようにして前に出てきた。


 以前職場でボコった、あの珍走屋の元同僚だった。後ろにはバットや鉄パイプを持ったガラの悪い連中が数人。


「優しいお兄さんでよかったぜぇ……おい」



 瞬間、腹部に焼けるような熱さと、鋭い痛みが走った。

 格闘技を極めていようが、狭い玄関での不意打ち、それも女を餌にした刃物相手に無傷でいられるわけがない。

 崩れ落ちる視界の中、連中の笑い声と足音が遠ざかっていく。


(ゲーム……もっと、やりたかったな……)


 それが、俺の現実世界でのあっけない最期だった。


◇


 冷たいアパートの床で息絶えたはずの俺が、次に目を覚ました場所。

 そこは病院の集中治療室でも、あの世の裁判所でもない。


 高い石造りのアーチ天井。鼻をくすぐる煙草と香草の入り混じった匂い。

 見下ろせば、作業着ではなく粗末な麻のローブを纏った自分の体。

 そして視界の右隅には、半透明のウィンドウが淡く発光していた。


【名前:レイン】

【職業:僧侶】

【レベル:1】


(……は? これ、エリクシアのステータス画面じゃねえか)


 体を起こして外へ出ると、そこにはさっきまでPCのモニター越しに眺めていた『始まりの街』の光景が、生々しい現実として広がっていた。


 死んだはずの俺は、自分がプレイしていたゲームの世界に、自作のキャラクター『レイン』として転生してしまったのだ。


(おいおいマジかよ……テンプレの異世界転生か?)


 呆然と広場の噴水を見つめていた、その時だった。


「やあ、君。僧侶だよね?」


 声をかけてきたのは、眩いばかりの金の鎧に身を包んだ、金髪の優男だった。

 腰には立派な長剣。自信に満ち溢れた爽やかな笑顔を浮かべている。


「見たところ、まだパーティーを組んでいないみたいだけど……どうだい? 僕たちと一緒に来ないか。僕たちは将来、絶対に魔王を倒すんだ。君の回復が必要なんだよ」


(魔王討伐……? 会ったばかりの俺に、回復が必要だって?)


 家族とも、職場でも孤立し、誰からも必要とされずに刺されて死んだ前世。

 そんな俺にとって、「お前が必要だ」という言葉は、あまりにも甘美な毒。


「ちょうど初期配布のステータスポイントとスキルポイントがあるだろ?」

 金の鎧の剣士――のちの勇者は、人懐っこい笑みを崩さずに俺の肩をポンと叩いた。


「筋力や耐久なんて振らなくていいからね。敵の攻撃は全部、僕が前に立って防いであげるからさ。だからレイン、君は僕たちのために【魔力】と【信仰】だけに全部振ってほしいんだ。回復魔法も一番いいやつを優先して取ってね。『頼りにしてるよ、レイン』」


(頼りにしてる、か……)


 誰かに頼りにされる。自分の居場所ができる。

 その喜びに目が眩んだ俺は、疑うこともなくステータス画面を開き、言われるがまま全てのポイントを【魔力】に注ぎ込んだ。

 スキルポイントも、自分の身を守るような近接スキルには目もくれず、味方の傷を癒す支援特化ツリーへ惜しげもなく捧げた。


(俺がみんなを支えるんだ。完璧な回復役になって、この人たちの期待に応えてやる)


 ――今思えば、これが全ての破滅の始まりだった。

 パーティーのためにと信じ込まされ、HPも腕力も物理防御も初期値のまま放置された、絵に描いたような紙装甲モヤシ野郎。

 一人になった瞬間、スライムの体当たり一発で致命傷を負うような『歩く即死トラップ』を、勇者の甘言に乗せられて自らの手で作り上げていたのだ。


 

 ◇

 

 

 僧侶なんて職業は、どのMMORPGでも、そして現実となったこの異世界でも、昔から人気がない。


 派手な剣技もなければ、敵を一掃する大魔術もない。死霊術師のように地獄のもんを開き、魔物を召喚することだって出来ない。前衛の影に隠れて、泥臭く味方の傷を塞ぐだけの裏方。


 それでも俺はこの役目を誇りに思っていた。

 戦況を見極め、ギリギリのタイミングで回復をねじ込む。崩れかけた前線を一手で立て直した瞬間、言葉にできない達成感があった。

 大それた事は言えないが、気持ちは影の指揮官だ。誰かに必要とされている実感だけが、俺の生きがいだった。


 ……けれど、たまにチクリと刺さる言葉を投げられることもある。


 あれは、勇者パーティーの一人、戦士へヒールを飛ばしたときのことだ。

 死線をくぐり抜けた後、彼は悪気のない笑みでこう言った。


「薬草節約できたわ。ありがとうな」


 薬草。道具屋で買えば、たったの3G。


(俺の祈りと技術は、3Gと等価値なのか?)


 じゃあ俺が「ありがとう。鉄の剣並みにいい攻撃だったよ」と返したら、お前はどう思うのか。

 人間をただの消耗品や道具として扱われて、嬉しいやつがいるのか。


 そんな割り切れない思いを飲み込みながら、俺は必死に腕を磨き続けた。


 やがて名を上げ、王国最高峰と謳われるパーティーの一員として、ついに魔王討伐という偉業すら成し遂げた。


 だが――待っていたのは英雄の椅子ではなかった。


「悪いが、君はここまでだよ」


 王都へ戻る凱旋の道中、リーダーの勇者は冷たく言い放った。

 理由はいくらでもつけられた。

 特にトドメとなったのは錬金術師の存在だ。

「錬金術師の台頭で、高品質な回復薬がいくらでも買えるようになった」「アイテムで即時全快できる今、枠を食うだけの僧侶は非効率だ」。


 一番むかっ腹がたったセリフはこれ。


「もう君は守られないとすぐに死んじゃう、歩く回復薬そのものなんだよね。それじゃあ」


◇


 命懸けで支えてきた年月も、魔王を倒した功績も関係ない。

 使い道がなくなれば、3Gの薬草と同じように路傍へ投げ捨てられる。


(やってられるか)


 他人に必要とされることに縋るから、俺は足元を掬われるんだ。

 次は一人で生きていける力を身につけてやる。

 誰の手も借りず、誰の顔色も窺わず、己の力だけで生きていく――。


 そう誓って飛び出し、単身で魔境へ足を踏み入れた。


――そして一日後。


「普通にスライムクッソつえええ!!!!!!!」


 魔境という名の最初の草原で普通に苦戦。

 格闘技以前にフィジカルが雑魚過ぎるのが現状の俺。


(クソ! スキルポイントとステータス割り振りを完全にミスった!)


 勇者に言われるがまま、あいつらを守るためだけにステータスは魔力信仰全振り。


(その他ステータスは初期値の雑魚です!)


「やばい! 二体目のスライムだ!」


 かくして俺は、雑魚のスライムどもに囲まれてボコられて、普通に死ぬ。

 前衛のいない支援職が一人で生き残れるほど、この世界は甘くなかったということだ。


(ムキになって回復をしないまま死ぬとかアホ過ぎる)


 地面を転がる視界が暗転していく中、最後に残ったのは、凍りつくような虚しさだけだった。


(一人残されて死ぬだけか)


 終わりだ、終わり。やってられるか。


 現実世界でも、この世界でも、俺は一人で誰にも必要とされずに死んでいくのだった。


◇


「……おい、生きてるか?」

 声で目を覚ますと、そこは見覚えのある青空と、冒険者が行き交う見慣れた石畳。始まりの街だった。

 ステータスを確認すると、レベルは「1」に戻っている。

 

(死に戻り……最初から、やり直しってことか)

 

 呆然とする俺の前に、一人の剣士が立っていた。

 輝くような金の鎧。自信に満ちたその顔は――かつて俺を用済みだと切り捨てた、あのリーダーの若き日の姿だった。


「君、僧侶だろ? 見たところ一人みたいだが……どうだ、俺たちのパーティーに入らないか? 将来、絶対に魔王を倒す気でいるんだ」


 あの時と同じ、無邪気で残酷な笑顔。

 他人に縋り、使い捨てられ、最後は一人で無様にスライムに負けた記憶が脳裏に蘇る。

 俺はゆっくりと立ち上がり、かつての仲間の顔を真っ直ぐに見据える、いや、睨みつける。


「悪いなクソゴミ。息が臭いから呼吸すんな」

「く、臭い……?!」


「歯を磨け。糸フロスをしろ。舌を磨け。魔王戦以前の問題だ。」


「……他に声をかけるとするよ」

(ザマァ見晒せクソ野郎!)


 その後俺は振り返ることなく雑踏の中へ歩き出した。


 後方で勇者が「僕って息が臭いのかな?」と魔法使いに聞くと「……仕方がないよ」と以前からほぼ口臭勇者公認であったことが分かる。


「よっしゃ。まずはレベル2からだ」


 人生ハードモードだ。ローブを着たチンピラ僧侶。

 こんなやつに声をかける物好き、あの性悪勇者しかいねえよ。大方、使い勝手の良さそうなカスだと思われたんだろう。

 でもあんな奴の言いなりにはもうならんぞ。


(ステータス確認っと)


 初期魔法は『回復魔法【極小】』。


「これだけで、またあのスライムにリベンジしなきゃならんのか」


 それにまだまだリベンジすべき相手はいる。

 さっきの息臭勇者に錬金術師達。


「なんで、僧侶を差し置いて錬金術師なんてもんが実装されたんだろうな」


 神に仇なす者か、はたまた思惑があるのか。


「全員やってやるよ。この僧侶である俺様がな」

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