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旅立ち

 卒業の次の日、私は――いや、泉族も普通の人間も関係なく、多くの人が一所に集まっていた。

 神――双結そうけつからの発表があるからだ。

 元王族の所有となっていた、元留家が管理していた泉のほとりに双結が立っている。


「察している者も多いだろうが、今日はしばらく空いていた席を埋める人間を発表する」


 周囲の人々に困惑した様子はなく、みな期待の眼差しで双結を見ている。

 ちらちらとこちら視線を感じるのは、私の傍に慶透けいとうがいるからだろう。誰を導師にするかといった話になった時、真っ先に名が上がるのは慶透だ。

 当の本人はいつも通り、周りの人間になど目もくれずにただ前を見つめている。どちらかというと、慶透とは反対隣にいる炎陽えんようの方が身を固くしている。


「まずは導師。これにはれい慶透を命ずる」


 期待通りの発表に、周囲から歓声が上がる。


「おお、麗家の次男だ」

「とても優秀だものね」


 慶透は視線のあった双結に礼をし、元の姿勢に戻る。


(慶透も予想はしてただろうし、もしかしたら双結と先に話してたのかも)


「次いで、王だ」


 急に歓声が消え、しんとする。


「また地上が二つに分かれるような事態にならぬよう、俺の存在が危うくならぬよう、神をつなぐ役割を持つものとして王を命ずる」


 双結は地上の魔を管理していた。だが、花の子が何度も周りの人間によって不幸な目に遭うので、地をわけた。

 彼が乱れれば魔も乱れる。双結によれば彼自身の存在は神の理に入らないとのことだが(そのせいで存在できなくなるという事態が起こる)、もし双結が消えてしまうようなことがあれば、彼という形を失うことがあれば、困るのは人間だ。

 今回の事態を正しく把握していない人々も、魔の神が生まれるかもしれない危機があったことは認識している。文句を言う者はおらず、むしろ納得を示す人間が多かった。


「また同じことを繰り返すのはごめんだ」

「やっと正しい神様が戻ったのだもの」

「神をつなぐとなれば、もちろんあの方だろう――」


 またこちらに視線を感じる。今度は私に向けられている。


(気持ちはわかるけど、私は王になるなんて考えてない。それに、慶透にもそう言った)


 自分が花の子と呼ばれる存在だと知った頃だろうか、王女に呼ばれて王宮に行った帰り、元王子、紫蓮しれんに呼び止められた。そして王になりたいかと問われた。

 今思えば、王子はあの段階で過去に何があったのか、私がどういう存在であるのかを全て知っていたのだろう。

 私が答えられないまま慶透に連れ帰られた後、彼は私に確認した。王になる気があるのか、と。当時もその気はなかったからないと答えた。

 慶透がどうしてそうんなことを気にしていたのかは結局わからなかったけど、あの時の慶透はとても真剣だった。


「王は――けい炎陽」


(え?)


 予想外の人物の名に、思わず本人を見てしまう。


(緊張していたのは、これを知ってたから……?)


「炎陽は花の子であるぎん公清こうせいと結婚する。花の子の家族であれば、私を留めることができるだろう」


 双結はそう言うが、周りの人間は慶透の時のようにはいかなかった。


「五家の人間ではあるが、そこまで目立った活躍は知らないぞ」

「卒業したばかりだから――」

「それでも慶透様は泉族じゃない俺でも話を聞いたことがある」

「どちらかというと拓家の息子の方が優秀だと思うが……」

「それに、やはり花の子である公清様の方が相応しいのではないか」

「そうだ、慶透様とも朋泉だと言うし」

「結局この地を一つにしたのは、公清様ではないか」


 そういった人々の囁きに、双結が溜息を吐く。


「これ以上俺の子に苦労を押し付けるな」


 僅かながらも怒気のこもった声に、囁き声はぴたりと止んだ。


(でも、炎陽はいいの?それに啓家の跡継ぎは?)


「では二人とも、前へ」


 声をかけることはできず、二人は双結の所に行ってしまった。


「――公清様」


 人々がまた口々に言葉を交わし始めたところで、雑踏から声が聞こえた。


獅裂しれつ様……?」


 卒業後は初めて会うが、間違いはないだろう。泉師せんしの証である紫の組紐を身につけられる人物は限られている。


「敬称はお止めください。

 実は、炎陽様に頼まれて近くに控えておりました」


 導師に慶透、王に炎陽が選ばれれば、二人と一緒に来ていた私は一人になってしまう。

 師匠は双結の儀式の手伝いに行っているし、楽平らくへい賢奨けんしょうも今日は任務で参加できないと言っていた。


「事情についてもご説明できればと思います」

「ぜひ、お願いします」


 啓家の跡継ぎの縛りは厳しかったはずだ。後継者として相応しくなれるようにとあんなに努力してきた炎陽が王に選ばれたら、啓家はどうなるのだろう。


「そう不安な顔をせずとも大丈夫ですよ。

 実は私が、啓家の養子となったのです」

「あなたが……」


 最終手段としての養子を啓家が取ったのか。


「最後の戦いの前の話です。炎陽様はどうしても、あなたが戦われる場に行きたかったようで」


 獅裂の言葉は砕けていて柔らかかった。


「並の覚悟ではありませんよ」


 どうして、炎陽が昨日に結婚の話をしたのかわかった。どうしてそれが最後の機会だったのかも。

 この発表のためだ。

 私が炎陽の話を受けたから、炎陽は王に選ばれた。私と結婚するという理由を使えるからだ。

 もし私が受けなかった場合、王の座がどうなっていたかはわからないが、炎陽が選ばれることはなかっただろう。そして、皆に望まれていた獅裂を養子にとった啓家にも、居づらくなるはずだ。


「実のところ、私は炎陽様を疎ましく思っていました。実力は私の方が上なのに、私は五家の当主にはなれないから」


 意外だった。堅玄けんげんが炎陽と獅裂を評価した時、彼は堅玄を諫めていたはずだ。


「お恥ずかしい話です」


 それだけ、彼に分別があったということだろう。

 どう感じようとも、彼がそれを表に、炎陽に出さなかったのだから、特に恥じる話でもないはずだ。


「けれど同時に尊敬もしていたのです。努力する姿は誰よりも近くで見てきました。だからこそ、実力で勝てているのだという思い上がりも生まれましたが。

 けれど今は炎陽様の方がお強いです。あの戦いで何があったのかは詳しく知りませんが、泉力の器も大きくなられたようですし」


 たしかに、炎陽が助けに近寄ってくれた時、以前の彼とは違う感じがした。


「きっと、公清様の存在が炎陽様を強くしたのです。お二人が一緒にいられるのは、良いことだと思います。

 どうか、啓家のことは心配なさらず、お幸せになってください。炎陽様をよろしくお願いいたします」


 獅裂は微笑んで、深々と礼をした。

 任命の儀式が終わって慶透と炎陽が戻ってくると、獅裂は何事もなかったかのように、二人に挨拶をして場を去った。


「驚いたか?」


 いつものような揶揄う口調で、それでも心配そうに炎陽が訊ねる。


「うん。何も知らなかったから」

「悪い。お前には余計なことを考えて欲しくなかったんだ。命神めいしん様とも事前に話して、そう決めた」


 いつだったか、双結に今後どうしたいか訊ねられた。それもきっと、このことに関係していたのだろう。


「炎陽は、これで良かったの?」

「ああ。俺はお前と一緒になれるからな」

「でも……」

「役目なら気にするな。五家にしても王にしても責任は生じる」

「それはそうかも知れないけど」

「それ以上言うな。俺がしたくてしたことだ。お前ほど王という役目に後ろ向きではない」


 炎陽は本当にそう思っているのだろう。幼い子を言い聞かせるように、優しく私の頭を撫でる。


(乱暴じゃない方の撫で方だ)


「うん、じゃあ、おめでとう?」

「ああ、ありがとう」


 炎陽は私を抱きしめてから、そっと離れた。


「もう一人、祝わないといけない奴がいるな」

「うん」


 じっと私達の様子を見ていたのは慶透だ。


「慶透、導師になるっていう目標を達成できたね」

「ああ、予定よりは随分と早くなったが」


 慶透は僅かに微笑む。表情がわかりにくいのは相変わらずだが、入学当初よりは表情が解れやすくなった気がする。


「おめでとう、慶透」

「ありがとう、公清」


 祝われたのは慶透のはずだが、彼は何故か懐から布を取り出して、私に差し出した。


「これは?」

「君への贈り物だ」


 折られていた布を、慶透の綺麗な指が開いていく。


「卒業しても私達が朋泉ほうせんであることに変わりはない。それでも、そう意識する機会は減っていく」


 それはそうだ。学校では何でも朋泉で行動するけど、卒業すれば派閥に戻ってしまうことの方が多い。


「材料は君を想う少女にいただいた。私は彼女と理解し合うことは難しいが、君を大事に思う気持ちは変わらないと思えるようになった」


 布に包まれていたのは、ぎょくの腕輪だった。


「彼女が商人から買ったので、個人のものとして残ったという。立派な大人になれるまでは会わないつもりだが、卒業を祝う気持ちを伝えたいと」


 菫色の玉は光を良く通して、綺麗だった。


董華とうか様……)


 紫蓮しれんについては、よく民と交流していたそうで元王家であっても受け入れられているが、董華は王宮から出たことはない。その後については噂も聞かなかったが、どうやらきちんと育てる環境にいるらしい。


「加工前の原石をそのままいただいたので、泉力を使う際にも役立つだろう」


 慶透がそこから加工したということだろう。玉はどれも綺麗な球体で、大きさも揃っている。


(慶透は何でもできるなぁ)


 腕輪を受け取り、早速身につけると、腕に馴染む大きさだった。


「問題ないな。

 大きさを調整するのであればそのまま輪を作ればよかったが、君には私のことを思い出してもらいたいので玉の連なりにした」

「何か関係ある?」

「私と君が朋泉である証だ。九番だっただろう?」


 九番。

 入学当時、朋泉を確認するために割り振られた番号だ。


「だから、九連の玉なの?」

「やはり、覚えていたな」


 慶透は微笑んでから炎陽を見た。炎陽は降参した風に肩を竦めてみせる。


「朋泉だから、だろ?」


 私と慶透が口にしようとしていた言葉を、先に炎陽が取ってしまった。

 私は慶透と顔を見合わせて、笑い合う。


「そう、私達は朋泉だからね」



*



 卒業から二年、炎陽は立派に王としての責務を果たしている。

 慶透より先に楽平と賢奨を打ち解けていたように、彼は人と関わるのが上手いのか、紫蓮たちと連携して動けていた。炎陽について啓家を出た丈拳じょうけんが支えているのも大きいだろう。

 民が受け入れた姿を見て、私は長年の夢だった旅に出ることになった。炎陽も快く見送ってくれた。


 出発前に、杏肇きょうけいの墓に立ち寄った。

 私が成人を迎えてから、学校で使わせてもらっていた剣も棺に納めて大々的に葬儀を行った。本来はあまり物を入れないのだが、本人の身体は土に還った後だったのでその代わりとして剣が入った。

 今は双結そうけつの宿った精霊剣せいれいけんが、私の剣を務めてくれている。

 師匠はそれまでどこか思い悩んでいたところもあったようだが、区切りがついたのか、疲れや悲壮感が消えた。弟の死に関する後悔が弔いによって、少し軽減されたのだろう。

 墓参りの今日は、とても穏やかな顔で、何か楽しそうに伝えているような様子だった。


 次に訪れたのは麗家だった。

 導師として忙しくしている慶透が久し振りに家に戻っているので、挨拶していく。


「こんにちは、杏澪きょうれい様、公清」


 出迎えてくれたのは慶青けいせいだった。

 師匠は軽く礼をした。


「お久しぶりです、慶青様」

「慶透を呼んでくるから、少し待っててもらえるかな?」

「はい、ありがとうございます」


 しばらくして慶透が現れたが、その顔はどこか不機嫌そうだ。

 その理由は直ぐにわかった。


「兄上……」


 二年で少年らしさが消えてはいるが、やはり母に似ている。

 兄は話しかけようとして止め、代わりに私の後ろ、師匠を見た。


杏澪きょうれい様、私は――雪家が、杏肇様に、そして妖にしたこと――」


 師匠は私の前に出て、兄の口の前に手をかざした。


「止めなさい。君自体は何も犯していないのです」


 兄の前にかざした手を、そっと兄の肩に置いた。


「慶青を手伝い、重篤な状態に陥った人の魔を浄化している話はよく聞きます。これからも人のために励んでください」

「はい、ありがとうございます」


 師匠は頷いて、また後ろに下がった。

 兄は私を見たが、中々言葉が出ないようだった。

 そういう私も、何を言えばいいのかわからない。


「そうだな、君の師として、私も見本を示せるようにならないと」


 慶青はそう言って、不機嫌そうな慶透の前に立った。


「兄上?」

せい、ずっとごめんな。私は立派な兄でいてやれなかった。それでも私を兄と慕ってくれてありがとう」


 慶青が慶透を抱きしめると、慶透の顔から不機嫌は消え、代わりに困惑が浮かんだ。その内にそれは喜びに変わり、兄の背中にぎこちなく手を回す。


「いえ、兄上。兄上はずっと私を気にかけてくださっていた」

「そう言ってくれるか」

「はい、もちろん」


 慶青は嬉しそうに慶透の頭を撫で、兄を見る。


こう、君も伝えたいことがあるだろう?」


 兄は覚悟を決めたようで、拳を握り締め、私を見る。


よう、俺は数年の間で、少しは人の役に立つ人間になれたと思う。行く先々でお前の話を聞くと、俺には勿体ないくらいの妹だと思う。

 それでもお前は、俺を兄と呼んでくれるから、そんなお前に相応しい兄になれるように頑張ろうと思う」


 兄は知らない。

 そうやって当然のように私を妹と呼んでくれることが、どれだけ嬉しいのか。


「兄上、私はこれから色々な場所を見て回りたいと思います。もしかしたら、私が兄上のお話を聞くこともあるかもしれません。

 兄上が、どう成長されるのか楽しみにしております。兄上も、私を見ていてくださいね」


 兄は、大きく目を見開いて、その綺麗な瞳を潤ませて私を抱きしめた。


「妖……!無事に帰って来てくれ。

 愛している」

「私も、愛しています、兄上」


 魔に飲まれそうだったあの時よりずっと自然な愛の言葉に、兄が私をどれだけ想っていてくれていたのかよくわかる。


「さて、そろそろ行かねば」


 師匠の言葉で体を離す。

 兄はハッとして涙を拭っていたが、止まらないことに気づいたらしく諦めた。慶青が笑って布を差し出していた。

 師匠は、眩しいものでも見るかのように、私達を見ていた。もしかしたら、師匠も杏肇を思い出していたのかも知れない。


「妖、君の無事を祈っている。また、君に会いに行く」

「誠、ありがとう。私達は離れていたとしても、共にあると誓うよ」


 腕の玉を示すと、慶透は満足そうに笑った。


「旅から帰ったら、銀家より先に麗家にお邪魔することになりそうですね」


 師匠はにこりと微笑んだ。


「では、行ってまいります」

「行ってまいります」


 師匠に続いて挨拶をすると、


「行ってらっしゃい」


 三人で見送りの言葉をくれた。



*



 かくして、泉師学校を無事卒業した私は、二年遅れてしまったけれど師匠と旅に出ることができたのである。

 花の子とその師匠を見たという話は各地で聞かれたが、たまに導師もあわせて三人を見たという話もたくさん聞かれたとか。

これにて終了です。

拙い文ではありましたが、楽しんでいただけていたら幸いです。

かなり間隔が空いてしまいましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。

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