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92話 鷺銅山にて


 永禄4年(1561年)1月 出雲 神門郡 鷺浦村 鷺鉱山



「ようは、費用対効果の問題なのよ」



 無事に出雲に戻って来て、正月には重臣一同を集めて宴会をしました。そこで、広橋卿から官位を与えて貰う儀式も併せて行って、無事に重臣たちにも箔を付けることが出来て、これで一安心というところでしょうか。


 それで、正月ですから、杵築大社に参拝する為に足を運びました。そのついでに、鷺銅山へとやって来たのです。領内を見まわって、領内の産業が上手く行っているのか、チェックするのも為政者の務めですしね。

 永楽銭の私鋳も尼子の懐を潤してくれる重要な財源なのですから、視察するのは当然であります。まあ、鷺銅山が杵築大社から、北に一里しか離れてない近所だったので、視察するのに都合が良かったという単純な理由で、選んだだけなんですけどね。


 それで、いま私が垂れた能書きは、俗に言う南蛮吹きとか南蛮絞りと言われている、銀の抽出法に対しての能書きなのでした。神屋が伝えた灰吹き法に似ていますけど、ひと手間余分な工程が掛かっている分、採算は悪いのですがね。

 しかも、吹き絞る相手は銀鉱石じゃなくて粗銅なのですから、銀の含有量も推して知るべしですよね?


 私が視察して質問したら、粗銅を鉛と一緒に一度融かして合金を作り、その合金を銅は融けずに鉛が融ける温度まで再度加熱させて、合金から鉛を分離させるのです。その分離させた鉛には銀が含まれているのです。

 そして、その鉛を今度は骨灰の上で加熱させて銀を取り出すのです。が、問題は粗銅に含まれている銀の含有量が問題なのですよ。


 銅から取り出せる銀の量を聞いて、思わず眩暈がして頭を抱えてしまいそうになりました。それで、口を挟んだ次第なのであります。



「姫様、費用対効果とは、なんでしょうか?」



 あちゃー、まだちゃんと費用対効果の概念が浸透してなかったのか。民間の商売ではなくて、尼子家の直轄の銅山だから、さもありなんということでしょうかね? しかし、これでは不味いのだ。いまは良くても、こんな非効率的な運営をしていたのならば、

これが民間の会社であったのならば、やがて倒産してしまうではありませんか! 旧ソ連や中国の国営企業と同じと言えるかも知れませんね。旧国鉄も似たようなモノでしたか。


 つまり、ダメダメってことなのです……



「銅を融かして銀を取り出すのに、掛かる費用が適切なのかということだよ。つまり、銀を取り出すのに必要な燃料と鉛と骨灰や職人の人工賃とか、それら全て含めて掛かる銭の値段よりも、銀を取り出せているのか?ということね」


「ふーむ、それは考えた事もござりませなんだなぁ」



 そりゃ、隣で大規模に私鋳銭なんぞ造っていれば、コストの概念なんて生まれる訳もないのかも知れませんね。これは、教育を徹底できなかったツケが回ってきたということですかね?

 私の身体は一つしかありませんので、当然ですけど全部の面倒は私一人では看きれませんし、仕方がないのかも知れませんが。しかし、これは、早急に教育を施した若手の役人の育成が急務ですよね。



「仮に、粗銅一貫から銀を千分の一は、一厘だから一匁か。銀を一匁取り出せると仮定しても、精々が石炭と鉛と骨灰の使用量ぐらいしか賄えないのじゃないかな?」


「な、なるほど……」



 これでは、職人の人工賃分だけ赤字確定なのであります。これならば、銀を抽出しないで銅のまま使った方がマシな気がしますよね? まあ、粗銅のままですと粗銅に含まれている銀の海外への流出という問題もありますけれども、それでも、採算が合わない

のに銀を抽出し続けるのも問題だと思うのですよ。鉛は大部分が、骨灰もある程度は再利用出来ますけど、それでも赤字なのには変わりありませんしね。


 この銀を抽出する作業に従事している職人は一組が8人。平均で職人一人頭の日当が50文で、一組あたり合計で400文。一日に抽出出来る銀の量が、おおよそ一組あたり20匁、75g。これは銅銭に換算すると、約2千文ですね。

 なんだ、人件費が二割ならば余裕で利益が出るんじゃね? そう思っても不思議ではありません。が、甘いのですよ! この銅や鉛を高熱で融かすのに必要な石炭の量が馬鹿にならないのですから。まあ、私が石炭の値段を高めに設定しているのですがね!


 でも、高窪の屋内村に在る炭鉱も尼子直営で私のモノですし、採算を度外視しても別に構わないんじゃね? なんて、私の中の悪魔が囁くのですけれども。


 うーん…… どうすんべ?


 取り敢えず、目先のことばかり考えていたら、視野狭窄に陥ってしまいますので、全体を俯瞰して見るような気持で思考してみましょうかね? まずは、この鷺銅山全体を見渡して物事を考えましょう。


 此処、鷺鉱山で製造される私鋳銭は一日あたり、一文銭が4万枚で40貫文。五文銭が2万枚で100貫文。操業が年300日として、一年で4万2千貫文分の銅銭を私鋳しているのです。銅銭は亜鉛も混ぜて作っていますが、単純計算では年間に67.5トンの銅を使用して

いるのが分かりますよね。銀抽出班は三組ありますので、銅75kg→銀75g×3組×300日=67.5kg。つまり一年で銅から銀18貫を取り出せている計算になります。銅銭で言えば1800貫文分の銀ですか。これが、多いのか少ないのか判断に迷いますね。


 佐摩の銀山での尼子の取り分の0.5~0.6%程度ですかね。うーむ…… 銀抽出班の年間の人件費は、50文×24人×300日=360貫文。この程度の金額でしたら、採算を度外視して私が被っても構わない気もしてきましたね。

 同じペースで銀を抽出出来ると仮定すれば、10年で675kg。100年で6.75トン。うん、6トンの銀の流出を考えると大きく感じますよね。それも、鷺銅山だけで6トンです。日の本には他にも銅山は沢山ありますので、このまま、なにも手を打たなければ、数十倍の

銀の流出を想定しなければいけないのかも知れません。どうせ職人への賃金の支払いは、タダ同然の私鋳銭なのですから、ここは一つ、採算を度外視してでも、海外への銀の流出は防いだほうが得策な気がしてきましたね。


 採算を度外視といっても、尼子領内で銭勘定を回している限りは、財布は同じなのですから結局のところ、プラマイゼロの気もしますしね!

 うむ。これぞ、玉姫流内需経済政策とでも名付けましょうかね?



「でも、塵も積もれば山となるという言葉もあるしね」


「で、では……?」


「ええ、これからも地道に確実に銀を取り出してちょうだい」


「はっ! 分かり申した!」



 うむ。どうにかして、費用対効果云々という前言を取り繕うことに成功しましたか。前世でも、言い訳と誤魔化しは得意分野でしたしね! まあ、あまり褒められた行為では無いと自覚しておりますとも。ええ、一応はね。

 でもね? 人間、時には言い繕うことも必要なんだよ? それは、人が生きる為の知恵なのですから。


 け、けして、失敗を糊塗している訳ではないのです。ないったらない!

 ガルルルル


 それにしても、年間300日労働ですか…… 未来では、超絶ブラック企業と罵られるほど待遇が最悪な会社ですね。だがしかし、戦国時代には労基法も労働組合も労働基準監督署も無いのだよ。つまりは、


 私が判事で検察官で、そして、私が法律である!


 うむ。これぞ、封建制領主の独裁の醍醐味でしょうか。このぐらいの特権がなければ、戦国大名なんてやってられませんことよ。おほほほほ。






 弁護士? そんな眉唾な職業は知らんなぁ。



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