84話 堺の町
1/17ちょっとだけ加筆。
永禄3年(1560年)11月 摂津 住吉郡 和泉 大鳥郡 国境 堺
「ふぇー、ここが堺の町ですか。おひいさま、凄い賑わいですね!」
「うん。さすがに杵築の門前町も、この賑わいには負けるわね」
やってきました商人の町、堺。この自治都市は、戦国時代の日本で恐らく一番栄えている町だと思います。三好長慶との圧迫面談をなんとか凌いだ翌日に、飯盛山城を後にして一路、私たちは堺へと足を伸ばしたのです。
日の本の産物も明の名産も南蛮の珍品も、ここ堺では揃わない品物はないとまで豪語されるほどの商人の町であります。行ったことはありませんけど、博多も似たような賑わいなのでしょうね。
「ひっ!」
「うん? 春姉どったの?」
「おおお、おひいさま、あの髪が朽葉色の人って異人ですよね……」
春姉が指差す方向には、黒っぽい服装をした外国人がいました。おー、私もこの時代に転生してからは、初めて西洋人を見ましたよ。ちょっと感動モノですね。首からは十字架を下げているので、恐らくは宣教師みたいです。
ちなみに、春姉さんや、人に向けて指を差すのは、あまり褒められた行為ではないと思いますよ?
「そうだね。あれが南蛮人みたいだね」
「南蛮人って初めて見ましたよ」
「私もだよ」
「日の本の人と容姿がだいぶ違いますね」
なるほど、春姉が驚いたのは、初めて外国人をみたからでしたか。私と一緒に、杵築の門前町と宇竜港で明の商人は見ているから、正確には初めてではないのですがね。まあ、中国人の見た目は、日本人とあまり変わりませんので除外ですかね?
大陸の人間とは最悪、筆談も可能ですしね。日本人の価値観で大雑把に言ったら、外人≒西洋人のイメージなのは、この時代も未来もあまり変わらなかったみたいです。さすがは、島国ニッポン!
「あれは伴天連の宣教師ですな。何度か見たことがあります」
「せんきょうし?」
「春姉、神社の禰宜や寺の坊主みたいなものだよ。多分だけどさ」
「その認識で、ほぼ間違いないかと存じます」
まあ、畿内在住のボンバーマンだったら南蛮人も見慣れているから、宣教師の区別も付くわな。
「南蛮人が言うには、ここ堺の町はベニスとかいう町に似ているとか申しておりましたな」
そういえば、この時代の欧州では、堺のことは東洋のベニスとか呼ばれていたんだっけ? 水路と港があって貿易の町だからなのかな? ベネチアのイメージも水の町ってイメージだしね。どんぶらこどんぶらこって、小舟で運河を巡るヤツとかさ。
まあ、前世でもベネチアには行ったことはないですけどね。
「べにす?」
「春姉、遠い遠い南蛮の国の町のことだよ」
「左様ですな。ベニスが何処にあるのかまでは知りませんがの」
私はインチキで知ってますけどねー。前世知識万歳!
「なるほど。南蛮とは遠い国なのですね」
「天竺よりも、ずっと遠くの国みたいだね」
「姫様はご存知でしたか」
ご存知もなにも、前世日本人でベネチアの名前と、ベネチアがある国を知らなかったら、さすがに恥ずかしいと思います。ベネチアを知らなかったら、小学校の社会からやり直してこいという話になりますよね。
「まあね。少名毘古那が教えてくれたからね」
「少名毘古那は、便利な神様ですね」
確かに便利な神様だから、多用しても大丈夫ですしね。私のボロも出難くて使い勝手が抜群の神様なのが、少名毘古那さんであります。
「そういえば、姫様は杵築大社の巫女でしたな」
「私のこの格好を見たら、弾正殿も直ぐに巫女だと分かるでしょうが」
「いやいや、姫様は出雲の大大名の印象のほうが強すぎるのですよ」
外から見ると私のイメージって、そんなもんなのですかね? 私は普段から巫女服がデフォルトなのに…… まあ、私が出雲の大大名なのは否定しませんけれども。事実なんだしね。えへん!
「まあ、最近は忙しくて杵築大社の仕事は、ほとんどしてないから仕方ないか」
「大名の仕事は忙しいですからの」
「おひいさま。出雲に帰ったら、斎宮の仕事も増えますよ?」
「うぐっ!?」
忘れてたよ。
そうだった。斎宮の仕事が増えたのでした。名ばかりの斎宮では、さすがに不味かろうということで、月山富田城の近所にある鷺の湯の隣に、出雲斎宮をただいま絶賛建設中なのであります。
出雲斎宮を建てれば、その斎宮の分だけ仕事にありつけるのですから、これ幸いとばかりに、羽林家、名家、半家とか貧乏公家の若い娘が、30数人も大量に出雲に下向してくる予定になっているのです。さすがに、大臣家以上の家の娘さんはいませんでしたが。
朝廷を舐めてたわ。
こんなことになるのならば、斎宮勅別当じゃなくて他の官職を貰えば良かったのかも知れませんね。でも、もう既に悔やんでも詮無きことでしたね。それに、私に与えられる官職にも制限がありましたので。
女子は養老令で任官できる官職が少なすぎるんだよぉぉぉ! 後宮十二司が廃止されていなければ、もっと自由に選べたのにぃぃぃ!
まあ、斎宮の職員から尼子の若い家臣たちへ嫁ぐルートが開拓されたと思えば、これはこれで良かったのかも知れないですね。貧乏公家の娘さんは、安定している尼子家の家臣の嫁になれてハッピー!
私の家臣も、貧乏だけれど公家の嫁を貰えて、公家の嫁という箔が付いてハッピー! うむ、これは案外と良い気がしてきましたね。
山科卿を窓口にして、私自身が斎宮職員になる娘の面接をしましたので、教養に問題もありませんし、変な子も混じってないはずですしね。多分だけど。
採用した子は、斎宮の職員を数年やってから、私の家臣に嫁ぐのがパターンになりそうですね。そうすれば、数年後からは毎年数人づつは、貧乏公家も娘を出雲に送り出せますしね。
出雲で婚活。これが、中流以下の公家で流行りそうな気がしますね。中流以下の公家でしたら、嫁の実家への援助も年に2、30貫程度で十分でしょうし、家臣の財布にも優しいと思います。
まあ、公家の娘を貰えるのは、数百貫以上の禄を貰っている中級以上の家臣限定になりそうですがね。さすがに、出世しなさそうな男には嫁ぎたくないでしょうし、嫁に行くほうの娘さんにも相手を選ぶ権利はありますしね。
それはそうと、せっかく初めて南蛮人に出会ったのですから、ここは一つ、国際交流と洒落込みましょうかね!
「あっ! おひいさま危ないですよ!」
「大丈夫だよ! ちょっくら、のばしてくる!」
ここからは、異文化コミュニケーションの時間であります。旅の恥はかき捨てとかも言いますしね!
「野場してくる?」
「伸ばしてくるではござらんかの?」
「また、おひいさまの玉語でしたか……」
「はろー!」
「ハ、ハロー……」
あ、宣教師さんがビックリしてますね。といいますか、ハローは英語でしたね。なんで、ポルトガル人かスペイン人に英語が通じたんだろ? まあ、大航海時代ですから、ポルトガル人が英語を知っていたとしても、おかしくはないのかも知れませんね。
「きゃんゆー、すぴーくいんぐりっしゅ?」
「アナタはイングランドのコトバがワカルのデスカ?」
イングランドの言葉が分かるのですかじゃなくて、現在進行形で喋ってますやん。まあ、大して喋れませんがね。
「じゃすとあ、びっと? おんりーあ、りとる?」
「スコシだけワカルのデスね」
少しだけ分かるといいますか、少しだけしか分からないのですよ。中学校は登校拒否していましたので、まともに英語なんて習ってませんしね。独学で覚えるのは苦労しましたよ。
少ししか英語を喋れないのですから、これで英語を覚えたウチに入るのかは、かなり怪しい気もしますがね。バンコクのホテルでのやり取りは、記憶を抹消したい黒歴史なのです。あっ、思い出したら涙が……
「いえす! いぐざくとりー! いふいっといず、あばうとちるどれん、かんばせーしょん」
「オー、ジーザス……」
「くらいすっ!」
「カミのナまでイエルとはオドロキました」
なんってこったい! 宣教師さん的には、こんな感じなんでしょうかね?
「おふこーす、あいのぅ! あいぁむ、さぷらいずざっゆーのぅ、いんぐりっしゅ」
「ミートゥー」
あらら、宣教師さんが額に手を当てて、天を仰いでしまいましたよ。なんか、やっちゃった? もしかして、やらかしてしまったのでしょうか?
でも、みーとぅーと言いたいのは、私も同じ気持ちだよ!
「ま、松永殿」
「なんですかな?」
「あれって、おひいさまが、南蛮の言葉を喋ってますよね?」
「うむ、喋っているように見えるの。内容までは分からんが意思の疎通はできているようじゃな。それにしても、姫様はどこで南蛮の言葉を覚えたのですかな?」
「私は、おひいさまが赤子の時から、ずっと一緒でしたけど、おひいさまが誰かに南蛮の言葉を教えてもらったとかは一切ありません」
「では、なにゆえに……」
「恐らくですけど、神さまから教えてもらったとしか言いようがありませんね」
「なんと!? 杵築大社の巫女の力とは、それほどまでの力であったか」
「ええ、出雲を豊かにしてくれたのも、おひいさまのおかげですので」
「なるほど、うーむ…… しかし、アレはなんだ?」
「なにがですか?」
「姫様は南蛮の言葉で話し掛けているが、南蛮人は日の本の言葉で返しているぞ?」
「おひいさまが、わざわざ南蛮の言葉を喋る必要はないですよね……」
「そうであろう……」
玉ちゃんは気がついてませんw




