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83話 三好長慶


 永禄3年(1560年)11月 河内 讃良郡 飯盛山城



「戯れでお聞きするのじゃが、別当殿は今日こんにちの室町を如何に思われる?」



 いきなり地雷じゃねーか!


 私の目の前にいるのは、実質的な天下人であらしゃります、従四位下の修理大夫でもある、三好長慶さんであります。


 芥川山城で一泊してから、芥川山城の城主で三好長慶の息子である、筑前守の三好義長さんに先導されて飯盛山城にやってきたました。あ、当然ですが松永久秀も一緒ですよ。

 長慶の息子の名前って、三好義興だと思っていたのですけど、義長でした。弾正さんに聞いたら、足利義輝からの偏諱を貰って、義長に改名したみたいです。そして、改名前の義興よしおき慶興よしおきだったのです。知らなかったよ。


 慶興の慶は、長慶の慶で、義長の義は義輝で長が長慶の長ですね。この時代の戦国武将は、コロコロと改名する人が多いのでややこしいですよね。まだ義興を名乗ってないのですから、いずれ義長から、また改名するはずですしね。

 それにしても、三好長慶は、"ながよし"と読むんじゃなくて、"ちょうけい"と読むとばっかり思っていたのですけど、どちらでも構わないみたいです。"ちょうけい"の音読みは有職読みで、それが後世でも定着していたということですね。


 私の場合でしたら、玉は"ぎょく"になるのかな? どこぞの8月15日の玉音放送みたいですね。それとも、久子と書いて"きゅうし"でしょうか? これだと、お姫様から一転して、お給仕さんか、下手したら、急死になってしまって、

縁起が悪すぎますので、却下したいところであります。絶対に、きゅうし様なんて呼ばせないぞ!


 興奮してしまってはいけませんね。落ち着かなくては。


 それで、いきなしピンチであります。三好長慶は戯れなんて言ってますが、言うに事を欠いて私に室町幕府の有り様を、ぶしつけに聞いてくるだなんて! なんて躾けのなっていない殿様なんでしょうかね?

 あー、躾がなってないから、平気で不躾な質問をしてこれるともいうのか。うん、納得した。まあ、三好長慶ともあろうお方が、躾がなっていないなどあり得ないのですから、わざと言って私が試されているのですがね。


 これは、アレですか? 私に対しての踏み絵というヤツですかね? それも、三好の一族重臣が、ほぼ勢揃いしている中での踏み絵です。針の筵とは、こういう状況をいうのかも知れませんね。


 上等だコノヤロー!


 私を出雲の田舎モンだと思って、舐め腐った態度で接するのならば、こっちにも考えがあるぞ! まあ、状況は圧倒的に私が不利なんですがね。ですので、ここは一つ、無難に穏便に答えておく必要があります。



「尼子は京と畿内には興味がありませんので、なんと答えたら良いものやら」


「ふむ。では、政は如何かな?」



 もう一段階突っ込んだ踏み絵をいただきましたー! これは、アレですか? 私の返答次第では、生かしては出雲に返さんとかいう脅しですかね?



「京と畿内のことは、京と畿内の人間に任せるのが筋というものですので」


「尼子別当殿の、その言葉が聞きたかったのじゃ」



 あらまあ、私の言葉に三好長慶だけじゃなくて、重臣たちも笑顔になっちゃってますね。安堵の溜息を漏らすとか分かりやすくて良いですよね。ポーカーフェイスを保っているのは、ボンバーマンぐらいですか。

 そんなにも、三好は尼子を警戒していたということでしたか。まあ、三好の重臣たちの気持ちも分からなくはないのですがね。三好の近隣に、山陰山陽の八ヶ国を支配している大大名がいれば、警戒するなってほうが無理な注文でしたか。


 私が三好の立場でしたら、尼子が播磨すら切り取って畿内に攻め寄せて来るのでは? そう勘ぐってしまい、尼子をバリバリに警戒すると思いますしね。その事実として過去には、あわや摂津までという前科が父上にありますしね。


 でも、そんなに警戒しなくても、わざわざ私のほうから三好に戦を吹っ掛けるなんて、無茶な真似をするつもりはないんだけどなぁ。国境も接してないしね。

 尼子領の備前と、三好領の讃岐は瀬戸内を挟んで隣国ではありますけど、海を隔てているので、直接的に大軍が押し寄せるとかはし難いのですから、もーまんたい。


 しかし、三好を安心させる為にも、ここはもうひと押し、リップサービスの一つでも言っておいたほうが、良さそうな気がしますね。



「正直に申しまして、魑魅魍魎が蔓延る畿内には、首を突っ込みたくないというのが本音なのですよ」


「魑魅魍魎とな? 別当殿は口が悪いとみえるの」



 アンタも、その魑魅魍魎の類いの一人じゃないですかー。まあ、その魑魅魍魎同士の暗闘に精神を擦り減らしてしまい、最後は気を病んでしまったみたいですけれども。



「しかし、父上。魑魅魍魎とは言い得て妙ではありまする」


「うむ、義長の申す通りやも知れぬの」


「外から見れば、畿内はそう見えるのかも知れませぬな」



 ボンバーマンさんや、そう見えるんじゃなくて、事実そうなんだよ! 権謀術数渦巻く京と畿内に、誰が好き好んで首を突っ込むものですか。そんな首を突っ込む人間は、権力という魔物に憑りつかれた人間だけだと思いますね。

 私は出雲の田舎モンで結構でござるよ!



「うむ、弾正殿が申すとおりじゃの」


「畿内に居ては見えぬモノもあるということじゃな」


「別当様は、畿内に興味がないと申されるのでございますな?」


「豊前守殿、壊れてない水瓶を、あえて壊す必要もありますまい」



 壊れてないモノは壊すな。そんな感じの格言が、何処かの国にあったような気もしますしね。イギリスかドイツだったかな? 多分だけど。

 一応ではありますけど、三好の畿内支配は盤石なのですから、そこに私の付け入る隙はないと思います。尼子は畿内への野心はありませんので安心してね! という、さりげないアピールともいいます。


 それで、いま私が、豊前守殿と言った人物は、三好長慶の弟である三好実休さんであります。一休さんじゃないよ? 実休じっきゅうです。出家したあとの法名ですね。上杉謙信や武田信玄とかと同じですよね。

 元の名は、三好義賢とか三好之虎とかいうみたいです。之虎って、なんて読むのでしょうかね? "これとら"ですかね?


 前世で私がノブヤボをやっていた時には、義賢が当たり前だったんですけど、どうも義賢は別人の可能性が高いみたいなのですよ。でも、本人も法名の三好実休で通しているのだし、いまさら本人に面と向かって、

『貴方の諱は、なんというのですか?』なんて、アホなことは聞けないしなぁ。実休さんは、私の家臣でもありませんし、諱を聞くのは憚れるのですよ。つまり、真相は藪の中のままの気がします。



「なるほどのぉ」


「しかし、その水瓶がヒビ割れて水漏れしているとしたら?」



 はい。三好長慶は見事に私の誘導尋問に引っ掛かってくれましたね。あえて、室町幕府を水瓶に例えたのですけど、こうも簡単に引っ掛かるとは。まあ、三好長慶も分かっていて、あえて引っ掛かったフリをしているのかも知れませんが。



「修理大夫殿もお人が悪い。その水瓶を修理するのが、三好の仕事ではありませんか」


「既に手の施しようもないくらいに、ヒビが入っている気もするがのぉ」



 それには私も同意しますけどね。三好長慶は、ちゃんと現状の認識はできているということか。でも、足利将軍家を傀儡にして政権を運営している三好の限界が、ソコにあるような気がしますね。

 権力の主導権争いの綱引きを、将軍と幕臣や管領とかと常時行いながら、政権を運営するのは骨が折れるどころの話ではないと思いますしね。足利から見れば三好の立ち位置というのは、あくまでも細川の被官の立場でしかないのですから。


 であるからして、地方の大名から見れば、三好家というのは、『三好? 公方様の家臣の細川のそのまた家臣だろ? 陪臣の分際で、なに威張ってるんだ!』と、こうなるのであります。

 だから、被官の、陪臣の立場から脱却できなければ、それが三好の限界ということだと思います。三好の権威は畿内と四国、それ以上には絶対に広がりません。


 分かりやすく例えるのであれば、信長が生存している段階で、秀吉の家臣である石田三成が畿内を牛耳っているといえば、分かりやすいですかね?

 うわー、想像してみたけど、これはアカン。ないわ。これでは、周囲からは反発しか生まれませんよね。うん、三好政権は私が思ってる以上に、危うい天秤の上に成り立っていたみたいですね。


 そりゃ、長慶が死んだら崩壊もするわな……



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