78話 歴史の授業と斎宮
今話は少し短めの上に、九割以上が会話文オンリーです。その点をご了承下さい。手抜きじゃないよ?
西暦20XX年 日本 某所 某中学校
「……であるからして、この時を以て正式に、従五位下の位階を朝廷より賜ったのであります。この時に玉姫が同時に叙任された官職を知ってる子ー!」
「しらなーい」
「知りませーん」
「西斎宮別当じゃなかったっけ?」
「そうだね。正式には、出雲斎宮頭兼、出雲斎宮勅別当ですね。ですので、玉姫はこれから先は、出雲斎宮や出雲別当、尼子別当などと呼ばれるようになったのであります。それで、出雲斎宮がある場所を分かる人はいるかな?」
「しらなーい」
「知りませーん」
「出雲斎宮なんだから、出雲市じゃないの?」
「残念ながら斎宮の場所は、出雲市ではないのですよ」
「ちぇー、ハズレかー」
「知ってる子はいないかー?」
「はーい、島根県の安来市でしょ?」
「はい、正解です。出雲斎宮は安来市にあるのです」
「日本三大庭園の一つである快楽園や尼子美術館、博物館の隣にあるんだよね」
「快楽園は知ってるよ。外国人に人気だってテレビでやってたよ」
「うん、ヨーロッパで発売されてる日本観光のガイドブックで、30年連続で一番人気の庭園なんだってさ」
「日本庭園なんか見ても、なにが楽しいのか分かんねーよ」
「外国にはないから、外人は見たがるんじゃないのかな?」
「あー、それは分かるような気がするなぁ。私たち日本人が、ベルサイユ宮殿を見に行くようなモノじゃないの?」
「それもそうか」
「でも、斎宮って天照大神を祭っているのだから、出雲に斎宮があるのはおかしくない?」
「そう言われてみれば、確かにそうかも」
「玉姫は尼子の当主で出雲の戦国大名だぞ? 伊勢には住めないだろ常考」
「良い点に気づきましたね。出雲斎宮は、朝廷が玉姫の為に新たに新設した官職なのですよ。それで、当時は出雲大社のことを杵築大社と呼んでいたのですが、出雲に斎宮が作られてから、徐々に出雲大社と呼ばれるようになったのです」
「へえー、出雲大社って杵築大社と呼ばれていたんだぁ」
「私もそれは知らなかったよ」
「うん、初耳だね」
「しかし、前例主義の朝廷が、わざわざ玉ちゃんの為に官位を用意したって凄くね?」
「銭で朝廷の頬を張り飛ばしたんだよ」
「うわー、玉姫えげつねー」
「玉ちゃんならば、なんでもありの気がしてきた」
「そうですね。本家である伊勢の斎宮が既に廃れてしまっていたので、出雲に新たに斎宮を作っても大した問題にはならなかったみたいですね。それで、出雲斎宮ですが、天照大神だけを祭っているわけではありません」
「まあ、出雲だしね」
「玉姫は出雲大社の巫女なんだから、大国主やスサノオも祭ってたってこと?」
「まるで国津神系の神様と、天津神系の神様の和解みたいだね」
「そのとおりですね。国津神系と天津神系の和解融合は玉姫の功績の一つでしょう。その当時の状況は、吹上殿の東風日記にも詳しく書かれていますね」
「でた! 玉ちゃん観察日記!」
「東風日記には、こう書き残されています。玉姫曰く、
『日の本には八百万の神々がいるのに、天津神系だの国津神系だのと分けているのは如何なものかと? それに、私のご先祖様には、アメノホヒやアマテラスやイザナミもいるのだし』
と、玉姫はこう述べたそうです」
「えっ? 玉ちゃんって本当に神様の子孫だったの?」
「玉姫は男系女系とも正当な血筋を引いてるよ」
「そうそう、尼子は佐々木源氏だから宇多源氏、宇多天皇の血筋だし、玉姫の母親は北島家の出だから出雲国造衆だね」
「へえー、そうだったんだぁ」
「出雲国造衆も神様の子孫なの?」
「タケヒラトリからアメノホヒ、そして天照大神へと続いてますので、それは間違いないようですね」
「それじゃあ、玉姫って出雲大社の巫女なのに天津神系じゃん!」
「出雲大社の主神は国津神系の大国主命なのにね。変なのー」
「天津神系の子孫が大国主とスサノオを鎮めていたんじゃね?」
「国津神系も天津神系もイザナミとイザナギが大元なんだから、べつに深く考えなくても良い気もするけどなぁ」
「その考え方は、玉姫と同じですね。玉姫もドライといいますか、かなり合理主義的な考えの持ち主だったようです」
「でもさ、出雲大社が大国主を鎮めているのなら、斎宮も安来市じゃなくて出雲大社の隣とかに置けばよかったんじゃね?」
「それはいえてる」
「うんうん、玉姫は出雲大社の巫女なんだしね」
「それも、玉姫が合理主義と言ったことに繋がるのです。玉姫は巫女であるとともに戦国大名でもありますので、普段は月山富田城で政務を採っていますから、徒歩で二日離れた距離にある出雲大社にまで、足繁く通うわけにも行きませんので、
月山富田城に程近い場所に出雲斎宮を建てたようです」
「いまネットで地図を見てるけど、出雲斎宮の隣に鷺の湯という温泉を発見した」
「まさか、玉ちゃんは温泉に入りたいが為に、そこに斎宮を建てたとか?」
「はははっ、まさかー」
「いや、玉姫の温泉好きは有名だぞ」
「つまり……」
「そのまさかが、本当だと?」
「案外、それが正解なのかも知れませんね」
「さすがは、合理主義の玉姫ってところだね」
「いや、それは権力の乱用の気がしないでもない……」
「いえてるー」
「まあ、玉姫のする事ですし……」
「うん、玉ちゃんだしね……」
「しょうがないよね!」
「生姜なら、この前の給食の残りの生姜があるぞ。ホレ」
「ギャーーーっ!!」
「やだー!」
「ちょっ、おまっ、ソレいつの生姜だよ!」
「先週のかな?」
「机に仕舞い込むだなんて、さいてー」
「えんがちょー!」
「おまえら、脱線してるぞー! まあ、実際に、鷺の湯は尼子家の湯治場でもあったのですから、そこに斎宮を建てるのは、やはり合理的でもあったと思いますよ」
「そうなんだー」
「ふむふむ、なるほど」
「玉ちゃんは合理主義者。つまり、現代からの転生者だったんだよ!」
「おまえ、そればっか」
「はいはい、もう少し捻ろうねー」
「ぐぬぬ、信憑性あるのに……」
キーンコーンカーンコーン
「よーし、今日はここまでー」
「きりーつ! れーい!」
「「「「ありがとうございましたー!」」」」
同日 同時刻 島根県 安来市 古川町
「うむうむ。やっぱり、400年以上経っても鷺の湯のお湯が一番肌に馴染むわー。あー、いい湯だ~」
永禄3年(1560年)11月 山城 洛中
「主上におかれましては、ご機嫌麗しく恐悦至極に存じ奉ります。此度は拝謁を許可して頂きました儀、及び、私めに官位を授けて頂きましたお礼を言上する為に、罷り越しました」
どうしてこうなった?
私はただ、従五位下、出雲斎宮勅別当を貰えてラッキー! そんな程度にしか思ってなかったのに、上洛して昇殿せよとは、これは如何なる仕儀ですかね? 昇殿って原則は公卿にしか許されてなかった気がするのですけど?
解せぬ……




