77話 官位の価値 【地図5】
話が脱線気味です。
「斎宮は既に200年以上も前に、廃れているのでおじゃるよ」
「廃れているのだから、逆に都合が良いとは思われませんか? 私にとっても朝廷にとってもね」
斎宮は現在では使われていない官職なのですから、私が斎宮を貰ったとしても問題ないはずだよね? 私は斎宮を貰えて万歳! 朝廷は使ってない休眠中で廃止同然の官職を与えられるから、実害もなくて万歳!
宮中の女官も官職を奪われなくて万歳! これは、近江商人も顔負けの三方良しじゃないですかね?
「玉殿、それはどういう意味でおじゃるか?」
「そのまんまの意味よ。現在において使われていない官職であるのならば、朝廷も安売りしやすいとは思いませんか?」
「ふーむ、それもそうでおじゃるが…… いや、しかし、斎宮でおじゃるか……」
およ? 山科卿の歯切れが悪いですね。朝廷が私に対して、斎宮を渡すのは良い案だと思ったのですけど、違いましたかね? なにか齟齬がある感じですね。
「私に斎宮を渡すのに、なにか不都合でもおありですか?」
「斎宮は内親王がなるものであらしゃいますれば」
あー、なるほど。齟齬の違和感は、斎宮に付く人の身分でしたか。皇族には及びませんが、身分や血統をいうのならば、出雲国造衆の出である桃さんを母に持つ私も、なかなかのモノのはずなんですけどね。
出雲国造衆は、建比良鳥命から天穂日命へと続いて、天照大御神と建速須佐之男命へと続き、そして最後は、伊邪那美命と伊邪那岐命に辿り着くのですから。国造衆の系譜は、一応そういうことになっているのです。
まあ、私の知識は、古事記と日本書紀と出雲国造神賀詞とかが一緒こたの、ごちゃまぜなんですがね。
しかし、いまはソレは一先ず置いときまして、
「200年以上もほったらかしにしておいて、前例のソレを持ち出すのは、いまさらではないですかね?」
「それは、確かに玉殿が申すとおりでおじゃるが」
オッサンも、いまさら感を一応は分かってはいるんだ。しかし、前例主義の悪癖を打破するのは、並大抵の労力では出来なさそうな感じですね。
であるのならば、発想の転換が必要ってことですよね。
「じゃあ、朝廷が斎宮に難色を示すのであれば、出雲にも斎宮を作ってしまえば良いのですよ」
「また、突拍子もないことを言い出すでおじゃるな」
押してもダメで引いてもダメなら、横か斜めにずらせば良いのです。
「伊勢の斎宮は京の都よりも東にあって、出雲は京よりも西にあるのだから、出雲の斎宮は西斎宮とでも呼称すれば良いかと愚考いたします。こうすれば、朝廷の体面も保たれるのでは?」
「しかしそれは、前例があらしゃりませぬ」
また出ましたよ、前例が。まるで、お役人の答弁を聞いているみたいになって、眩暈がしてきちゃいます。あー、でも、そういえば、朝廷は日本最古の官僚組織でしたね。
「前例、前例って山科卿は仰りますけど、一番最初に制度を作った時には、その前例なんてありはしませんよ」
「それはそうでおじゃるが……」
「朝廷は毎年の二千貫を欲しくはないのかなぁ?」
「二千貫を質に取られたら、なにも言えないでおじゃるよ」
人は一度手に入れた利権は、なかなか手放せないのですよね。それは、朝廷ですら例外ではありません。むしろ、貧乏で日々の生活も困窮している朝廷だからこそ、余計に二千貫の利権は手放せないともいえるのかも知れません。
そう考えると、あっさりと佐摩の銀山の独占を手放した私ってば、まるで聖人君子みたいですよね! うん、誰も褒めてくれないから、自画自賛しときましょう。ぐすん……
それはさておき、
「誤解なきように言わせてもらえれば、なにも私が私利私欲で、従五位上を寄越せと言っているのではないのよ」
「では、なにゆえでおじゃるか?」
「家臣たちの為よ。毛利は義父上様の陸奥殿以外にも、義兄たち三人も大膳大夫、治部少輔、左衛門佐と、みんな揃って朝廷から正式に官位を叙任されているわ。幕臣や三好の家臣もね」
「幕臣とは、足利将軍家の臣のことでおじゃるか?」
あれ? 幕臣って言葉が通じない? それってもしかして、足利将軍家の政権のことを、足利幕府や室町幕府って言わないのかな? いや、でも、近衛大将のことを唐名で幕府って言ったはずだよね。
「ええ、幕府の家臣だから幕臣って言いませんか?」
「初耳でおじゃるが、征夷大将軍の唐名は確かに、大樹とも幕府とも呼ぶでおじゃるな」
ああ、良かった。ちゃんと幕府って言うじゃん。
「また、おひいさまの玉語が始まった……」
「たまご? 侍女殿よ、鳥の卵でおじゃるか?」
「山科卿、直答をお許しください」
ちょっ!? 春姉、いらんことは言うなよ!
「うむ、麻呂はそんな堅苦しいことは気にしないから構わんでおじゃるよ。それで、たまごとは?」
「はい、おひいさまが新たに勝手に創った言葉ですので、玉の言の葉で、玉語でございます」
「ほほほっ、言葉を創るなど、玉殿はせっかちであらしゃりますの」
「お恥ずかしい限りで」
でも、玉語じゃないって! オッサンも認めたとおりに、ちゃんと唐名で幕府ってあるではありませんか。
「玉語で幕府に幕臣のぉ」
「ええ、公方様が右近衛大将だから幕府でしょ? だから、室町幕府とか足利幕府とか言わない?」
「言わないでおじゃる。それに大樹は、右近衛大将ではないでおじゃる。右近衛大将は、大樹の父君である先代の大樹ことでおじゃるよ」
なん……だ……と!? 征夷大将軍=近衛大将じゃないの?
「え? そうなの? 違ったの?」
「いまの大樹は、左近衛中将であらしゃいます」
なんで? なんで、左近衛大将か右近衛大将じゃないの? なんでー? 足利義輝は征夷大将軍なのに、近衛大将じゃなくて近衛中将だったのかよ! ぬかった。
足利義輝の官位までは知らなかったよ。将軍なんだから、大樹、公方様。それで完結しちゃうもんね。紛らわしいわ…… 征夷大将軍なら無条件で近衛大将にしろよ。メンドクセー。
「じゃあ幕府のことは、なんて言うのよ」
「うむ、公方でおじゃるな。まあ、玉殿が申した幕府や幕臣の意味は伝わったでおじゃるが」
ええ、公方。確かに公方とも言いますよね。鎌倉公方に古河公方とか言うけどさ。でも、公方って呼び方は将軍の二人称のイメージが強すぎるんだよぉぉぉ! ここは一つ、幕府という呼称を定着させてやる。意地でも。
幕府は既にオワコンなのに、私ってばなんでこんな些細なことに、いちいちムキになっているのでしょうか?
「公方だったら、将軍も公方で政権機構も公方だから、混同しちゃうでしょ? 幕府のほうが言いやすいし、呼びやすいじゃない」
「ふむ? それもそうでおじゃるな。一考の余地はあるの」
「そうでしょ? 山科卿も幕府を広めてよ」
「麻呂一人の力では難しいでおじゃるが、考えておくでおじゃる」
考えておくって、保留するとか後回しにするとか棚上げするとか、後ろ向きな答えの意味に聞こえるのですけれども。気のせいだと思いたいですね。
「それで話を戻すが、幕臣、うむ、確かに言いやすいでおじゃるな。幕臣や陸奥守殿と大膳大夫殿は正式に叙任されておじゃるが、吉川殿と小早川殿は違うでおじゃるよ」
「え? そうなの? 違ったの?」
吉川元春の治部少輔と、小早川隆景の左衛門佐って僭称だったの? 知らなかったよ。恥をかいてしまったではないですか。毛利ばかり優遇されていて、いいなーって少し羨んでいたけど、なんだか気が抜けたわ。
まあ、毛利に比べて尼子の朝廷貢献度は低かったので、毛利を羨むのはお門違いではあるのですがね。
「陸奥守殿が許可した武家官位であらしゃいます。まあ、玉殿が言いたいことは伝わったでおじゃるよ。幕臣や毛利に比べて、尼子は、ということでおじゃったか」
「ええ、私が従五位上以上にならないと、川副美作や牛尾遠江とかが、と思ったんだけどね」
上国である、美作や遠江の国司の官職である守に対する位階は、従五位下が相当するのです。私が従五位下だと、家臣と同列になってしまて不味いんですよね。だから、私の位階は最低でも、従五位上よりも上が望ましいということなのです。
それに、各国旗頭は位階と官職を持ってないと、国人領主や隣国から舐められそうですしね。田舎では、まだまだ朝廷の威光というヤツは有効なのですから、活用しない手はありません。
「なるほど、玉殿は家臣たちの官位も、朝廷から正式に叙任して欲しいということでおじゃるか」
「父上が美作守や遠江守を称することを許した僭称ではなくて、権威の裏付けでもある、朝廷のお墨付きという箔は必要だわ」
そう、朝廷の価値は、権威。これに集約されるのです。といいますか、権威にしか朝廷の価値がないともいいます。いささか暴論ですけど。尼子100万石の重臣ともなれば、正式な官位を持っていないと恥ずかしい気がしますしね。
「朝廷のお墨付きでおじゃるか?」
「はい、日の本六十余州すべからく朝廷の臣、朝廷の民とも申しますれば」
「その言葉は、世辞を抜きにして、誠に殊勝なもの言いでおじゃるな。日の本の諸大名が皆、玉殿と同じ気持ちであれば、この乱れた世も終わるのであろうがのぉ」
守護大名、戦国大名は、みんな自分の領地を守るのに必死で、汲々としてますもんね。まあ、私も同じ穴の狢だとは思いますけれども。
「朝廷が日の本六十余州、その全てに国司の官職を設けているの、なんの為にございますか?」
「昔は曲がりなりにも、朝廷が統治しておじゃったのであろうの。しかし、いまや何々の守は飾りにすぎんでおじゃる」
「国司が飾りだから、逆に都合が良いと思われませんか?」
「飾りだから、ふむ……」
「ですので、私の官位以外にも、尼子100万石、尼子50万貫の重臣に相応しい正式な官位を家臣にも賜りたく、お願い申し上げます」
尼子50万貫は過少申告なんですがね。尼子の領内から上がる税収は、100万貫以上の収入はあるのですから。下手したら尼子は、三好や大友よりも裕福なんじゃないですかね?
その内訳は、米で30万貫、佐摩の銀山で30万貫、鷺銅山や他の鉱山とか、その他の諸々の収入が40万貫以上になります。私鋳銭も作り続けてますしね。
「確かに、玉殿が申されるように尼子100万石の重臣ともなれば、箔は必要でおじゃるな」
「なにとぞ、御高配のほどを、よろしくお願い申し上げます」
「ふむ、しかし、玉殿の任官のほうが最優先でおじゃる」
ですよねー。私が官位を貰ってないのに、家臣が当主を差し置いて官位を貰うわけにはいかないですよね。
「それは重々承知しております。が、家臣にも御配慮いただけるのであれば、その山科卿が飲んでおられる赤酒を一樽、これから毎月にわたって京の山科邸に、付け届けることも可能かと存じます」
「なに? ……この澄み酒を一樽でおじゃるか?」
「左様でございます」
ゴクリ……
「ふ、二樽は欲しいでおじゃる……」
「分かりました。毎月、二樽は確実に届けさせましょう」
ガタッ
「相分かった! こうしてはおれんでおじゃる! 直ぐにでも京へ戻って話を付けねば!」
「や、山科卿……?」
「玉殿は、斎宮勅別当でおじゃったな?」
「は、はい。それで、こちらが現在、僭称している家臣たちの官位の目録になります」
「うむ、玉殿の家臣たちの官位も任されたでおじゃる!」
なんだよ。結局は酒の勝利じゃん! アルコールの力って偉大なのだと、改めて思い知らされましたね。最初から酒を賄賂にして釣っとけば良かったのか。
山科卿も、飲兵衛だったとは!
官位も酒には勝てなかったみたいですね。官位の価値とは、いったい……
会話をしていると、話って明後日の方向に進みませんか?




