51話 重臣たちとお話ししましょう
永禄2年(1559年)4月 出雲 月山富田城
「常備兵でござりまするか?」
亀嵩城の三沢をサクッと潰して出雲の鉄を尼子で独占が出来ると一安心してから、備後の後詰に3千の兵を送り込んで富田に舞い戻ってきた玉です。ついでに、私が手を下さなくても美作での反乱も一応の収束をみました。
いやー、優秀な家臣を持つと上に居る人間も楽が出来ていいですなー。やっぱり健全な組織というのはかくあるべしですよね!
当初は私の擁立に反対していたり日和見な態度を取っていた美作衆でしたが、宇山と塩冶という私と敵対する勢力が出たことにより、その美作衆が尼子に帰参する手土産欲しさに宇山と塩冶に猛攻を加えて鎮圧してしまいました。
これによって、美作も南東部を除いて無事に尼子の下に戻ったというわけであります。美作の南東部には国人領主の後藤氏が半ば小大名の如くデンと根を張っていて浦上氏と結んで尼子に敵対していますので、現状ではおいそれと手が出せない状況なのです。
現時点での尼子の支配領域はといいますと、出雲、伯耆の全域と備中の松山以北、南東部を除く美作に備後の北東部と石見の東部、おまけで隠岐ですかね。石高を計算しますと、出雲22万石。伯耆13万5千石。美作14万6千石。備中4万8千石。備後4万5千石。
石見4万3千石。隠岐6千石の合わせて、約64万石。これが現時点での尼子の領地の石高になります。100万石には全然届いてませんでしたね。もっとも、出雲以外で玉姫式の田植えがもっと普及すれば、あと10万石程度の上積みは見込まれるのでしょうが。
それでも、約75万石が精々ですか…… 備後も備中も、あと8里ほど南下をすれば平地が多い瀬戸内側ですので、その水田が多い瀬戸内側の制圧が出来れば尼子も100万石に手が届くのです。でも、そのあと8里の道が非常に遠く険しい道のりなのであります。
小早川や杉原とか三村が邪魔しているのですから。あと、宇喜多もですかね? 山陰から中国山地を横断して瀬戸内側に勢力を伸ばすのは多大な労力を必要とするのです。よくもまあ、父上は山陽にまで勢力を広げられましたね。尊敬しちゃいますよね。
そう考えると、いかに信長の所領であった尾張と美濃が豊かであったのかが良く分かりますよね。確か濃尾の2ヶ国で100万石を超えていたはずでしたし。天下を取るのには、大穀倉地帯を押さえているか否かは大きな差になるということなのかも知れませんね。
山陰と山陽の石高がショボすぎるともいいますがね……
そうではなくて、いまは重臣一同が集まっての兵農分離と軍制改革の話の途中なのでした。みんなに『忌憚のない意見を言ってちょうだい』そう申しつけていますので、活発な議論を期待しましょうかね。
私の鶴の一声だけでは物事を進められないのです。大名独裁は何処に行ったのでしょうかね? みんなに担がれて当主の椅子に座った私の権力基盤って、もしかしなくても弱いのかも知れませんね。
まあ、集団指導体制も、それはそれで良いのかも知れませんけれども。多少は民主的ですしね!
また、話が逸れてしまった……
「いまの農民主体の兵では、農作業の忙しい時期には大規模な軍勢を動かせないでしょ?」
「左様でございまするな」
「それと、毛利が川本温湯城に攻め寄せて来た時に直ぐに対応が出来る軍勢がいたのならば、江川の南側で毛利を迎え撃てたかも知れないよね?」
「なるほど。それで即応出来る軍の答えが、常備兵という訳ですな」
即応軍かぁ。そんな言葉が21世紀にはあったような気もしましたね。とりあえず即応軍で対応して時間を稼いでる間に本隊の到着を待つとかでしたっけ? 全ての兵を常備兵に出来なくとも、最低でも即応軍程度は作りたいですよね。
「このままでは、多胡爺の中野も小笠原と同じ道を辿る破目になるかも知れないしね」
「それは困りますな」
「いっそのこと、石見吉川や福屋の領地を奪って、江川の北側に引っ越すのも一つの手ではあるのだけれどね」
これは所謂、一種の国替えみたいなモノですかね? ちょっと違う気がしないでもないですけど。といいますか、多胡爺があまり困ってなさそうな気がするのだけれど、私の気のせいかな?
「その仰りようですと姫様は、江川の南側を捨てるお考えですかな?」
「いまのままだと、私が捨てないでも遅かれ早かれ江川の南側は、毛利の手に落ちてしまうんじゃないかな?」
「そうならない為にも、常備兵で一軍を作るお話しではないのですか?」
うぐっ! 亀井安綱も痛い所を突いてきますね……
「それはそうなんだけどさ、どうしても江川を渡河して戦をするのは負担になるんだよね」
「それは確かに、姫様が仰る通りではありまするが……」
「昨年は江川が増水して、渡りたくても渡れませんでしたなぁ」
「しかし、多胡殿の領地は江川の南側ですぞ? 多胡殿の気持ちを慮ると……」
「左様ですな」
多胡爺に同情票が入っていますね。多胡爺も人望があるではありませんか! 意外と私よりも人望があるんじゃね? それはそうと、これから言わねばならないことで議論が喧々諤々と白熱するかと思うと、胃がキリキリと痛くなりそうです。
でも、これは言っておかなければならない問題でもあるんだよね。男は違った…… 女は度胸です!
「それで、いつまでも佐摩の銀山を巡って毛利と不毛な戦はしたくはないというのが、私の本音ではあるんだよね」
「その解決策が、姫様の仰っていた銀山の株式化でしたか?」
多胡爺も最初は反対していたもんね。はてさて、いま集まっている重臣連中の中で一体何人ぐらいが理解出来るのでありましょうかね?
「うん。それで毛利が大人しくなってくれれば儲け物だとは思わない?」
「その程度の飴で毛利が大人しくなるでしょうか? 数年は大人しくなるやも知れませぬが」
うん、米原綱寛が心配するのはもっともですよね。私も毛利は信用できませんしね。油断すれば寝首を掻いてくるのが謀将の謀将たる所以なのですから。油断していなくても寝首を掻かれそうな気もしますが。
でも、信用できないのと、その信用できない相手と手を結ぶのは別の問題だと割り切らなくてはいけません。みんな私以上に大人で戦国武将なのですから分かってくれると良いのですけど。清濁併せ呑む器量がなければ、この先生き残れませんよ?
「最悪の場合は数年でも上等よ。その数年の間に出雲や伯耆をさらに豊かにして毛利との国力の差を広げれば良いのだし」
「なるほど、そういう考えもござりまするか」
私も毛利から出雲を守る分には大して不安は感じませんしね。安芸に攻め込んで毛利をしばき倒すのには骨が折れそうではありますがね。
「それに、大人しくならざるを得なくする為の枷も一応は用意するしね」
「枷ですか? それは銀山の名目上の頭に朝廷を据えるという案でしたかな?」
さて、これから言う本題にどれだけの重臣が賛同してくれるのかが、運命の分かれ道ですかね?
「うん。それと、尼子との同盟も併せて行うつもりよ」
「毛利との同盟ですと? 昨年の姫様の案では相互不可侵ではありませんでしたかの?」
「だから枷なのよ。朝廷を頭に据えた銀山利権と同盟。この二つを同時に破ることに成った場合に、他の諸大名は毛利をどのような目で見るのか見物よね」
まあ、『朝廷? 条約? そんなの関係ねえ! ヒャッハー!』こうなる可能性も無きにしも非ずなのですけれども……
「うーむ……」
「恐らくは、毛利の外交的信頼は地に落ちるのではないかな?」
「左様でございまするな」
「それは姫様が仰る通りなのですが、それでも毛利が条約を破らないとは限りませんぞ」
その懸念は佐世清宗が言う通りであって、常に付き纏う問題ではあるのだけれども、
「条約なんて、破られるのが前提の代物と考えれば良いのよ」
「破られるのが前提ですか?」
「なるほど……」
「姫様、それは相手に対して失礼に当たりませぬか?」
津森さんや、そんな隣人の性善説を信じていては、毛利ジジイの餌食になるだけですよー。
「尼子の裏側にある思惑を相手に言わなければいいだけだよ。それに、仮に条約が結ばれたとしても尼子からは破らないわよ」
「破られるのが前提の条約を破らないのですか?」
「それはまた何故ですかの?」
うわー、みんな良い意味で朴訥といいますか擦れてないといいますか、こりゃ尼子が滅んだのも分かる気がしてきますよね。これでは毛利ジジイに転がされるのも納得だわ……
「条約とは破られるのを前提として、なおかつ相手に破らせるモノなのよ」
「「「「「………………は?」」」」」
ん? なんですかね? その間は……?
こんな程度で、ドン引きしてんじゃねーよ!
もうヤダ! 早くお布団に帰りたい!




