50話 マッチポンプじゃないよ? 【地図1】
永禄2年(1559年)2月上旬 石見 邑智郡 川下村 仙岩寺城
「このまま睨み合っていても埒が明かないわね。赤穴は動けないの?」
「丁城にも毛利の別動隊が張り付いておりますれば、動けませぬ」
「毛利も馬鹿ではないということか」
「左様にござりまするな」
さすがに、毛利も昨年に私の策ともいえない策にしてやられているから、同じ轍は踏まないということですかね。しかし、江の川は守るには便利だけど、攻めるとなれば江の川がこれほどまでに厄介な代物になるとは……
まあ、川が守りやすいということは敵にとっても同じ条件なのですから、私たちが攻め難いのは当然と言えば当然ではあるのですが。しかし、江の川を渡らない事には毛利の軍勢を蹴散らして、小笠原殿の救援が出来ませんしね。
でも、渡河作戦なんかしたら、尼子が逆に毛利に蹴散らされるのが火を見るよりも明らかなのです。ですから、こうして仙岩寺城に入って指を咥えて対岸を見ているだけしか出来ないのであります。
はぁ~、物事の全てが自分の都合の良いように成る訳ではないというのは、頭では理解しているつもりだったのですが、それでもなんか納得がいきませんよね。これはストレスが溜まりますね。
「無理に江川を渡ったとしても、我が方の損害が馬鹿にならないしね」
「それに、江川沿いでは大軍も動かせないですからの」
そうなのです。多胡爺が言うように、江の川は山間の谷間に沿って流れている渓流ですので、川沿いに平地が極端に少ないのが江の川の特徴なのです。仮に江の川を渡河したとしても軍勢が、おしくらまんじゅう状態になって戦どころではないのです。
おまけに、渡河地点の対岸の川本には毛利の鉄砲隊が控えており銃口をこちらに向けていて準備万端なのです。さすがに、私も鬼ではないですので、鉄砲に向かって突撃を敢行させるような真似はさせたくありませんしね。
それが、たかだか100挺程度の鉄砲で、それが例え2匁半の鉛玉であったとしても、この場合は渡河地点という名の殺しの間に突っ込んで行くわけですから、完全に自殺行為になりますしね。
忍原や意宇川で私たちが実際に実行して殺っているのですから、なにも知らない人間よりも人一倍に恐怖はあるのです。しかし、毛利ジジイも鉄砲の集中運用を早速に真似してきやがりましたか…… まあ、忍原であれだけ手痛く殺られれば真似もしますか。
「大軍勢で毛利と戦をするには、邑智郡では多胡爺の故郷の辺りか出羽ぐらいしか適当な広さの平地がないもんね」
「左様ですな。しかし、これはちと困りましたな」
小笠原殿の温湯城は位置が悪すぎるのですよ、位置が。まあ、それだけ守りやすい城ともいえるのですけれども、尼子から援軍を送る場合には厄介な場所に温湯城はあるのです。
こんな面倒な事態があるから、本当は江の川以南は捨てたいのですがね。それも毛利と敵対し続ければ、これからもこの面倒な事態が頻繁に起こり得るのですから。
一度、真剣に毛利との和解を、どうすれば毛利と戦をしないで済むのかを評定の席で言ってみようかな? でも、恐らくは、みんな納得しないのでしょうね……
頭では、それが理や利に適っていると理解出来ても、感情の面で納得いかないというジレンマかな? 負ければ全てを失うかも知れないのに、人はいま持っているモノを自分から手放せないのですから。人は感情の生き物とは良く言ったモノですよね。
でも、問題提起するだけならいいよね?
大名独裁は何処に行ったんでしょうかね? 組織のトップなんて、責任だけが重くて旨味が少ない気がしますね。俺が俺がという感じで他人を蹴落としてでも登りつめたい権勢欲が大盛な人、それ以外の人にとっては頭を張るのはキツいのであります。
特に私なんて元ニートなんですから、なおさらですよね。『大名だなんて、どんな罰ゲームだよ!』そう愚痴りたくも泣きたくもなりますけど、私が尼子100万石の当主なのですから、弱音を吐くわけにはいかないのです。
ちなみに、100万石というのは適当です。玉姫式が広まった出雲の石高でさえ精々が22万石しかありませんしね。支配が完全ではない他の国なんて推して知るべしであります。そういえば、もうすぐ田植えの季節でしたか……
「あと一月もすれば、田起こしとか苗代作りの季節になるから毛利も兵を引かざるを得なくなるでしょ」
「それまでは、小笠原殿に粘って貰うしかありませんですな」
いっそのこと、小笠原殿が降伏してくれた方が楽なのかも知れませんね。小笠原に後詰は出して義理は果たしている訳ですので、それほど尼子の威信にも傷が付きませんしね。それに、史実では小笠原殿が降伏した後にも毛利を降露坂で破っているのですから。
うん、多少は薄情かとの思いも無きにしも非ずですけれども、小笠原殿が降伏してくれれば、今後は小笠原殿に後詰を出さずに済むので尼子も助かりますしね。うん、これは我ながら名案の気がしてきましたね!
「まあ、私たちも出雲に兵を返さなくてはならないのは毛利と同じだけどさ」
「左様でございますな。秋に泣く破目にはなりたくありませんからの」
これからの時代には、一年中戦場を駆けずり回れる常備兵が必要になってきますよね。兵農分離…… 兵を雇用する銭は私鋳銭がたんまりとあるから大丈夫なんだけど、問題は兵農分離をする場合の軍制改革なんですよね。
はぁ~、頭の痛い難問が山積していて本当に嫌になっちゃいますよ。上杉謙信が家出したくなる気持ちが、よーく分かりますよね!
いっそのこと、反対する人間を粛清しまくって私の周りをイエスマンで固めたろか! うん…… 亡国待ったなしの気がしないでもなかった。
でも、粛清はしなくても勝手に離反するのは仕方がないよね? 例えそうなったとしても不可抗力なのですから、それは私の所為ではありませんよね? よって、これにて自己の正当化は完了。我ながら名案の気がしてきましたね!
古い因習に縛られた人間は、ねちっこい感じがして怖そうですしね。プチプチ潰して行けば良いだけの簡単なお仕事です。そうならないかなー? そうすれば、直轄領も更に増えるしね!
「おひいさま、さっきからニヤニヤして気持ち悪いですよ……」
「んはぁ、ちょっと考えごとをしていただけだよ」
「その顔からしたら、また悪だくみですか?」
「悪だくみだなんて失礼な! あー、でも、悪だくみになるのかな?」
それよりも、離反する人間っているのかな? 離反しそうな人間は初めから義久に付いて敵になってた感じもしますよね。まあ、なるようにしかならないか。人生ケセラセラとも言いますしね!
永禄2年(1559年)2月下旬 石見 邑智郡 川下村 仙岩寺城
とたたたたー
「おひいさま、対岸の毛利の陣に動きがありますよ!」
「どんな動きなの?」
「どうやら陣を引き払うみたいです」
「田んぼが恋しくて安芸に里心が出たのかもね」
時期的には少し早いけど、田起こしのシーズンだもんね。足軽雑兵の大多数が農民なのですから、戦をするよりも田んぼを耕すのがメインの仕事ですからね。さっさと安芸に帰って美味しいお米を作って下さいな。ついでに、その作った米を私にも下さい。
「姫様、それだけではござりませぬぞ!」
「うん? 多胡爺、そんなに険しい顔してどったの?」
「温湯城の小笠原殿が毛利に降伏した由にて」
「あー、持たなかったか……」
言霊って本当にあるんですね。いや、この場合は私の願望が勝手に叶ってしまったというのが正解なのかな? でも、これで小笠原救援の呪縛から尼子は解放されたのですから、結果オーライなのかも知れませんね。
「それでは、こっちもそろそろかな?」
「毛利が陣を払い始めているとなれば、そろそろでしょうな」
翌日 仙岩寺城
「御注進! 御注進申し上げまする! お味方が大富山城を落としました!」
ガタッ!
「よっしゃーーーっ!!」
「姫様、やりましたな」
「そうだね。邑智郡の一部は取られたけど備後北部を取り戻せたのならば、十分にお釣りがくる結果だよね」
「左様でございまするな。いやはや、某は姫様の策に感服いたしましたぞ」
まあ、策とは言っても、大した事はしてないのですがね。東伯を平定させた軍勢と伯耆の汗入郡と日野郡で招集した軍勢を使って、伯耆の日野郡から備後に雪崩込ませただけですから。あと、暇をしていた馬来さんも使ってますけどね。
それと、忍原で当主が討ち死にした山内を脅して寝返らせたりもしてみましたがね。尼子に対して弔い合戦をする余裕もないくらいに、山内の家は忍原の敗戦でガタガタになってしまったのです。
その弱った山内に突け込むように領地を掠め取ろうとしていたのが、同じく毛利に属する備後奴可郡の国人領主である宮というのが、これまたなんと言ってよいのやら…… 毛利も国人同士の統制が取れていないみたいですよね。
それで、弱っていた山内に救いの手を差し伸べたのが私なのでありました。山内と宮の争いに山内側で参戦して、宮の居城である大富山城を攻略したというのが、私がボケーっと毛利と睨み合いをしていた裏側で起こっていた出来事なのでした。
玉ちゃんってばマジ天使ですよね! けしてマッチポンプではありませんよ? マッチは宮なんですから! 使えるモノは親の仇でも使わないとね! うん? 仇は私でしたか…… でも、山内は複雑な心境なのかも知れませんね。
しかしこれで、トンビに油揚げ作戦なのか漁夫の利作戦なのか知りませんけど、無事に作戦は遂行されたのであります!
「江川の対岸にいる毛利の殿は無視して、出雲に引き返すよ!」
「御意!」
「横田を通って備後への後詰に行くよ! そのついでに亀嵩城の三沢もしばき倒す!」
いやー、私ってば、つくづく自分の才能に惚れ惚れしちゃいますね!
「おひいさま、いくら亀嵩が備後への通り道だからといって、ついでに倒される三沢が憐れに思えてきますね……」
「春姉、弱ければ喰われるのが乱世の掟なんだよ」
「まあ、それもそうでしたね」
三沢には私の養分になってもらいましょうかね!




