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49話 あれもないこれもない 【地図1】


 永禄2年(1559年)1月下旬 石見 安濃郡 波根東村 刺賀岩山城



 尾高城に残っていた兵のうち5百を引き連れて、私は刺賀岩山城までの約23里の道のりをひいこらひいこら3日掛けてやって来ました。尾高城にいる残りの5百の兵は引き続き東伯への後詰と、会見郡で動員を掛けて兵を徴兵する為に動いてもらっています。

 無理をすれば、尾高城から刺賀岩山城までは2日で着かないこともない距離でもあるのですが、今回の場合では、たった5百の兵が1日早く到着してもあまり意味がないのです。相手の毛利が万を超える軍勢ですしね。


 それでも、1日の移動距離は約30kmでしたので、そこそこ強行軍の部類に入りますかね? 移動途中で出雲各地に臨時の動員を掛ける為に早馬を飛ばしたりもしていまして、慌ただしい行軍だったのです。


 ちなみに、醤油を飲んでも赤紙からは逃れられませんよ? ゲシュタポげふんげふん、……鉢屋衆は、あなたの直ぐ傍にいて監視をしているのですから…… まあ、この時代には赤紙なんて物騒な死亡通知予約票などはありませんがね!

 でも、村ごとに決められた人数を供出する軍役はあるのです。一応は私も可哀想だとは思いますけれども、まだ常備兵に移行してませんので、これも出雲を守る為に仕方がないことなのだと割り切ってもらいましょう。



挿絵(By みてみん)



 それで、ひいこらひいこら刺賀岩山城に到着して、春姉のパパンでもある多胡重盛の挨拶を受けているというわけなのですよ。



「姫様におかれましては、伯耆から転戦させてしまいお手を煩わせること誠に心苦しくもあり、この多胡重盛、慙愧の念に堪えませぬ」


「貴方の所為じゃないから安心しなさい。多胡…… 多胡爺と紛らわしいわね。これから、重盛ど、重盛のことはなんて呼ぶべきかな?」



 いままでずっと、『殿』と敬称を付けていたので、なんだかやりにくいですね。 まあ、これもそのうち慣れるのでしょうがね。人は慣れる生き物ともいいますし。



「それは、姫様の好きなように、如何様にでもお呼び下さいませ」


「あっ!? ち、父上……」


「うん? 春よどうしたのだ? 春も息災であったか?」


「え、ええ、一応は無事に元気でやっておりますが……」



 なんか、春姉は親子のコミュニケーションを取ってますけど、それよりも私は好きなようになんて、そんなことを言われてしまったのならば、ウズウズムズムズしてしまうではないですか! よーしパパに、あだ名を付けちゃうぞー!



「それじゃあ、子多胡、若多胡、多胡息子。この中から好きなのを選んで」


「え、えーと……」



 そこで多胡重盛は、なんで自分の娘である春姉をチラチラと見るのでしょうかね? まるで多胡重盛が私に虐められて母親に助けを求める子供みたいではないですか。私は無実です。



「おひいさま、コダコ、ワカダコって、なんで濁ってるんですかね? そこはかとなく、おひいさまの悪意が感じられるのですけど?」


「そ、そんなことないってば! ほ、ほら、コタコ、ワカタコって言い難いじゃない!」


「うーん…… そう言われてみれば、そうかも知れませんね」


「そうでしょ? そうでしょ?」


「でも、父上の呼び名は普通に重盛でいいのではありませんか?」



 むぅー、せっかく人が一生懸命に考えたというのにさぁ。ちゃぶ台返しは独裁者だけの十八番ではなかったのですかね? おかしいですよね……



「そ、某も重盛で呼んで頂くことを伏してお願い致しまする!」



 むぅー、仕方がありませんね。そこまで泣きそうな顔をして必死になって懇願しなくてもよいではありませんか。なんか私が悪いことしたみたいな気になっちゃうでしょ!



「仕方ないですね。じゃあこれから、重盛と呼ばせてもらうよ」


「ははーっ!」



 そんなに畏まって喜ばなくてもいいのに。でも、心の中では子多胡か若多胡と呼ばせてもらいましょうかね!



「それで本題ですけど、毛利の動きはどうなっているの?」


「小笠原殿の温湯城を包囲している最中でございまする」



 またかよ。毛利もしつこいですね。まあ、それだけ石見銀山に執着しているとも言えるわけですが。でも、大内旧臣と周防や長門の国人衆を宥めるには豊前と筑前の領有は必須だろうに、おまえら毛利は石見じゃなくて九州で戦しとけよ!



「3、4日後に日野から引き返してくる本隊が2千5百から3千。それから更に3、4日後に伯耆の会見郡と出雲各地で招集した軍勢、これが恐らく7、8千。これでなんとか毛利を押し返せそう?」


「東伯に向かった軍勢は戻せないのですか?」


「東伯から戻せても、精々が1千から1千5百にしかならないわよ。それならば、東伯にそのまま兵を残して南条に組する者を一掃した方が得策だわ」


「なるほど。その程度の兵でしたら、逆に東伯の仕置きに使った方が有用ですな」



 そう、この時代の国人領主の土地に対する執着は凄まじいモノがあるのです。戦に負けたりして土地を奪われ追放されても、それから20年30年の時が経っても奪われた土地を取り戻そうと諦めないのですから……

 私には、なぜそこまで先祖代々受け継がれてきた土地に執着するのかが、いまいち理解できませんね。新たな土地で一から出直した方が建設的な気がするのですけどね。あれかな? ご先祖様からの土地だから、なおさら執着するのかも知れませんね。


 このあたりのデリケートな問題は、21世紀を生きた未来人で転生者でもある私には分からない、心の機敏なのかも知れませんけれども。


 だけど、その割には、2、30年後に成立する織田豊臣政権時には大人しく国替えに同意して、引っ越していくか帰農する国人衆が大半なのです。おまえら引っ越せるのならば、最初から逆らわずに大人しくしとけよ! そう、私が愚痴ってもいいよね?

 あー、でも、国人一揆も結構な頻度で発生してましたっけ? 天下統一した豊臣の時代でも国人たちが暴れていたのならば、尼子の言うことなんて馬の耳に念仏ぐらいにしか思ってないのかも知れませんね。地頭制の残滓マジ勘弁して欲しいです……



「東伯を空にすると、また一から攻め取らなくてはならない破目になりかねないからね」


「左様でござりまするな。それでしたら小笠原殿への援軍は、山吹城を除いた石東の軍勢と併せて約1万4千から1万5千といったところになりまするな」



 1万4、5千か。あと7、8日で、それだけの兵を出雲から石見に集められれば上出来の部類に入るのかな? 現時点ではという、但し書きが付きますけれども。



「毛利の兵力はどれぐらいなの?」


「1万4、5千かと存じます」


「ほぼ、同数ということか。あっ! そうだ、山吹城には鉄砲は何挺配備されているの?」


「4匁の鉄砲が50挺のはずでござりまする」


「うーん、ちょっと少ないなぁ。最低でも100挺は欲しいよね。でも、いまはまだ余剰の鉄砲はないし……」



 これは鉄砲鍛冶師の数を増やして育成を急がなくてはなりませんね。あー、そうなると、ただでさえ不足気味の硝石が更に必要になるということでもあるのか…… あれもない、これもない、ない! ない! ない!



「姫様、毛利はまだ江川の向こうでござりますれば、山吹城に配備する鉄砲は後回しでもよろしいのでは?」


「ん、それもそうだったね。それよりも、隠岐水軍の江川でも使える関船は動かせそうなの?」


「ここ波根と温泉津にて待機しておりまする」



 昨年と同じように、江川を関船で遡って大筒を毛利の陣に撃ち込んでギッタンギッタンにしてやんよ! ん? まてよ…… 大筒隊は日野と東伯に連れて行かせてしまって、手元には4門しか残されていないではありませんか!

 なんたる失策! でも、大筒を使うことによって城攻めでの損害が減るのだから、日野と東伯に持って行かせたのは正解でもあるのですよね。ようは、絶対数が不足しているのが問題ということでしたか。


 ん? 不足……?



「あーーーっ!!」


「おひいさま、どうされました!」



 なんたる不覚…… あれもない、これもない、ない! ない! ない!


 うがー!



「あー、春姉ごめん。なんでもない。いや、あるのか」


「どっちなんですか?」


「どっちもなのよ。それよりも多分、今回は関船を使うのはダメというのか、あまり意味がないかも知れないわ……」


「それは、どういう事でござりましょうか?」


「恐らく大筒で使う花火じゃなくて、玉の数が圧倒的に足りないはずなのよ」



 三刀屋城の攻略戦から、一連の戦で大筒を撃ち過ぎたツケがこんな場面で回ってくるとは…… 日野でも使ってるはずだし、東伯でも使うでしょうしね。ハンドメイドである大筒の玉を作るのには、手間と時間が掛かるのであります。

 実質的には花火みたいなモノですので、職人の育成にも時間が掛かるしね。そう考えると手探りの状況から、よくもまあ花火を作れたと感心しますよね。まあ、明の商人が多少の知識を持っていたので、教えてくれたのが大きかったのかな?


 あとは、私が適当に前世の知識を教えた結果でしたか。私自身が花火の構造を詳しく知っている訳じゃないので、『こんな感じで、ペタペタと貼り合せてあーでもないこーでもない』とか適当に言ったのですがね!

 ようは、花火も爆弾もどきも似たようなモノなのです。飛んで行って爆発するのは一緒ですもんね。



「昨年と同じように関船から大筒を撃ち込めないのは、ちと痛いですな」


「うん。でも、ないものねだりをしても仕方がないしね。ある武器で戦わないとさ」


「左様にございまするな」



 鉄砲隊も私の手元には現時点では80挺しかいないしね。まあ、これは日野から戻ってくる連中と併せれば240挺までは増えるのですけど。そう考えると東伯に行かせた160挺の鉄砲隊がいないのが、幾分か心細く感じてしまいますね。

 春になれば、新たに120挺分の鉄砲隊が仕上がるとは聞いてますけど、これもないものねだりでしたか…… 専門職ほど、訓練未了のまま実戦投入しても役に立たない職はありませんしね。ここは我慢するしかありませんね。


 では、気を取り直して、



「さて、日野から来る本隊を待って石見衆も一緒に、福原か三久須村の辺りまで先行するわよ!」


「ははっ!」


「ということは、4、5日は、この城で久々にゆっくりと休めるということですよね? ね、おひいさま?」



 まあ、そうともいいますけどね……


 近くに温泉ってありませんでしたかね?



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