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48話 戦力外通知でお留守番 【地図3】


 永禄2年(1559年)1月中旬 伯耆 会見郡 浦津村



「ここから軍勢を二手に分けるよ」


「日野を攻めるのと東伯を攻める軍勢に分けるのですな?」


「そういうこと。6千の軍勢で日野を攻めるのは戦力の過剰投入になるからね」



 日野郡は平地が少なくて6千もの軍を展開する場所も、ほとんど無いはずですしね。山間の谷間に猫の額程度の平地があるだけなのです。まあ、中国地方の山間なんて、みんな似たような場所が多いのですがね。

 その猫の額を取り合って殺し合っているのが戦国時代なんですけど、私から言わせてもらえれば、虚しいの一言しか出てきません。でも、これからその虚しい戦を行おうとしている私も大概だとは思いますけれども……


 言うなれば、私も戦国時代に染まってきたということなのかも知れませんね。それが良いのか悪いのかの判断は、恐らく一生涯掛かっても付かない問題なのかも知れませんが。



「それでは軍勢を、どういう感じに分けましょうかの?」


「ん、それは多胡爺に任せた。亀井殿とかと相談して決めてちょうだい」


「御意」


「姫様、某に『殿』は不要ですぞ。もう既に姫様は尼子の当主であられるのですから」


「ごめん。いままでの癖が抜けなくてさ。気を付けるよ」



 亀井殿も既に父上の家臣ではなくて、私の家臣なのですから『亀井殿』呼ばわりがおかしいのは理解してはいるのですが、元々が小市民の私には、オジサン連中を呼び捨てにするのはハードルが高いのであります。



「それでは、日野に向かう軍勢は3千。東伯に向かう軍勢は2千に分けますかの」


「東伯に向かう軍勢が2千で大丈夫なの?」


「八橋城に吉田殿の手勢も5百人程はおりますれば、それと併せれば大丈夫でしょう」



挿絵(By みてみん)



 なるほどね。私には八橋城に詰めている兵が頭から抜け落ちていたわ。南条は旧領は没収されていたのだから、日野に比べたら兵を集めるのに苦労するかも知れないですし、東伯は2千5百もいれば十分なのかも知れませんね。



「ん、分かったよ。それで、あとの1千は?」


「残りの1千は、日野と東伯どちらにでも後詰に行けるように、姫様と一緒に直ぐそこの尾高城で待機してもらいまする」


「ん、分かった」



 なんということでありましょうか! 私は後詰の名の下ではあるものの、実質的には戦力外通知を受けてしまったようであります。まあ、楽が出来るので戦力外通知も、それはそれで良いのかも知れませんがね。

 まだ寒い季節ですし、ありがたくお言葉に甘えさせてもらって、尾高城でぬくぬくさせてもらいましょうかね! あー、でも、



「多胡爺、鉄砲をそれぞれ160挺づつと、大筒も10門づつ持って行きなよ」


「よろしいのですか? 鉄砲は姫様の虎の子で直属の国造衆ですぞ?」



 おろ? いつの間にやら国造衆が私の直属になっていたとは。まあ、私が杵築大社の巫女でもありますので、前から国造衆は私の直属みたいなモノでしたけどね。私が当主になったから、そのまま追認したということですかね?

 落ち着いたら、軍の再編成にも着手した方が良いみたいですね。



「日野衆も東伯の連中も、まだ鉄砲の恐ろしさを肌で実感してないでしょ?」


「左様にございまするな」


「だから、大筒と鉄砲の威力に驚いてあっけなく平伏すんじゃないかな? その方が味方の損害も少なくて済みそうだしさ」


「三刀屋城を攻めた時と同じ戦法ですな?」


「そういうこと。馬鹿の一つ覚えではあるけどね」



 敵も馬鹿じゃないのですから、いつかは対策を取られてしまって鉄砲のアドバンテージも半減するのかも知れませんが。でも、その前に有効なうちは使えるだけ使わないと損ですしね。



「分かり申した。姫様の御配慮、ありがたく頂戴いたしまする」



 うむうむ、わざわざ私と一緒に鉄砲隊を尾高城で無聊を託わせるだなんて、宝の持ち腐れみたいなモノですからね! 鉄砲も鋤も使ってこそ光るのですから! うん? 使っている鍬は光る……? 父上……

 そっか…… なんだかん言っても私は、あんな父親であっても好きだったみたいでしたね。


 父上、グッバイ! あの世で桃さんと仲良く暮らしてね。



「はぁ~、戦場に出なくて済んで助かりました~」


「春姉、それは思っていても口に出しちゃいけませんよ」



 むむっ、人がしんみりと黄昏ていたというのに、春姉は脱力しやがって!



「おひいさま、私は女子なのですから良いではありませんか」


「まあ、それはそうだけどさ」



 そりゃまあ、確かに女子ではありますけども。でも、この時代では女子であっても、戦に参加する逞しい女性もチラホラと見受けられるのです。全体の一割には満たないですけど、100人中7人程度は女性兵士なのであります。

 さらに私の周囲は、それに輪を掛けて圧倒的に女性の比率が高いのです。こんなところでも、私が女であるということを否が応でも自覚させられる破目になるとはね。


 でも、春姉もさ、もうちょっと言い方というモノがあるとは思わないかい? これから、日野と東伯での戦で味方が百人単位で死ぬかも知れないのですから。まあ、春姉は自分に正直なだけなのでしょうね。誰でも死にたくなんてないもんね。



「それでは姫様、吉報をお待ち下さいませ」


「あまり無理な城攻めはしないようにね」


「心得ておりまする。では!」


「気を付けてね。武運を!」



 なるべく多くの人が無事に帰って来れますように…… 南無八幡大菩薩、比売神、神功皇后、宗像三女神にお祈り申し上げます。






 翌日 伯耆 会見郡 尾高村 尾高城



「御注進! 御注進! 敵将である蜂塚右衛門尉を討ち取り、江美城を奪還した由にございまする!」


「はやっ!」


「おひいさま、やりましたね!」


「うん、やったね」



 やはり、鉄砲と大筒の威力は初見殺しみたいでしたね。そら、ビビるか。私でもビビったもんね。初めて鉄砲を集中して運用した訓練を見た時なんて、あまりの音の大きさに驚いてしまって、ちょっぴりおしっこを漏らしてしまいましたし……

 女性の尿道が短いというのを漏らしてしまってから、初めて実感しましたよ…… 愚者は経験して初めて学ぶのでありました。ちょっと今回の体験はニュアンスが違う気がしないでもないですけれども。



「我が方の損害は、どれぐらい出たの?」


「十数人程度かと存じます」


「そっか…… ご苦労さまでした。一晩ここで休んでから戻りなさい」


「はっ! 玉姫様の御配慮、痛み入りまする」



 やはり、損害がゼロという訳にはいかないのは当たり前のことでしたか。でも、あー、こんなに心配になるのなら、まだ自分が戦場に立って敵を殺す指示を出してる方が気が楽だわー。






 翌々日 尾高城



「御注進! 御注進申し上げまする! お味方が日野本城を落としました!」


「おひいさま、またやりましたね!」


「うん、やったね。それで敵将の山名藤幸はどうなったの?」


「敵将の山名藤幸は自害して果てました由にて!」



 それにしても、尼子から離反して蜂起するのはいいけど、いや、私からしたら良くないけどさ。いや、国人衆の大掃除が出来て翻って良かったのかも知れないのかな? それはともかくとして、

 蜂起しても直ぐに尼子に潰されるのが目に見えているはずのに、なんで蜂塚も山名藤幸も無謀とも思える蜂起なんかしたのでしょうかね? 潰されるのが目に見えていなかったのかな?


 なにか引っ掛かる気がしますよね……


 そう、例えば、『毛利が援軍を送ってあげるから、尼子から離れて毛利に付かないかい?』とかなんとか、甘言を弄されたりとかさ。でも、父上の死から、こんなに短期間では毛利も援軍を用意して送れるはずは無いのだから、私の思い過ごしですかね?

 どうも、チートジジイのネームバリューに囚われ過ぎていて、私が気にしすぎているだけなのかも知れませんね。


 まあ、なるようにしかならない。そう割り切った方が気楽ではあるのですけどね! でも、私の判断一つで尼子家全体の浮沈が掛かっているのですから、慎重になるのも仕方がないのです。






 翌日 尾高城



 とたたたたー



「この軽い足音は春姉だね。でも、廊下は走っちゃいけません」



 私が尾高城の縁側に腰掛けて、新春の弱い日差しでほっこり日向ぼっこをしながら、干し柿を頬張っていると案の定、春姉が駆け込んできて開口一番、



「おひいさま大変です!」


「んー、そんなに慌ててどったの? 春姉も柿食べる? 甘くて美味しいよ」



 そういって私は、春姉に柿を手渡した。渋柿じゃないよ? 干し柿です。



「あ、いただきます。あ、美味しいです!」


「柿くへば~ 鐘が鳴るなり~ 尾高城~」


「伯耆の山に雪は降りつつ」



 春姉さんよ直ぐに返してくるとは、やるではないか! といいますか、何年か前にも似たようなやり取りがあったような気がしますね。これは、なんか嫌な予感がしますね……



「山部赤人だっけ? 有名な歌だもんね」


「はい。って、そうじゃなくて! 石見に毛利が攻め寄せて来ました!」



 ガタッ!



「まだ、東伯も備中も美作も安定してないのにーーーっ!!」



 なにか引っ掛かっていた理由は、これでしたか……



「使い番! 日野にいる軍勢に直ぐに出雲に引き返すように伝えてちょうだい!」


「御意!」


「おひいさま、東伯の軍勢は戻さなくてもいいのですか?」


「東伯の軍勢を戻すのは、南条を潰してからでも構わないよ」



 偶然なのか必然なのかは知りませんけれども、この状況は刺賀長信が山吹城で謀反を起こした場面と似通ってますよね。きっかけは、偶然にも父上の死ではあったのかも知れませんが。ですが、偶然にしては出来過ぎの気がしませんかね?


 これは、前から仕込んでいやがったな! 毛利元就!



「春姉、私たちは一足先に刺賀岩山城まで行くわよ!」


「ひぇー、出雲を東へ西への大忙しですね」


「文句なら毛利のジジイに言ってちょうだい!」



 あー、もう本当に嫌になりますよね。これは、やっぱり佐摩の銀山を株式化して権利の半分を毛利にくれてやった方が良いのかも知れませんね。


 でも、その前に一戦交える必要があるのがなんともはや……




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