46話 鹿とジャイアニズム
永禄2年(1559年)1月 出雲 意宇郡 揖屋村
「こちらが、御屋形様を弑逆した賊の首です。ご検分下さい」
尼子の御曹司から一転して賊扱いされるとは、この生首も思いはしなかったでしょうね。しかも、討ち取られた場所が、この少し先にある黄泉比良坂だなんて、なんたる皮肉といいますかエスプリ効き過ぎではありませんかね?
「亀井殿、義久を討った者は誰ですか?」
「はっ、某の後ろに控えております、某の孫養子でもある甚次郎幸盛が討ち取った由にございまする。甚次郎、玉姫様に御挨拶しなさい」
「亀井秀綱が息子の亀井甚次郎幸盛にございまする。玉姫様のご無念の幾許かが取り除かれるお手伝いが出来たのかと思いますると、某は望外の喜びを禁じ得ません」
ほぇー、若いのに堅苦しい挨拶だこと。そんなに畏まってたら肩凝っちゃうよ? でも、やはりまだまだ若いね。言葉の端々から、『俺が大将首を取ったんだぜ! イヤッホォォォーーーッ!!』みたいな感じが見て取れますしね。
まあ、その興奮する気持ちは分からないでもありませんが、こんな身内同士の戦の後で喜びなんて言葉は、あまり使わない方が無難じゃありませんかね? まあ、海のように心が広い私はべつに気にしないけどさ。
しかし、亀井甚次郎って確かこの戦が初陣のはずだよね? その初陣で敵の大将首を挙げるだなんて、凄い強運の持ち主なのかも知れませんよね。それにしても、幸盛という諱はどこかで聞いたことあるような気がするのだけど……?
この子は養子なんだよね? もしかしたら……
「もしかして、甚次郎殿の生家って……」
「はっ、山中であります。若くして亡くなった山中三河守殿の次男が甚次郎で、某の倅である秀綱には男子がおりませぬ故、甚次郎に養子に入って貰いました」
山中ねぇ…… 山中幸盛…… 山中鹿介幸盛!?
ガタッ!
「アンタ、鹿之介かっ!」
「は? 某は甚次郎でございまするが?」
そりゃ鹿之介ならば、初陣でも簡単に首級を挙げられるわな。いくら歴史が書いた人間の都合で脚色されている物語とはいえ、鹿之介に元々の武勇がなければ有名にならないもんね。
でも、兄の義久も尼子に最後まで尽くした忠臣であるはずの山中鹿介に殺されるとは、憐れというのか歴史の皮肉とでも言えばよいのかなんともはや…… でも、鹿之介の主君であった人のイメージは、兄ではなくて尼子勝久の方が強いのだけどね。
「おほんっ、失礼しました。なるほど、亀井家と山中家の事情は理解しました。それで、兄の義久を討った恩賞は後日改めて富田で論功行賞をしますので、春姉、アレ持ってきて」
「はーい」
この鹿は春姉を見て、なに赤くなってやがんだ! 春姉は私の嫁だ! おまえにはやらん! 思春期のエロ鹿め! あっちいけ、しっしっ! がるるるぅっ!
というか、鹿之介は亀井の養子なんだから、亀井の娘を貰う予定になっているのではないのかな? 普通はそうだよね?
「銀は少しでも結構な重さがありますねー」
「ん、ありがとう。甚次郎殿、とりあえず今日は銀で我慢してちょうだい」
「ははっ! ありがたき幸せにございまする」
「それと、さっき私が言った名を貴方にあげるわ。これからは、鹿之介幸盛を名乗りなさい」
「鹿之介…… 速そうな名でござりまするな。ありがたく頂戴いたしまする!」
うんうん、私が歴史をこねくり回してしまったから強制的にこうでもしないと、もしかしたら鹿之介が鹿之介を名乗らない可能性も否定できなかったもんね。
鹿之介は私が育てた! キリッ!
さて、これで一段落といいたいところですけれども、まだまだやらなければならない事後処理が山ほど残っているのよね…… 面倒くせぇーーーっ!!
「多胡爺『父を弑逆した兄の義久は尼子玉によって成敗された! いまなら危害も加えないし罰も与えないので帰参せよ!』こんな感じで、義久に付いた者と傍観していた者に早馬を出して伝えてちょうだい」
「御意。それに付随して出雲中はもちろんのこと、尼子が支配する全域に姫様が戦に勝って尼子の当主に就任した旨を伝えなくてはなりませぬな」
「ん、任せた。あー、でも、その例外として雪が融けたら三沢は潰す予定でいるから、そのつもりでいてね」
尼子の直轄地を掠め取ろうとした報いは受けて貰わなくてはなりません。ついでに、尼子の直轄領も増えますしね。俺のモノは俺のモノ、お前のモノも俺のモノとかいうジャイアニズムとは違いますよ? これは尼子にとっての安全保障なのですから。
けして、鉄に目が眩んだ訳ではないのです。ないったらない!
「砂鉄の利権絡みですな?」
「そういうこと。あと、毛利対策かな? 出雲以外であったのならば、多少は反抗的な国人領主でも目は瞑ってもいいのだけれど、三沢には少し可哀想だと思うけど奥出雲では許容できないのよ」
出雲には反抗的な国人領主を飼っている余裕はもう無いのですから。毛利ジジイの調略で、いつ何時寝返るのか分からない三沢には出雲から退場してもらいましょうかね。
「さすれば、三沢のさらに奥に領地を持っている馬来はどうされますので?」
「馬来は私に対して明確に敵対してないし、それに、馬来には曾爺様が困っている時に助けてもらった恩があるから潰さないわよ」
それに、ほんのちょっとだけれど一応は私にも馬来の血が流れていますしね。兄を殺しといて、なにを今更という気がしないでもありませんけど、だからこそ遠い親戚でも大事にしたいと思うのです。矛盾しているのかも知れませんが。
「左様でございましたな」
それにしても、私が尼子の当主ですか…… いまいちピンときませんね。この時代に生まれ変わって、まさかこんな結果が待っているだなんてね。
神はサイコロを振らないとは良く言ったモノですよね。
でも、アレって本当はどういう意味でしたっけ? まあ、いまの私にとっては、アインシュタインでもニールス・ボーアでも、どっちでもいい問題なんですけどね!
「それはそうと、明日は富田に乗り込むわよ!」
「御意!」
でも、富田に着いても、もう父上はいないんだよね……




