14話 使っている鍬は光る
弘治元年(1555年)閏10月 出雲 杵築大社
「それで、玉よ。説明はしてくれるのだろうな?」
お元気ですか?
杵築大社で巫女をしている玉です。先月の下旬に元号が天文から弘治に改元されたと、京の都から知らせがやってきました。
それと、私もいつの間にやら見習いの文字が取れて、正式な巫女になっていたみたいです。役職も、権禰宜の権が取れて、杵築大社、禰宜になっていました。いつの間ににですかね?
ちなみに、権禰宜は偉くなかったみたいでした。
それで、備前から戻ってきた父上に只今、絶賛詰問されている最中なのです。
「硝石は、日の本では金や銀のように掘れば採れるという訳にはいかないのです。そもそも無いのですから」
たしか、硝石のメイン産地は乾燥地帯じゃなかったかな? 湿度の高い日本では自然の結晶としては産出しないのです。
「そうらしいの。しかし、それが何故、玉には作れるのじゃ?」
「私が小さい頃、大社に巫女見習いに出されて少しした頃に、火之迦具土神が教えてくれました」
前世で読んでいたネット小説の知識ですとか、口が裂けても言えないもんね。まあ、言っても理解不能だとは思うけどさ。
それで、私は天文21年(1552年)に、杵築大社に巫女見習いに出されたのですけど、最初にやったことが、ヨモギに馬の小便を掛けることなのでした。
うん、見事に失敗したよ。熟成と発酵を忘れていたんですね。
周囲の私を見る目が痛い子を見る目といいますか、生暖かい目だったのが忘れられません。恥ずかしすぎて、のたうちまわる程の屈辱的な黒歴史ですよね。
馬や牛の糞と灰と藁とかヨモギとかの草で山を作って、その山に小便を掛けて定期的にかき混ぜて一年経ってから取り出して、煮込んで冷まして出来上がったのであります!
アンモニア臭かったです。まあ、作業は菱根村の私の化粧料に住むお百姓さんにやらせましたけどね。ご苦労さまでした。
でも、3年とか4年掛かるとも言われているので、出来上がった結晶の中身に自信が持てなかったので、トライアンドエラーの実験を継続したのです。昨年作った2年物、今年の春に作った3年物。そして、本命は来年の春に出来上がる4年物なのです!
もちろん、蚕の糞を使う方法も試しています。しかし、出雲ではあまり養蚕は盛んではありませんので、桑畑が少ないのです。まあ、他国との基準が分かりませんので、私の実感としてではありますけれども。
私が郡代となったのは今年からですので、まだまだ桑畑の拡張にまでは手が回っていないのが現状なのです。
でも、桑畑を増やすと、蚕が増える→糞が増える→硝石が増える。蚕が増える→生糸が増える。一石二鳥なのですから、是が非にでも桑畑の拡張はしたいですね。
「やはり、お告げであったか……」
「ちなみに、本願寺でも作れるそうですよ」
「なに!?」
そりゃ父上も驚きますか。お寺が、坊主が戦の道具の材料を拵えているんだもんね。たしか、合掌造りで有名な越中の五箇山で作っているんだっけ?
まあ、この時代の宗教なんて腐りに腐っているしね。といいますか、清廉な宗教なんてあるのかな? 甚だ疑問ですね。
信者と書いて、儲かる。有名な漢字ですよね。ちなみに、悟りと書いて、ゲフンゲフン……
巫女の私が言うセリフではありませんでしたね。失礼しました。でも、手前味噌になりますけど、神道は一番まともな部類に入ると思いますよ? 多分。
「まあ、いくら尼子と本願寺の関係が良好でも秘中の秘みたいなモノですから、教えてはくれなかったのでしょうね。お坊さんはケチですし」
「うーむ、確かにそうじゃの。仮に我が尼子が知っていたとしても、本願寺の坊主には教えんわな。ということは、尼子もケチということかの?」
「戦国の世で敵から身を守る為に戦う大名と、坊主を一緒にしなくても良いのでは? 念仏でも唱えているのが坊主の本分かと」
でも、本願寺は下手な大名よりも力を持っているんだけどね。実質的には大名となんら変わらないのです。実際に加賀なんて一向宗の国になっちゃってますし。
それに、「進めば極楽、退けば地獄」なんてキャッチフレーズを掲げて襲い掛かってくるんですから、狂気の沙汰ですよね。相手をする方としては堪ったもんじゃないのでしょうか?
そりゃ信長が10年にも渡って戦うほど、手こずるのも理解できるというものです。それに信長って、一向宗に親族の武将を数多く討たれていたはず。最後に石山から顕如を退去させる時に、よくもまあ我慢して顕如を殺さなかったよな。
「進めば極楽、退けば地獄」なんて言うのならば、信者に手本を見せる為にも、偉い坊主から率先して極楽浄土に行けばいいのにね。なんで、信者を煽るだけ煽って自分達は石山で放蕩三昧なんでしょね? 不思議ですね。謎だ……
「はははっ! 確かに、坊主は念仏を唱えるのが仕事であったの! しかし、玉は毒舌じゃな」
「毒舌ですかね? これでも、私なりに抑えてはいるつもりなのですが」
抑えなければ、父上の前であっても半日は独演会をする自信があるし。でも、ドン引きされるのがオチだろうし自重しました。
「そうなのか? それでは、本音はどうなのじゃ?」
「念仏を唱えても、腹は膨れません」
そう、この戦乱の世は人々が飢えから逃れる為に、他人の物を奪い合っているのが現状なのですから。だから、私は私の知っている知識で出雲を尼子領を豊かにしなければならないのです。
豊かになれば、人々の心にも余裕が生まれます。その余裕は争いを避けることにも繋がるのです。「衣食足りて礼節を知る」昔の人は良い言葉を残しましたね。
あれ? でも、前世で私の生きていた時代では、この言葉を言った人の国って…… うん、きっと可哀想なことに4千年もの長い間ずっと衣食足りてないんですね。
「むむむ、それは確かに……」
「この末法の世に必要なのは念仏ではなく、力です。力を持った者が民を導かねば、いつまで経っても末法の世は終わりません」
とどのつまり、朝廷や幕府の力が弱いから乱世は続いているということですね。戦国時代になる以前の歴史なんて、あまり興味もなくて覚えてないから、どうしてこうなった? とかの原因は知らないけどさ。
「ちから。その力の源の一部が火薬ということか」
「はい。これからの時代、種子島は戦のやり方を大きく変える力になるはずです」
目指すは三段撃ち! いや、四段とか五段でも試す価値はあるかも? でも、その前に鉄砲と火薬の量産から始めないとね。
「しかし、種子島は雨では使えぬという弱点があるぞ? 戦場は晴れの日ばかりとは限らんのじゃからの」
「その問題は、後々にでも改良していくしかありません。いま戦場で使っている槍や刀は昔の物と同じですか?」
まあ、構造が単純な槍とか刀は、あまり形も変わってはなさそうだけどね。
火縄銃の弱点は雨に弱いことだ。それは私でも理解しているけど、でも、その弱点をこの時代の人はどうやってカバーしたんだろう? 大きな傘を持った人を隣に立たせるとか?
うん、想像したらシュールだったよ。まあ、私よりも頭のいい人が考えてくれるのを期待しましょうかね。
「それは、使いやすいように…… そういうことか」
「はい。使っている鍬は光るのですから」
「ん? 玉よ。『使っている鍬は光る』その言葉の使い方は微妙に間違っているぞ」
「え? 違いましたか?」
「うむ。絶えず努力をしている人は輝いている、立派に見える。本来はそういう意味じゃな。まあ、玉が言いたいことは伝わったがの」
うげっ! 普段使わない言葉を無理して使うものじゃないってことですね。夜に寝床に入ってから、恥ず悔しくて「アウアウ」言って転げ回る破目になりそうじゃないですかー。
「お恥ずかし限りです」
「なに、たまには小娘らしく間違えてもらわないと、大人達の立つ瀬が無いからの。これからも、たまには可愛げを見せてくれると父としては嬉しいのぉ」
ヤダ。絶対に嫌です。私は失敗を引きずるタイプなんだい!
だから、前世ではニートなんてやってたんだし……
 




