13話 合戦の作法 【地図1】
天文24年(1555年)10月 出雲 杵築大社
「山吹城代の刺賀長信が毛利に通じて寝返った由にて」
「ブーーーッ!!」
「おひいさま、汚いですってば!」
石見銀山が奪われた!
まあ、正式には銀山利権といった方が語弊は少ないのかも知れませんけれども、面倒くさいので全部ひっくるめて銀山として処理しておきますね。
それで、いま、多胡爺が言った山吹城代の刺賀長信という人物は、元は大内の家臣で石見の国人領主なのです。名字が「刺賀」という通り、元々は刺賀岩山城の城主だったのです。
第一次月山富田城の戦いで大内が負けて、刺賀岩山城を尼子が奪ってから父上が多胡爺を城代に据えたのです。現在は、春姉の父の多胡重盛が城代を任されている城ですね。
尼子に降った刺賀長信は、刺賀岩山城を没収されたのです。でも、鞭だけでは人は付いてはこないですし、飴も必要ということで刺賀岩山城の代わりに、山吹城の城代に就いたのです。
山吹城は、佐摩、大森にある銀山を守る位置にある山城のことです。つまり、山吹城代の刺賀長信の寝返りはイコール銀山の失陥に等しいのです。
「厳島での毛利の勝ちを知った直後に寝返るということは、その前から既に毛利の調略の手が伸びていたってことね」
「先手を取られましたな」
まだ、陶との決着が付く前から仕込んでくるなんて、毛利元就ってどんだけチートジジイなんだよ! このジジイを相手に出雲を守らないといけないなんて、気が遠くなりそうだわ……
「それで、奪い返す目途は立ってるわけ?」
「小笠原殿が尼子方ですから、まずは小笠原殿から刺賀長信に使者を出して言い分を聞くところからですな」
この石見銀山を語る上で欠かせないのが小笠原氏です。元々が独立志向の高い石見の国人領主、実質的には半独立の小大名みたいなものですから、銀山の支配者が尼子の時でも大内の時でも、小笠原氏には気を遣っていたのです。
父上なんて石見銀山を尼子単独ではなくて、小笠原氏と共同で統治していたくらい石見東部での小笠原氏の力は強いのです。
その小笠原氏の当主、小笠原長雄の叔父が刺賀長信なのです。また、小笠原長雄の母は福屋氏の出で、妻は吉川元経の娘で吉川元経の妹が福屋隆兼と毛利元就に嫁いでいるし、吉川元経の叔母は私の曾婆ちゃんでもあるというカオスっぷり。
田舎の武家社会は、人類みな兄弟を体現させてくれる貴重なサンプルですね! まあ、その割には血生臭い権力闘争に明け暮れているのですが……
話が逸れた。
「叔父甥の関係だから使者がいきなり殺されることはないと思うけど、使者の説得には耳を貸さないでしょうね」
「某も姫様と同じ考えにござりまする。耳を貸すぐらいなら、そもそも毛利の調略に乗りはしますまい」
ですよねー。まったく、これから治水作業も本番というのに刺賀長信は、なんで謀反なんか起こしやがりますかね? まあ、治水も戦も農閑期がシーズンですので、あながち間違ってはいないのが、なんともはや。
「でも、いくら毛利の調略で寝返ったとしても、少し早すぎはしない?」
「山吹城の守りに自信があるのでしょうな」
うーん、確かに山吹城は山城で堅牢な造りとは聞いているけど。でも、それだけかな?
「そうか、尼子の主力が備前まで物見遊山に行っているから、今が好機と見たのか」
「姫様、戦を物見遊山と仰ってくださりまするな。御屋形様はもちろん、みな命を賭して戦っているのですぞ」
「ごめん。物見遊山は言い過ぎた」
「分かって頂けましたか」
けど、備前は遠いし、私の頭の中では備前は尼子の勢力範囲外だ。ですので、多胡爺には一応謝ったけど私の中での備前遠征は無駄な戦には変わりはないのである。つまり、物見遊山。
父上は幕府から、出雲、隠岐、伯耆の守護職だけに止まらず、因幡と美作と備前も備中も備後も守護職を貰っちゃったから、余計に張り切っちゃってるんだろうな。
昔には、播磨の三木城にまで遠征していたくらいですしね。父上はどんだけ戦が好きなんですかね? 頭の中を覗いてみたい衝動に駆られますよね。あとちょっとで摂津ですよ? いくらなんでも、ヒャッハー! しすぎじゃないですかね。
陶晴賢の謀反で大内義隆が死んだ結果、幕府は父上に守護職の安売りをして、山陰山陽8ヶ国にデンと跨る大大名の尼子家が誕生したという訳です。
大内を上回って、かつては六分の一殿と称された山名に迫る守護国なのだ。まあ、その支配範囲は精々が守護を任された国の半分程度にしか及んでない、実態が伴わないのが現状なのですけれども。
「でもね。父上が備前守護職で備前の仕置きに係わるのは理解できるけど、備前と播磨にかまけているその間に備後を毛利に掠め取られていたのなら、それは本末転倒じゃないのかな? 尼子は備後の守護職でもあるのだから」
「そ、それは確かに姫様の仰せの通りで……」
守護というのが如何に名目上のモノに成り下がっているのかが、よく分かりますよね。誰も幕府の言う事なんか聞いちゃいないのだから。そのクセに権威は欲しがるという相反する矛盾。
「尼子にとっては、備前よりも備中北部と備後北部の方が重要だと私は思うよ。より出雲にも近いしね」
そう考えると、備後北部の国人領主の山内氏が尼子を見限ったのは痛かった。山を越えれば、そこはもう出雲なのだから。
まあ、その山がそこそこ険しいから防波堤ならぬ防山砦?の役割を果たしていて、攻略に難儀するともいうのだけれどね。でも、過去には尼子が安芸に、大内と毛利が出雲に入っているのだから、防波堤も絶対ではないということだ。
「おひいさまの頭の中には、まるで山陰と山陽の地図が入っているみたいですね!」
「そうじゃの。確かに備前の方が備後よりも遠いのじゃからの」
「ふふふ、もっと褒めてもいいのよ!」
そういえば、この時代には衛星写真も航空写真もないのだから正確な地図がないのでした。ですので、この時代の人たちは距離感を掴むのが難しいのでしたね。
正確な日本地図を知るのは、この時代では私だけということか。これが大きなアドバンテージなのをすっかり忘れてました。これからは、これを踏まえて考えていけば多少は有利に物事を運べるようになるのかな?
「確かに備前の、瀬戸内の利権は惜しいけど、本貫地が脅かされてまでして手に入れるモノでもないでしょ」
尼子は瀬戸内の代わりに、日本海の交易の半分近くを支配しているのだしね。冬は海が荒れるから、あまり使い物にならないのが難点ではありますが。でも、それで十分でしょ? 欲をかくと足元を掬われそうですしね。
それに、備前には宇喜多直家がいるんだよなぁ。あの男も歴史上では梟雄と呼ばれている危険人物なのだから、なるべくならば係わりたくない御仁ですよね。現状では、宇喜多がどちらの浦上に属しているのかは知らないけどさ。
でも、いまは宇喜多のことを考えるよりも、石見銀山のことを考える方が優先課題なのだった。
「それよりも、山吹城のことよ」
「それもそうでしたな。既に御屋形様には使者が向かっておりますれば、早ければ一月後、遅くとも師走前には出雲に引き返してくるでしょう」
うーん、やはり大軍での軍事行動には時間が掛かるのが付き物なのか。そう考えたら、秀吉の中国大返しの異常さが際立っているのが改めて分かりますね。
まあ、信長からして行軍速度が他の大名より速かったイメージがあるし、織田の系譜が異常なんだよね。その速さがなければ、天下は取れないのかも知れませんね。
「それまで、父上が戻って来るまでは小笠原殿に説得を続けてもらうのかな?」
「そうなりまするな。悪戯に戦の火蓋を切ることもございますまい。もちろん、いつでも出陣の下知が掛かっても大丈夫なように、戦の準備は直ぐにでも始めておきますれば、姫様は御安心して下さい」
火蓋を切る!? その語源は…… そうだ、火縄銃だ!
「多胡爺っ! その言葉は何処で!?」
「火蓋を切るですか?」
「そう!」
「古来から合戦を始める合図には鏑矢を使っておりましたが、最近では種子島を撃って合戦の開始の合図にしておりまする。その種子島の火皿の蓋を開け、火縄の火を火薬に着けて」
「それで種子島を撃つから、火蓋を切る、か。それが長じて戦の始まりの言葉ということね」
まあ、知ってはいたけど、もう既に言葉として使われていたとは。でも、尼子には火縄銃は、まだまだ数えるぐらいしか無かったのではなかったかな? 駄洒落か……
「左様でござりまする。合戦の作法ですな。それで種子島は、火縄を使うから火縄銃とも、鉄の筒ですから鉄砲とも呼ばれておりまするな」
うん、多胡爺せっかく教えてくれたのに、ごめんなさい。私はインチキだから知ってました。といいますか、合戦に、殺し合いに作法って必要なんですかね? 疑問です。
「なるほど。種子島は火縄銃とも鉄砲とも言うと……」
「お爺様、おひいさまは種が、フガッ! モゴモゴモゴッ!」
うん、ちょっと春姉は黙っていようか。
「ん?」
「そ、それで多胡爺。我が尼子には、その種子島は何挺あるの?」
「種子島の数え方が挺とご存知でしたか。さすがは姫様ですな! 某、感服いたしましたぞ」
あ、ヤベッ! まだ私は知らないことになっていたんだっけ。
「ほ、ほら、槍や小早を漕ぐ艪とか細長いモノは挺って言うじゃない?」
「そうでしたな。しかし、種子島が細長いことをご存知とは、さすがは姫様ですな! 某、感服いたしましたぞ」
なに、ループしてるんですかね……?
「そ、それで、我が尼子家に有る種子島の数は……」
「そうでしたな。尼子家が保有する種子島は主従合わせて50挺というところですかな」
うーん、微妙な数ですね。でも、この時期ならば揃えている方になるのかな? まだ、西暦で数えたら1555年だしね。
「それって多いの? 私には少なく思えるのだけど」
「種子島は高価ですからの。一挺で100貫とも150貫とも言われておりまする」
「たかっ!」
一挺、1500万円? なめとんかー! 火縄銃が高いとは思っていたけど、まさか、それほどまでに高いとは知らなんだ。
昨年までの菱根の化粧料で取れる私の取り分の米を全部売っ払って、ようやく一挺とか、どんだけぼったくり価格なんだよ。
長篠の戦いで信長は3千挺の鉄砲を揃えたとかいうけど、45万貫!? 斐伊川の付け替え工事の約10倍の値段じゃん! いくら信長でも3千挺もの数の鉄砲を本当に揃えられるものなのか?
まあ、話半分としても最低でも、1500~2千挺は揃えたんだろうね。多分。それでも十分に凄いけどさ。1575年当時の織田の財力って半端なかったんだね。
あと、20年後か…… うん、逆らうのは止めた方が無難だね。まあ、その前に信長と同等かそれ以上のラスボスが出雲の隣にはいるんだけどね……
「高いですな。それに玉薬、これは鉛の玉と火薬ですな。これも高いのです。特に火薬に使われている硝石という物が、出雲はおろか日の本では手に入らないと商人が申しておりました」
「鉛は出雲でも取れるわね」
黒色火薬を作るのは意外と簡単だ。硝石と硫黄と木炭、これだけなのですから。木炭は作れるから、あとは硝石と硫黄か。
硫黄は日本が火山国だから腐るほど産出するから良いけど。いや、硫黄が腐るなんて聞いたことないですけどね。臭いは腐った卵のようですけど。でも、硫黄は無臭とか聞いたような気もするけど気にしない。
まあ、本当は腐った卵の臭いを発生させているのは、硫化水素なんですけどね。気にしたら負けのような気がするし。
しかし、御師の坪内さんや鉢屋衆の話では、残念ながら出雲やその周辺では硫黄はほとんど産出しないのです。多分。
玉造温泉と宍道の間に来待という土地があるのですけど、ほのかに硫黄の臭いがするというので調べてみたのですが、とても湯の花から硫黄を取り出す量には及ばず、残念ですが断念しました。
硫黄は九州か長野から取り寄せるとするか。九州は別府周辺で取れるし、信濃は野沢温泉の辺りかな? その近くには志賀高原や白根とか草津もあるしね。草津は群馬だけれども。
九州の硫黄は博多から買うとして、信濃の硫黄は…… 北信濃のあの辺りは高梨氏の領地になるのか? 高梨だったら長尾の縁戚だから、直江津の商人に頼んだら買えそうだね。
博多が使えなくなった場合に備えて、購入ルートは複数確保しておきたいしね。
話が逸れた。問題は、多胡爺が言うように硝石なのです。
「その硝石というのなら、おひいさまが小さい頃から、モゴッ! 作ってフガッ! ますフガフガッ! よ?」
「なんだと!?」
まだ、誰にも秘密なんだってばー!




