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12話 柿食えば


 天文24年(1555年)10月 出雲 杵築大社



 とたたたたー



「この軽い足音は春姉だね。でも、廊下は走っちゃいけません」



 私が縁側に腰掛けて、秋の日差しでほっこり日向ぼっこをしながら、柿を頬張っていると案の定、春姉が駆け込んできて開口一番、



「おひいさま大変です!」


「んー、そんなに慌ててどったの? 春姉も柿食べる? 甘くて美味しいよ」



 そういって私は、春姉に柿を手渡した。渋柿じゃないよ?



「あ、いただきます。あ、美味しいです!」


「柿くへば~ 鈴が鳴るなり~ おおやしろ~」


「三瓶の峰は紅に染めつつ」



 春姉さんよ直ぐに返してくるとは、やるではないか!



「富士の高嶺に雪は降りつつ。かな?」


「はい。百人一首にも万葉集にもあるから覚えていました」


「山部赤人だっけ? 有名な歌だもんね」


「はい。って、そうじゃなくて! 安芸で、安芸で!」


「そうだね。季節は秋真っ盛りだねー」


「その秋じゃなくって! 安芸の宮島で、厳島で!」



 ガタッ!



「どっちが勝ったの!」


「村上水軍と毛利の勝ちです! 陶晴賢が討ち死にか自害したそうで、大内と陶の惨敗です!」


「ウシッ!」



 思わず拳を握りしめてしまったではないですか。


 これで、空売りしていた大内の証文は暴落して、それを回収して貸し手に返すだけで差額が丸儲けですね。


 陶と毛利の経過観察を続けていて、恐らくは今年の秋頃には厳島の戦いが発生するであろう。そして、歴史通りに毛利が勝つであろう。

 そう思って杵築大社の御師の坪内さんに頼んで、逆日歩紛いの借り賃を長門の商人に払い一月前から仕込んでもらっていたのです。ちなみに、御師の坪内さんは尼子の御用商人でもあります。御師とは、大社に参拝する人をお世話する人の事です。


 まあ、私の権限で自由に動かせる金額なんてたかが知れてますから、儲かったとしても2千貫か3千貫が精々なんだけれどさ。それに只今、永楽玉銭を絶賛私鋳中ですから、あまり意味のない事をしてしまった気がしないでもないですね。


 でも、某九州の姫巫女様、ありがとうございました。世の中が平和に成りましたら、宇佐八幡宮にお参りに行かせていただきます。


 しかし、やっぱり投機ってギャンブルなんだよね。恐らく毛利が勝つであろう。そう頭では分かってはいても、心臓に悪いわ。インチキをしていてもリスクを背負っているのは、あまり変わらないのかも知れませんね。

 本当の結果は、結果が出るまでは誰も分からないのですから。それこそ、神様でもない限りはね。


 それで、本音を言ったら、毛利には負けて欲しかったのですけどね。相手にするなら、チートジジイよりも、まだ陶の方がマシでしょ?

 まあ、父上が何故だか、大内と昨年に和睦して同盟を結んでいたりしたのですけど、この同盟も陶晴賢が死んでオジャンになるのでしょうね。



「牛?」


「いや、まあ、ウシって言ったのは私だね……」


「といいますか、おひいさまは戦が起こる事を知っていたのですか?」


「だって私は大社様に仕える巫女だよ? それぐらいの神通力は使えないとね」



 本当に神通力が使えるのならば、苦労は少なくて済むのでしょうけどね。今度から、もう少し真面目にお祈りしようかな? そしたら神通力が使えるようになるかも知れないしね!


 ありえないか……



「私は神通力を使える巫女なんて、おひいさましか知りませんけど」



 ん? 私は神通力なんて使えませんよ? 春姉は何を仰っているのでしょうかね? もしかして、春姉は少し早めの厨二病にでも罹患してしまったんでしょうか!? この時代には、まだ黄色の救急車は無いのですから、どうしましょう……



「まあ、冗談はさておき、大内と、この場合は陶か。陶と毛利は小競り合いは続けていたのだから、そのうち大規模な合戦が起こるのは誰でも予測できるでしょ?」



 でも、これでようやく確信が持てた。この世界が私の知る歴史と同じ経過を辿っていて、ほぼ歴史通りだとすると今は十中八九、西暦でいう所の1555年だ。桶狭間まで、あと5年ということか。まあ、桶狭間は私には関係ないけどさ。

 しかし、いまの時代の西暦が判明したところで、大して役に立ちそうになかったりもするのですけれども。


 私という異物を、池に放り込まれた石のようなモノと仮定したら分かりやすいですね。石を投げ込まれた池には波紋が発生するのだから。私が動く度に波紋は大きく広がっていくのです。それは、私が知っている歴史との乖離を生むのです。

 乖離する幅が大きくなればなるほど、私の知っている西暦で記憶している歴史知識は通用しなくなりますので、西暦を知っても、あまり役立たなくなるのです。

 北京で蝶が羽ばたいたら、一月後にはニューヨークで嵐が起こるとも言いますしね。バタフライ効果でしたっけ?


 つまり、なにが言いたいかというと、歴史なんて私が知ったことか! 滅亡なんてごめんです! こちとら、悪魔に魂を売り渡してでも生き残ってやる! そういうことです。



「そう言われてみれば、そうかも知れませんね」


「これから大内は衰退して、代わりに毛利が大きくなるわよ。春姉、毛利の動きに注意してくれるように重盛殿に文を送ってちょうだい」


「刺賀岩山城の父にですか? でも、御屋形様の許可も得ずに勝手にしてよろしいのでしょうか?」



 その親父は備前くんだりまで、ヒャッハー! をしに行っちゃてるでしょうが! この時代の男って本当に戦が好きだよね…… もうね、馬鹿なの? アホなの? 死ぬの? そう思いますね。



「ただ注意を促すだけなんだから、そのぐらいは勝手にしても大丈夫だよ。それに、刺賀岩山城がある石見の安濃郡の隣はどこかな?」


「ここ神門郡ですよね」



 いくら春姉が小娘でも、地元のこれぐらいの地理関係は頭に入っていましたか。まあ、私の姿は春姉よりも更に小娘なんだけどね。



「うん。私は神門郡の郡代として領民の安全を期す義務があるの。だから、隣の安濃郡に注意を促すのは郡代の裁量権の範囲内だよ」


「なるほど、分かりました」


「それに父上は備前に出陣中だから、仮に許可を貰いに使者を立てても、往復で最低でも10日から半月近くは掛かるでしょ? 許可なんて待っていたら、時間を失うのよ」



 そう、この時代の情報伝達に掛かるタイムロスは、致命傷になりかねないのです。



「それは確かに、おひいさまの言う通りですね」


「兵は拙速なるを聞く、疾きこと風の如く、よ」



 スピードこそ大事なのです。



「その言葉は、おひいさまの好きな孫子でしたね」


「うん。彼を知り己を知れば、百戦して危うからず。とも言うしね」



 いま必要なのは毛利の情報なのだから。



「ほう、孫子ですか。相変わらず姫様は聡明でござりまするな」



 いや、そう褒められたら照れるじゃないですかー。



「お爺様、お戻りでしたか」


「多胡爺、ちょうど良かった。毛利の動きに気を付けるよう重盛殿に頼んでちょうだい」



 これで、取り敢えずは大丈夫と思いましょうか。



「爵禄百金を愛んで敵の情を知らざる者は、不仁の至りなり。いやはや、姫様が御師や歩き巫女や鉢屋衆を大事にする理由が分かるというものですな」


「情報は大事だからね」


「しかしながら、少しばかし遅かったですな」


「なにかあったの?」



 なんだか嫌な予感がするね……











「山吹城代の刺賀長信さすかながのぶが毛利に通じて寝返った由にて」


「ブーーーッ!!」


「おひいさま、汚いですってば!」



 石見銀山がーーーっ!!


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