第三話 あらすじを設定資料にするな
第二作目の結果は、第一作目より良かった。
良かった、という表現には多少の注意が必要だが。
『全員が捨てた初期職を一万時間やり込んだ俺だけが、安全地帯を作れる』
公開初日の累計アクセス数は、148。
第一作目が31だったことを考えれば、約5倍だ。
ブックマークも3件付いた。
評価ポイントはゼロ。
感想もゼロ。
ランキングには、当然ながら影も形もない。
だが、明確な改善ではある。
「見ろ、ミナ」
「何をっすか?」
「前作比477パーセントアップだ」
「31が148になっただけっすよね?」
「成長率で見れば驚異的だ」
「コンサルが数字を盛るときの言い方じゃないっすか!」
水城ミナは、俺の家のソファに寝転がりながら、呆れたようにスマートフォンをいじっていた。
今日はダンジョンの休業日らしい。
探索者の仕事は、毎日同じ場所へ出勤するものではない。
所属するパーティーの方針や、ダンジョン内の状況、装備の整備、体調によって活動日は変わる。
もっとも、休業日だというのに俺の家へ呼び出され、小説のアクセス解析を見せられているのだから、彼女にとって休みになっているかは怪しいが。
「148人が来たんだぞ」
「来たというより、ページを開いた人数っすよね」
「同じことだ」
「全然違うっす。店のドアを開けて、何も買わずに帰った客を売上に入れないでくださいよ」
「ブックマークが3件ある」
「3人は商品をカゴに入れてくれたっすね」
「つまり成果は出ている」
「145人は帰ったっすけどね」
俺は管理画面を見つめた。
ミナの言う通り、タイトルを改善したことで閲覧数は増えた。
しかし、そこから先が弱い。
第一話を読んだ人数に比べて、第二話まで進んだ人数が明らかに少ない。
第三話に至っては、第一話のおよそ三分の一だった。
「タイトルの入口機能は証明された」
「言い切るの早くないっすか?」
「前作より5倍近く読まれた。投稿時間も話数も文字数も同じだ。変更した最大の要素はタイトルにある」
「まあ、前のタイトルよりは読みたくなるっす」
「つまり、仮説は正しかった」
「でも、みんな途中で帰ってるっすよ」
「そこは別の問題だ」
「問題を分割すると、解決した気になれるんすか?」
「……問題の切り分けは重要だ」
「小説をシステム障害みたいに扱うなっす!」
俺はノートパソコンに、新しい資料を表示した。
タイトル改善によって、作品ページへの流入は増加した。
しかし、流入した読者の多くが、第一話の前後で離脱している。
考えられる原因はいくつかある。
一つ目は、あらすじ。
二つ目は、第一話の内容。
三つ目は、タイトルと本文の不一致。
四つ目は、純粋につまらない。
四つ目については、ひとまず保留にする。
「なんで一番ありそうな理由を保留にするんすか?」
「検証の順番だ」
「自分が傷つかない順番じゃないっすか?」
「まずは、あらすじを確認する」
「…聞いてないっすね、この人」
俺は投稿した作品のページを開いた。
タイトルの下には、作品のあらすじが表示されている。
「読んでくれ」
「また私が読むんすか?」
「第三者の音読によって、文章の問題点が見えやすくなる」
「自分で読みたくないだけじゃないっすよね?」
「早くしろ」
「態度!」
ミナは身を起こし、画面をのぞき込んだ。
「えーっと……」
彼女は、俺が書いたあらすじを読み始めた。
まずは一行目。
「27年前、世界各地に正体不明の巨大構造物――通称ダンジョンが出現した」
つづいて二行目。
「各国政府は混乱への対処を迫られ、日本政府はダンジョン対策特別措置法を制定。後に探索者管理法へ統合されることとなる」
三行目。
「探索者は能力値および活動実績によって第一級から第七級まで分類され、各ダンジョンは魔素濃度、階層数、推定危険度に応じて特別指定、一種、二種、三種、一般の五段階に区分された」
……四行目。
「また、探索によって得られた魔石の流通は、政府認可法人である日本魔石流通管理機構が一括して……」
ミナが読むのをやめた。
「どうした」
「いつ主人公が出てくるんすか?」
「もう少し先だ」
「もう少しって、どの辺っすか?」
「十二行目」
「遠いっす!」
「世界観を理解するために必要な情報だ」
「読者はダンジョン庁の採用試験を受けに来たんじゃないっす!」
ミナは画面を勢いよくスクロールした。
「しかも、長っ! あらすじだけで二千文字近くあるじゃないっすか!」
「正確には1,864文字だ」
「細かっ! 誤差っすよ!」
「作品世界を誤解されないよう、最低限必要な情報を記載した」
「これで最低限なんすか!?」
「ダンジョンが存在する社会を書く以上、法制度や管理体制の説明は避けられない」
「避けてください!」
「しかし――」
「避けろっす!」
強い口調だった。
探索者として実際に制度の管理下に置かれているだけに、思うところがあるのかもしれない。
「…橘さん」
「なんだ」
「あらすじって、何のためにあると思ってるんすか?」
「作品の概要を説明するためだ」
「その作品を読みたくさせるためでしょうが!」
「同じではないのか?」
「全然違うっす!」
ミナはテーブルに置いてあった菓子袋から、ポテトチップスを1枚取り出した。
「これ見てください」
「ポテトチップスだな」
「袋の表に、【ジャガイモを薄く切って油で揚げた食品です】って書いてあったら買います?」
「正しい説明ではある」
「でも、普通は【濃厚バターしょうゆ味】とか【期間限定】とか書いてあるっすよね?」
「その方が購買意欲を刺激するからだ」
「そういうことっす!」
ミナはポテトチップスを口へ放り込んだ。
「読者が知りたいのは、どう作ったかとか、法律でどう管理されてるかじゃないっす。この話を読んだら、どんな味がするのかっすよ」
「……なるほど。味か」
「この作品を読んだら、何が面白いのか。主人公が何をするのか。どんな気持ちになれるのか。それを先に教えないと、誰も食べないっす」
「しかし無料だぞ」
「無料でも、時間は取られるっす!」
なるほど。
読者にとっての支払う対価は、金銭だけではない。
>時間
>集中力
>そして、数ある作品の中から一つを選ぶ機会
無料だから無条件に読まれるわけではない。
むしろ無料作品が大量にあるからこそ、選択される理由が必要になる。
「つまり、あらすじは概要ではなく、期待値を作る文章か」
「最初からそう言ってるっす!」
「読者へ、この作品で得られる体験を提示する」
「また固い言い方になってるっすけど、まあそうっす」
俺は自分のあらすじを改めて読み返した。
ダンジョンの出現、法制度、探索者の階級、魔石の流通機構、主人公の所属するクランの組織体系、そして初期職に関する社会的評価。
設定資料としては、よくまとまっている。
だが、この物語を読む理由が出てくるのは、かなり後だ。
主人公は、誰からも見向きされない初期職を選んだ。
周囲から無能だと笑われた。
しかし一万時間の訓練によって、本人だけが安全地帯を作れるようになった。
死の危険があるダンジョンで、彼の能力だけが仲間を休ませ、生還させる。
本来伝えるべきなのは、こちらだ。
「主人公の不遇」
「はい」
「主人公だけの能力」
「続けて」
「その能力によって、何が変わるか」
「そうっす」
「最後に、どんな未来が待っているか」
「そこまで分かれば、読むか決めやすいっすね」
俺はホワイトボードに書き出した。
一、主人公の現在地。
二、何を手に入れるか。
三、何をして逆転するか。
四、どんな物語になるか。
「法律は?」
「いらないっす」
「探索者の階級区分は?」
「そんなのいらないっす」
「魔石流通管理機構は?」
「一番いらないっす!」
「重要な組織だぞ」
「本編で必要になったとき出せばいいんすよ!」
「読者が事前に知らなければ混乱するかもしれない」
「ダンジョンがあって、探索者がいる。それで十分っす!」
「説明不足ではないか?」
「現実の人間だって、税法を全部理解してから会社員になるわけじゃないっすよ!」
その指摘には反論できなかった。
俺も税法をすべて理解しているわけではない。
「では、書き直す」
俺は新しいあらすじを入力した。
『全員が捨てた初期職を、主人公の黒川蓮だけは一万時間続けていた。』
「名前、黒川蓮なんすね」
「主人公らしいだろう?」
「橘さんの考える主人公、だいたい黒か蓮が入ってそうっす」
「……黙っていろ」
続きを書く。
『攻撃力は最低。派手なスキルもない。仲間からは役立たずと笑われ、所属していたクランからも追い出された。』
「不遇っすね」
『だが、誰も知らなかった。』
「お?」
『その初期職を極めた者だけが、魔物の侵入を完全に防ぐ【安全地帯】を作れることを。』
「さっきより、かなり分かりやすいっす」
『死ねば現実でも命を失うダンジョンで、蓮の作る安全地帯は唯一絶対の休息場所となる。』
「うんうん」
『彼を捨てた者たちが命からがら逃げ惑う一方、蓮の周囲には探索者たちが集まり始め――』
俺は最後の一文で手を止めた。
「……成功未来はどうする?」
「安全地帯でみんなを助けるとか??」
「弱い」
「急に厳しいっすね」
「助けるだけでは、主人公がどこまで行くのか見えない」
「じゃあ、最強になる?」
「安全地帯を作るだけで最強は不自然だ」
「人気探索者になるとか」
「配信要素はない」
「大規模クランを作る?」
「それだ」
最後に追記する。
『やがて彼は、誰も死なせない最強クランの主となる。』
全体を読み返す。
先ほどまでのあらすじとは、まるで別物だった。
説明している世界設定の量は、大幅に減っている。
それでも、どんな主人公が、何をして、どんな未来を得る話なのかは、以前より明確だ。
「どうだ」
「最初より100倍マシっす」
「数字に根拠がない」
「褒められたときくらい素直に受け取れっす!」
俺は変更したあらすじを投稿ページに反映した。
さらに、作品タイトルも少し調整する。
『全員が捨てた初期職を一万時間やり込んだ俺だけが【安全地帯】を作れる ~追放されたけど、誰も死なない最強クランを作ります~』
「長くなったっすね」
「重要なのは長さではない。何が得られるかだ」
「前よりは、どんな話か分かるっす」
「これで再度、反応を観測する」
「また管理画面を3分おきに更新するんすか?」
「定点観測だ」
「それは監視っす」
19時。
あらすじとタイトルを変更した状態で、第四話を投稿した。
更新直後から、少しずつアクセスが増えていく。
1時間で50。
3時間で120。
日付が変わる頃には、200を超えた。
ブックマークも3件から7件へ増えている。
「増えた」
「本当に増えたっすね」
「やはり、あらすじにも入口機能がある」
「タイトルで立ち止まって、あらすじを読んで、入るか決める感じっすかね」
「タイトルが看板。あらすじが入場前の説明だ」
「さっきのポテトチップスで言えば、タイトルが味の名前で、あらすじが袋の裏のおすすめ文っすね」
「ただし、法制度を書く場所ではない」
「ようやく分かったんすか」
「魔石流通管理機構については本文に移す」
「まだ出す気なんすか!?」
ミナが頭を抱えた。
アクセスは、前作よりも順調に増えている。
タイトルで、何が気持ちいい話なのかを提示する。
あらすじで、その期待を具体化する。
ここまでは理解した。
しかし、一つ奇妙なことがあった。
作品ページへの訪問者は増えている。
あらすじを改善した後は、第一話を開く人数も増えた。
それなのに、第二話へ進む割合は、ほとんど変わっていない。
「おかしい」
「また始まったっすね」
「入口から入る人数は増えた。にもかかわらず、中へ進んでいない」
「第一話がつまらないんじゃないっすか?」
「まだ断定はできない」
「なんで自分の本文だけ、そこまで慎重に扱うんすか?」
「第一話には、必要な説明がある」
「また説明っすか」
「主人公が追放されるまでの人間関係と、所属クランの組織構造を――」
「ちょっと待ってください」
ミナが嫌な予感を覚えた顔で、第一話を開いた。
数秒後。
彼女の顔から表情が消えた。
「橘さん」
「なんだ」
「この第一話、どこから始まってるんすか?」
「クランの定例会議だ」
「何文字続くんすか?」
「四千文字ほど」
「探索者小説の第一話で、四千文字も会議するんすか!?」
「主人公が追放される理由を丁寧に描いている」
「タイトルではもう追放されたって分かってるでしょうが!」
「だが、読者には経緯を――」
「三行で追放しろっす!」
無茶な要求だった。
ただ、アクセス解析は、彼女の意見を支持していた。
タイトルで入った読者。
あらすじで期待した読者。
その多くが、第一話の会議室から出てきていない。
俺はホワイトボードに、第二の原則を書き記した。
――第二原則。
あらすじは、設定を説明する場所ではない。
作品を読めば何が楽しめるのかを、読者と約束する場所である。
その下へ、もう一行追加する。
――ただし、約束したものが第一話に出てこなければ意味がない。
「明日、第一話を書き直す」
「会議を削るんすね?」
「半分にする」
「全部削れっす!」
「必要な会議だ」
「小説家になってまで会議を守ろうとするなっす!」
ミナの叫びが、夜の部屋に響いた。
そして翌日。
俺は四千文字の会議を三百文字に圧縮し、主人公を冒頭でクランから追い出すことになる。
それでもまだ、俺は理解していなかった。
第一話には、説明より先に置かなければならないものがあることを。
読者が次の話へ進まずにはいられない、物語のフックというものを。




