第二話 タイトルはダンジョンの入口である
小説家になると宣言してから3日後。
俺は、記念すべき処女作を書き上げた。
文字数は23,412字。
全六話構成。
執筆時間は、合計19時間18分。
本業の資料作成と比較すれば、多少時間はかかった。だが、初めての成果物としては悪くない。
俺はノートパソコンの画面に表示された原稿を眺め、満足げに頷いた。
「できた」
「何がっすか?」
向かいのソファに座っていた水城ミナが、コンビニで買ってきたプリンを食べながら顔を上げた。
「小説だ」
「もう書いたんすか!?」
「小説家になると決めたのだから、小説を書くのは当然だろう」
「3日前に、人生で読んだ小説は業務マニュアルだけって言い張ってた人っすよね!?」
「正確には、業務マニュアルのほかに就業規則も読んでいる」
「だからそれは小説じゃねぇだろっ!」
俺は原稿の先頭を表示した。
「読んでくれ」
「…えっ。私がっすか?」
「君は探索者監修だ」
「一回だけ話を聞くって言っただけっすよ!」
「その一回がまだ終わっていない」
「3日間続く一回があるか!」
不満そうに口を尖らせながらも、ミナはノートパソコンを受け取った。
なんだかんだ言いながら協力するあたり、この女は面倒見がいい。
探索者のパーティーでも、新人の教育を押しつけられることが多いらしい。
「まずはタイトルから読んでくれ」
「はいはい。えーっと……」
ミナは画面に表示された文字を読み上げた。
「『ダンジョン補給業務における在庫管理と生還率向上について』」
沈黙。
「どうだ」
「……論文っすか?」
「小説だ」
「完全に研究発表のタイトルじゃないっすか!」
「内容を正確に表現している」
「内容を正確に表現すれば小説のタイトルになると思ってるんすか!?」
「なんだ? 違うのか?」
「少なくとも、これを見て読みたいとは思わないっす!」
予想外の反応だった。
俺としては、作品の内容を過不足なく伝えた優秀なタイトルだと考えていた。
主人公はダンジョン補給所に勤務する男性職員。
彼は探索者ではないが、物資の入出庫を管理する能力に長けている。
ダンジョン内で発生する事故の多くが、装備不足や物資の配分ミスに起因すると気づき、在庫管理を改善することで探索者の生還率を上げていく。
社会的意義がある。
仕事の改善過程も描かれている。
現代日本のダンジョン産業が抱える構造的問題にも触れている。
誰がどう考えても良作だった。
「中身を読めば面白さが分かる」
「タイトルで読む気がなくなるって話をしてるんすよ!」
「読者は中身を確認してから判断すべきだろう」
「なんで読者側に努力を要求するんすか!?」
ミナが画面を指で叩く。
「こっちは無料で読む作品を探してるんすよ? 一覧に小説が何百本も並んでるのに、わざわざ一番つまらなそうなタイトルを選ぶ理由がないっす!」
「つまらなそうではない。合理的だ」
「合理的なタイトルと、読みたいタイトルは別物っす!」
むっ? ……なるほど。
言い方には問題があるが、指摘には一理ある。
「ふん。では本文はどうだ?」
「まだタイトルの時点で帰りたいっすけど……」
ミナは渋々、第一話を読み始めた。
5分…10分…15分。
途中から、彼女の眉間に刻まれたしわがどんどん深くなっていった。
「どうだ? 面白いだろう??」
「……主人公、ずっと帳簿を見てるっすね」
「そりゃそうだろう。在庫管理が仕事だからな」
「二千文字読んで、木箱を3個右に動かしただけっすよ?」
「動線改善だ。これによって緊急時の搬出時間が7パーセント短縮される」
「知らないっすよ!」
「探索者の生還に関わる重要な改善だぞ」
「だったら最初から誰かを死にかけさせてください!」
「なんて物騒な」
「小説の話っす!」
ミナは両手で頭を抱えた。
「なんで主人公の仕事が重要なのか、説明されるまで全然分かんないんすよ!」
「丁寧に説明しているだろう」
「丁寧すぎるんす! 読者は社内研修を受けに来てるんじゃないっすよ!」
「しかし、業務の背景を理解せずに改善の価値は分からない」
「だからって、第一話の半分をダンジョン庁の組織図に使う人がいるか!」
組織構造は重要だ。
補給所と探索者協会と民間クランの責任分界点を理解しなければ、主人公が改革に苦戦する理由が伝わらない。
しかしミナは、俺の意見を聞く気がないらしい。
「これ、どこから面白くなるんすか?」
「第三話だ」
「遠いっす! めっちゃ遠いっす!!」
「第三話で補給物資が届かず、探索者パーティーが危機に陥る」
「第一話でやってください!」
「登場人物や制度を説明してからでないと、危機の重大性が――」
「三行で説明しろっす!」
無茶を言う。
だが、彼女は最初の読者だ。
コンサルタントとして、顧客の反応を無視するわけにはいかない。
「ひとまず投稿して、市場の反応を見よう」
「えっ?? これを投稿するんすか?」
「ああ」
「正気っすか?」
「仮説は実証しなければ意味がない」
「人体実験みたいに小説を投稿しないでくださいよ!」
俺は『なろう! 小説家に!!』の投稿画面を開いた。
作品タイトル…あらすじ……ジャンル…キーワード、そして本文。
必要事項を入力し、投稿予約を設定する。
「投稿時間は19時だ」
「なんでっすか?」
「利用者が増える時間帯だからだ」
「そこだけ妙にちゃんとしてるんすね」
「一話目を19時。二話目を19時10分。三話目を19時20分に公開する」
「最初から三話出すんすか?」
「一話だけでは、作品の良し悪しを判断する材料が不足する。三話まで読めれば継続判断がしやすい」
「本文はあれなのに、投稿戦略だけは本格的なの腹立つっすね」
「褒め言葉として受け取っておこう」
「褒めてないっす!」
そして19時。
俺の処女作が、世界へ公開された。
投稿直後のアクセス数は3。
そのうち一つは、俺自身の確認だ。
もう一つはミナ。
残る一人だけが、純粋な読者ということになる。
「一人来た」
「奇跡っすね」
「まだ始まったばかりだ」
10分後、第二話を公開。
さらに10分後、第三話を公開した。
アクセス数は合計7。
「増えた」
「たぶん同じ人が三話読んだだけっすよ」
「つまり、最後まで読まれた」
「ものは言いようっすね」
一時間後。
>アクセス数 12
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三時間後。
>アクセス数 19
>ブックマーク 0
>評価 0
>感想 0
>アクセス数、19。
日付が変わった時点で、累計アクセスは26。
俺は腕を組んで画面を見つめた。
「おかしい」
「何がっすか?」
「市場規模から考えて、少なすぎる」
「市場規模で自分の小説のアクセス数を予測する人、初めて見たっす」
「投稿時間も悪くない。初日に三話公開した。文字数も上位作品の平均から大きく外れていない」
「じゃあ、中身とタイトルが悪いんじゃないっすか?」
「その結論は早計だ」
「一番最初に疑うところでしょうが!」
俺は管理画面を更新した。
数字は増えない。
もう一度更新。
変化なし。
さらに更新。
変化なし。
「何回押しても増えないっすよ」
「サーバー側の反映に時間差があるのかもしれない」
「現実を受け入れろっす!」
翌朝。
>アクセス数 31
>ブックマーク 0
>評価 0
>感想 0
誰にも読まれていない、とまでは言えない。
しかし、読まれたとも言いがたい。
「投稿時間の問題だろうか」
「違うと思うっす」
「新人作家はランキングに表示されにくいのかもしれない」
「……違うと思うっす」
「作品数が多すぎて、偶然埋もれた可能性もある」
「だからタイトルがつまらないんすよ!」
ミナが我慢の限界を迎えた。
「さっきから理由を外に探しすぎっす! 一覧に並んでるところを想像してくださいよ!」
彼女はノートパソコンを奪い、ランキング画面を開いた。
そこには、数多くの作品タイトルが並んでいる。
『会社を追放された俺、ダンジョンで拾った廃品を【鑑定】したら国宝級だった』
『Fランク荷物持ち、無限収納に目覚めたのでS級パーティーより先にボス報酬を持ち帰る』
『底辺探索者の俺、配信を切り忘れたまま災害級モンスターを倒してしまう』
そして、その中に混ざる俺の作品。
『ダンジョン補給業務における在庫管理と生還率向上について』
「一個だけ会議資料が混ざってるっす!」
「並べてみると、多少異質ではあるな。ふふっ」
「多少じゃないっす! 人気ラーメン店の行列に、事務用品のカタログが並んでるくらい異質っす!」
言われてみれば、周囲の作品には共通点がある。
誰が主人公なのか。
どんな不遇な立場にいるのか。
何を得るのか。
最終的にどんな成功をするのか。
タイトルを見ただけで、物語の方向が理解できる。
一方、俺のタイトルから分かるのは、在庫管理をするという事実だけだ。
「俺の作品にも成功はある」
「どこに書いてあるんすか?」
「最終的に主人公が補給所長になる」
「なんて地味なっ! そんなのタイトルを見ても分かんないっすよ!」
「本文を読めば分かる」
「だから、読まれてないんす!」
その言葉で、ようやく問題の構造が見えた。
俺は、読者が作品を開いた後のことしか考えていなかった。
しかし、そもそも開かれなければ、どれだけ丁寧に書いた本文も存在しないのと同じだ。
「なるほど」
「何がなるほどなんすか?」
「俺は入口の設計を間違えた」
「入口?」
「ダンジョンと同じだ」
どれほど内部に高価な魔石や希少な宝箱があっても、入口が発見されなければ探索者は来ない。
入口が狭く、暗く、危険に見えれば、探索者は別のダンジョンを選ぶ。
作品も同じだ。
一覧画面に並んでいる時点では、読者には中身が見えない。
見えるのは、タイトルとわずかな情報だけ。
そこで興味を持たれなければ、本文を評価される機会すらない。
「タイトルはダンジョンの入口だ」
「またそれっぽいことを言い始めたっすね」
「読者は、入口を見て入るかどうかを決める。俺は入口に『補給業務における在庫管理』と書いていた」
「入りたくないっすね」
「中に何があるか伝わっていない」
「中に帳簿しかないように見えるっす」
俺はホワイトボードを取り出した。
人気作品のタイトルを一つずつ分解していく。
《不遇》《舞台》《行動》《能力》《価値の逆転》《成功した未来》
ふむ。確かに一つの線としてつながっている。
「人気作品のタイトルはそれだけで、何が面白い話なのか想像できる」
「そうっすね」
「一方、俺の作品はどうだ」
「在庫を数える」
「ほかには?」
「木箱を動かす」
「ほかには?」
「帳簿を書く」
「……」
「自分で聞いておいて落ち込まないでくださいよ」
俺はホワイトボードに大きく書いた。
――仕事を説明するな。快感に翻訳しろ。
「在庫管理そのものには、読者を引きつける力がない」
「はぁ。やっと認めたっすね」
「だが、必要な物が見える、ならどうだ」
「ちょっと能力っぽいっす」
「足りない物を先に察知できる」
「便利そうっすね」
「補給不足による全滅を防げる」
「それなら、少し読みたいっす」
「補給所の在庫を管理する男ではなく、誰より先に全滅の兆候を見抜く男にする」
「同じ仕事なのに、全然違って聞こえるっすね」
なるほど。これが翻訳か。
事実をそのまま説明するのではない。
その仕事によって、何ができるのか。
誰より優位に立てるのか。
それにより、どんな結果を得られるのか。
そしてそれをまとめて、読者が味わう快感へ変換する。
「タイトルを変える」
「本文も変えた方がいいと思うっすけどね」
「まずは入口からだ」
「入口の先に会議室しかないんすよ?」
「一つずつ改善する」
「小説を業務改善する人、初めて見たっす」
俺は新しいタイトル案を書き始めた。
『ダンジョン補給所の窓際職員、必要な物が見える【物資鑑定】で探索者の全滅を防ぐ』
「どうだ?」
「さっきよりはマシっす」
「マシか」
「でも地味っす」
「では成功未来を足す」
『無能と笑われた補給所職員、【物資鑑定】で全滅を防ぎ続けていたら、S級探索者たちが俺なしでは潜れなくなった』
ミナが画面をのぞき込む。
「……さっきより、ずっと小説っぽいっす」
「読むか?」
「第一話で組織図の説明をしないなら」
「必要な説明だ」
「まだ分かってないっすね、この人!」
タイトルを変更した作品が成功するかは分からない。
そもそも、タイトルだけで全てが解決するとも思っていない。
だが、一つだけ明確になった。
作品の中にどれほど価値があっても、その価値が入口から見えなければ、読者には存在しない。
タイトルは飾りではない。
読者を作品の中へ招き入れる、最初の導線だ。
俺はホワイトボードの上部に、最初の原則を書き記した。
――第一原則。
タイトルで、何が気持ちいい物語なのかを伝える。
「よし」
「何がよしなんすか?」
「次の作品を書く」
「今の作品を直すんじゃないんすか!?」
「比較対象が一作だけでは、仮説を検証できない」
「嫌な予感しかしないっす」
「条件をそろえて、複数作品を投稿する」
「小説を実験用マウスみたいに扱うなっす!」
「安心しろ。次はもっとわかりやすい」
「どんな話なんすか?」
俺は、新しい企画書をミナに差し出した。
表題を見た瞬間、彼女の眉がぴくりと動く。
『全員が捨てた初期職を一万時間やり込んだ俺だけが、安全地帯を作れる』
「……これ、本当に面白いと思ってるんすか?」
「思っている」
「じゃあ、たぶん次もダメっすね」
「なぜだ」
「橘さんの【面白い】が、今のところ一番信用できないからっす!」
とても失礼な女だった。
そして数日後。
彼女の予言は、見事に的中することになる。




